(叙爵)8
謁見を終えて解放されたと思った。
ところが違った。
謁見は前半戦だった。
侍従や子爵様と一緒に元の貴賓室に戻ると、
有能そうな文官が待ち構えていた。
彼が俺を見てニコヤカな笑みを浮かべ、ゆっくり立ち上がった。
「ダンタルニャン佐藤様、叙爵と陞爵、お祝い申し上げます」
優雅に会釈した。
俺は奇襲攻撃を受けた気分。
「ありがとうございます」慌てて答礼した。
彼の手元には書類の束があった。
それを指し示して言う。
「私が今回の手続きを担当いたします」後半戦の開始を宣言された。
「そう、よろしくお願いします」
「こちらこそ。
お嫌でなければ私の隣にお座りください。
その方がスムーズに進むと思います」
子爵様が俺に言う。
「彼の言うとおりにしなさい。
私たちはその間、お茶してるから」
叙爵と陞爵に伴う各種書類が待っていた。
一つ一つ懇切丁寧な説明を受け、納得の上で署名して行く。
貴族として生きていくには、これら沢山の事柄を覚えねばならぬらしい。
なんて面倒臭い。
そんな思いが顔に表れたのだろう。
カールに言われた。
「ダンタルニャン様、貴族の仕事のほとんどは書類との格闘です。
現場に出ることは滅多にありません」気の毒そうな口調。
兄の子爵様がこちらを見た。
「国王様の机は書類の山。
それに比べればダンタルニャン殿のは可愛いもの。
慣れれば平気で熟せるようになりますよ」
全て終えた。
頭がパンクする寸前だった。
苦笑いの文官に小さな紙包みを差し出された。
「確認して下さい」
開封すると中から銀板のタグが出て来た。
表は住所の刻印、そして冒険者としてのランクの刻印。
裏は個人情報。
裏の個人情報は独特な文字で小さく刻まれていた。
俺には読めない。
これが読めるのは、
刻んだ職人達と【真偽の魔水晶】の類だけではなかろうか。
その点、表は分かりやすい。
生まれた地方の刻印、村の刻印、冒険者ランクの刻印、
これに下賜された領地のある地方の刻印と爵位、二つが足されていた。
下賜された領地は美濃地方の木曽。
年末年始を騒がせた魔物の群れが発生した木曽谷を含む一帯。
そこが俺に与えられた。
魔物の群れの大移動によって大疲弊している筈であるが、
家族もカールも問題視していない。
大人の事情というもので受け入れたのだろうか。
流されることにした。
首にタグを掛けた。
どのような術式が施されているのか知らないが、銅板の物よりも良さそう。
これが近衛の鍛冶師の力量なのだろう。
タグは当人のMPに馴染んで行くのだが、俺のEPは上位互換、
それでも問題はない筈、実際、遅滞なく馴染んでいくのが分かった。
このまま首に掛けていれば俺を本人として認識するだろう。
本殿玄関で近衛兵の見送りを受け、子爵様の馬車に乗った。
座席に腰を下ろすと、ホッとした。
ハーと長い息を吐きだした。
それを見ていた子爵様に言われた。
「お疲れのようだね」
「はい、これが気苦労というものなんですね。
この齢で味わうとは思いませんでした」
「王宮の方は終わりだけど、
貴族としての形式的な付き合いが幾つか残っている。
大丈夫かい」
「はい、パーティーと面会でしたよね」
「そうそう、何れにも私かカールが同行するから安心して欲しい」
念の為に予定を聞いた。
立て続けに入っていて驚いた。
学校が始まるので、そんなスケジュールになったのだそうだ。
これでは夏休みの冒険者としての活動が出来ない。
「凄いですね。
でも、しかたないですね」
このままだと胃に穴が開く。
後見役の子爵様とカールに全面的に頼ろう。
南区画に下賜された屋敷があった。
そこは王宮区画に隣接していた。
これは他の区画の貴族街も同様らしい。
宮廷貴族の通勤を考慮し、隣接した土地に構えたさせたのだろう。
俺の場合は幼年学校への通学のし易さを考えてか。
通学ではなく寮住まいになるけど。
でもこんな優しい配慮はありがたい。
屋敷は同じような広さの敷地が並ぶ一角にあった。
見慣れた顔が門衛に立っていた。
村から家来として付けられた兵士二人だ。
立派な制服に着替えていた。
その一人が屋敷の方へ大きな声で告げた。
「子爵様が戻られました」
俺の事だ。
改めて子爵様呼ばわりは恥ずかしい。
まるで罰ゲーム。
表門が左右に大きく開けられた。
本館玄関へ馬車が進む。
その通路の両側に出迎えの者達が並んでいた。
思っていたよりも数が多い。
特に兵士が多い。
村から率いて来た数よりも多い。
そんな彼らが馬車に向けて敬礼している。
疑問が表情に表れたのだろう。
「領地に連れて行く部隊ですね」カールが軽く言う。
初めて聞かされた。
何時の間に、こんなに大勢集めたんだ。
子爵様が言う。
「同僚達に声を掛けたら大勢が集まった」
「子爵様のコネの力ですか」
「子爵様は止めよう。
もう同じ子爵なんだからね。
ポールで良いよ」楽しそうな顔で要求された。
「それでは失礼してポール殿、それでこんなに大勢集まったのですね」
「そうだ。
分隊長は何れも爵位持ち。
貴族の三男四男に生まれた者ばかりだ。
それぞれの実家が上大夫爵を買い与えた。
彼ら分隊長の力量は知らんが、
配下の兵士は彼ら実家の家来筋の、これもまた三男四男。
だから部隊としての纏まりだけは保証できる」
分隊長の力量は不明だが、分隊として行動できると。
「こんなに大勢、僕が、いえ、私が雇えますか」
貴族としては僕でなく、私だろう。
TPO、これ大事。
「領地が再生されれば問題ない。
それまでは国庫から支出する」
「国庫から・・・、私にそんな価値があるんですか」
「そこまで深刻に考えることはない。
木曽を復興させ、木曽谷の魔物を定期的に狩れば、
小麦や米だけでなく、魔物の素材も獲れる。
それを売れば左団扇だよ」
気楽な口調で言われたが、その目は笑っていない。
ここにも大人の事情があるのだろう。




