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異世界ブギウギ。  作者: 渡良瀬ワタル
152/373

(叙爵)10

 東区画の貴族街。

その一角に彼女の屋敷があった。

クラリス吉川。

評定衆に名を連ねる女侯爵だ。

 彼女は王宮に上番する日ではなかったが、

話題の叙爵・陞爵があったので王宮を訪れた。

なにしろ一人の児童を叙爵し、当日そのまま陞爵すると言うのだ。

事情は呑み込めなかったが、異例の好待遇という事だけは分かった。

そこで彼女は事情を知る為に儀式に列席した。

 見届けると彼女は屋敷に舞い戻った。

執務室に入ると執事が口を開いた。

「ご機嫌斜めですね」

「理由は言わなくても分かるでしょう」

「気に食わないと」

「どこにでも転がっていそうな子供よ。

それが叙爵、陞爵、・・・笑っちゃうわ」

「まさか儀式の最中に」

「そこまではね。

私は自制が効くのよ。

・・・。

列席してる佐藤家諸家の連中の顔は見物だったわね」

「ということは本気で、佐藤家諸家の旗頭にお子様子爵を」

「そうみたいね。

諸家を強制的に列席させて、王家の意向を示したわ」

「お子様子爵で旗頭が務まるのですか」

「後見は細川子爵、実務はその実弟よ」

「実弟・・・、あの噂になったアレですか」

「そうよ。

元国軍大尉でCランクの冒険者。

それがこれを機に貴族として復帰したわ」

「手強そうですね」


 彼女は話題を変えた。

「但馬地方の例の件はどうなってるの」

「失踪ですか」

「他に何があると言うの」

 彼女は伯爵時代に但馬地方の寄親をしていた。

侯爵に陞爵された際に嫡男に伯爵位を譲ったが、

気持ちは今も寄親のつもりでいた。

その但馬で家族揃って失踪するという事例が相次いでいた。

引っ越しではない。

全員が生活の匂いを残したまま姿を隠した。

家具も金銭も残したまま、整然とだ。

血痕でも残っていれば事件性があるのだが、それはなかった。

まるで神隠し。

「伯爵様の軍だけでなく、当家の者も動かして捜査していますが、

何ら進展していません。

ただ・・・」顔を顰めた。

「ただ・・・、どうしたの」

 執事は意を決したかのように答えた。

「故バイロン神崎子爵家絡みかと思われます」

 王宮区画でエリオス佐藤子爵に手傷を負わせたのがバイロン神崎。

彼女は首を傾げ、執事を睨むように見た。

「貴方の推測でいいから聞かせてちょうだい」

「失踪届けの名前に疑問を覚えました。

最近、聞いた名前が多かったものですから」

「それで・・・」

「何れも神崎子爵家の家臣だった者達でした」

「本当に・・・」

「はい、子爵家の断絶により多くの者が帰農しています。

・・・。

失踪したのは問題になった五十二人の身内ばかりです」

 エリオス佐藤子爵家が焼き討ちに遭い、

現場に残された身元不明の焼死体が五十二人。

事件前、一斉に姿を隠した神崎子爵家の家臣陪臣も五十二人。 

「面妖な話ね」

「はい。

帰農せずに領地を離れた者達もいるので追跡調査させました。

すると、行く先々で不審な連中に遭遇したそうです」

「一体何者なの」

「近づいて誰何すると、威嚇して姿を消すそうです」

 彼女は顔を強張らせた。

「捕まえなかったの」

「他領なので力尽くは拙いと思って控えたそうです」

「そうよね。どう思う」

「あくまで推測です。

現場に乱れも血痕も残されていないという事は、魔法で身動きを封じ、【奴隷の首輪】を嵌めたのではないのかと」

「なるほど、・・・そうね」


 俺は疲れてしまった。

心身共に疲れてしまった。

これが貴族生まれなら違っていたかも知れない。

でも、生憎と平民。

前世も平民。

 晩餐を終えて細川子爵を見送ると、一気に疲れが噴出した。

膝をつきそうになった。

そうと察したのか、カールが手を貸してくれた。

「大丈夫ですか」

「大丈夫じゃないみたい。

酷く疲れた。

こういう生活がずっと続くのかな」

「続きます。

でもその前に慣れますよ。

どこで手を抜けば良いのかも分かるようになります」

「それに期待しよう。

カール、今日はありがとう。

皆もありがとう。

今日はもう寝るよ」


 本来ならライトリフレッシュで乗り切るべきなんだろうが、

皆の目の前で披露すべき手段じゃないので、こんな有様。

ボロボロ。

見かねた従者のスチュアートがカールに代わって肩を貸してくれた。

それで自分の部屋に向かった。

俺の専属メイドになるドリスとジューンによると、

日当たりの良い部屋だそうだ。

本館三階の自室は。

 疲れた身体を引き摺るようにして階段を上がった。

その殆どはスチュアートの力だ。

部屋に入ると室内脇のドアが開けられた。

スチュアートが俺をドリスとジューンに引き渡した。

「さあ、お風呂で疲れを取りましょうね」どちらかが言った。

 続き部屋は浴室になっていた。

魔道具で湯を張り、そのまま温めていたのだろう。

部屋自体からして暖かい。

夏なんだけど。

 事前の言葉もなく、二人が連携して俺をスッポンポンにした。

もう二人の為すがまま。

助かったのは二人の事務的な仕事振り。

お陰で恥ずかしがらずに済んだ。

ついでに目が覚めた。

「先に流しましょう」ドリス。

 もう任せる事にした。

二人にとって俺は所詮は子供。

遠慮する年齢じゃないのだろう。


 お風呂の効果かどうかは知らないが、翌朝はスッキリ目覚めた。

明るい方に視線を転じた。

窓に薄日が差していた。

俺はゆっくり起き上がると、カーテンを開けた。

まだ陽は顔を上げ切っていない。

もったいぶったかのように、ほんの一部だけが顔を覗かせていた。

 辺りを見回すと貴族街は静まり返っていた。

こんな早朝から動く者はいないのだろう。

いや、下の階で人が動く気配。

使用人達が音を立てずに働いている様子。

厨房かな。

 

 元気な声がした。

『おっはよう』アリスしかいない。

 お気に入りの白い子猫姿で俺の頭に飛び乗って来た。

当然の様に腰を下ろした。

『どう、疲れは取れたかしら』

『なんとかね』

『お姉さん二人に身体を洗ってもらった効果ね』

『見ていたのか』

『当然でしょう、眷属なんだから』

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