(叙爵)7
お茶していると近衛兵の一人が入って来た。
「失礼します」
子爵様に敬礼し、それから俺の前に来た。
「ダンタルニャン佐藤様、現在お持ちのタグをお預かりします。
叙爵されますので当方で銀板のタグに更新します。
さして時間は掛かりません。
お帰りの際にお返します」
子爵様に事前に聞かされていた。
平民の銅板のタグから貴族の銀板のタグに変更されると。
更新作業は近衛所属の鍛冶師が行うとも。
断る理由はない。
素直に首元のタグを外して手渡した。
「よろしく」
「はい、確かに。
関係各所への通達は当方で行いますので、
貴方様が為されることは何もありません」
お茶に飽きた頃合いだった。
シックな装いの男が入って来た。
子爵様とは顔見知りのようで気軽に目礼を交わした。
「お待たせしました」
「みんな揃ったのかい」
「はい、皆様が最後になります」
「それじゃ、行くか。先導を頼む」
立ち上がった子爵様が俺達を振り向いた。
俺達は立ち上がった。
先導する男は侍従の一人だとカールが耳打ちしてくれた。
その侍従の案内で階段へ向かう。
途中、出会う者達が俺達一行に気付くと、当然のように進路を譲る。
これでは権力者の仲間入りしたと勘違いしそう、こそばゆい。
一階に下りるとフロアの奥へ案内された。
各所で近衛兵が二人一組で立哨しているが、侍従を見て頷くだけ、
何も問わずに通してくれた。
最奥部だと思われるドアの前で近衛兵四人が立哨していた。
彼らに向けて侍従が片手を上げた。
それが合図でもあるかのように、ドアが左右に押し開かれた。
カールに再び耳打ちされた。
ここが王宮本殿の謁見室。
近くにある独立した建物が外向けの謁見場であるのに対し、
こちらは内向け。
多くは通常の叙爵・陞爵の際に使用される。
謁見場に比べて格下と思われがちだが、
それでも急ぎの仕事を抱えていない文武百官が立ち会う。
宮廷雀の嘴にも掛かる。
侍従と子爵様に連れられて真っ赤な絨毯を踏んだ。
左右の白壁沿いに文武百官が居並び、ジッと待ち構えていた。
彼等が的確に俺を捉えた。
値踏みする視線。
ただの興味、嫉妬、羨望、驚き、嫌悪、色々な感情が透けて見えた。
中でも怖いのは大人の脂ぎった欲望。
真ん中の通路の途中で止まった。
侍従と子爵様に倣って両膝を付いて頭を下げた。
俺に付き従っていた者達も倣っている気配がした。
暫し待ちされると、最奥から軽やかな足音、数人。
甲高い声が上がった。
「国王様のお成りである」
途端、居並ぶ者達が姿勢を正す仕草から発する衣擦れの音。
同時に魔波がビンビン、肌に突き刺さるように感じた。
誰かが俺を鑑定していた。
王宮区画での探知と鑑定は近衛の魔導師以外には許されていない。
実に派手で堂々とした鑑定。
力量からすると高ランク。
でもここまで、あからさまにする必要があるのだろうか。
理由が分からない。
高ランクでも俺の偽装が見破れない。
上辺だけ見て消えた。
甲高い声。
「ダンタルニャン佐藤、前へ」
事前に教えられていたので迷いはない。
「はい」
元気よく返事をし、顔を上げないで中腰のまま、ゆっくり前に進み出た。
最奥の壇上に国王がいる筈。
その壇の下で止まり、頭を垂れたまま両膝を付いた。
頭上から違う声が掛けられた。
「ダンタルニャン佐藤、男爵位を与える」若い声。
顔は上げない。
「有り難く存じます」
何やら物音。
誰かが壇から下りて来た。
足が俺の前で止まった。
「受け取るように」頭に声が降って来た。
若い声ではない。
対照的な野太い声。
事前に侍従長が壇から下りてくると聞かされていた。
その侍従長なのだろう。
叙爵状が俺の目の前に差し出された。
「有り難く」
頭を垂れたま両手で押し抱くように受け取った。
侍従長が踵を返した。
壇上に戻る足音。
再び若い声。
「異例ではあるがダンタルニャン佐藤、その方を子爵に陞爵する」
その声に悪戯心を感じた。
けっして勘違いではないだろう。
俺は平坦に、棒読みで返事した。
「有り難く存じます。
浅学非才の身ではありますが、生涯の忠誠を誓います」
淀みなく言えた。
心にもない事を言ってのけた。
再び侍従長が下りてきて陞爵状を手渡してくれた。
「期待に背かぬように」小声で耳打ちされた。
「はい」
儀式の最中にアリスが話しかけてきた。
『猿芝居はまだ終わらないの』
探知を使わずとも近くにいると分かった。
『ここに入れるのはチケットを買った者だけだよ。
正規ルートで買ったのかい』
『買うほどのものなの』
『当然だろう』
『フン、猿芝居に払うお金なんてないわね』
魔導師の魔波が飛んでこない。
高ランクでも今のアリスには気付かないのだろう。
俺は安心して尋ねた。
『盗みは終わったのかい』
『人聞きが悪いわね。
余り物を処分してやっているのよ』
『処分かい、それで・・・』
『お酒を少々。
後で渡すからデータ化、よろしく』
俺の錬金魔法を頼るのは良いんだが、今一つ納得できない。
壇上から声がした。
「ダンルニャン佐藤子爵、顔を上げよ」
側の侍従長も小声で言い添えた。
「顔を上げなさい」
「はい」
俺は壇上を見上げた。
すると俺を見下ろすイケメンと視線が絡み合った。
流石は国王様、若さにも関わらず威を備えていた。
「良い顔をしている、が、まだ児童、成人までは間があるな。
よし、その間は、我ら大人に任せよ」優しい口調。
「はい、お任せいたします」
「聞き分けが良い、褒めてつかわす」
「よしなに」俺は頭を下げた。
国王・ブルーノ足利の視線が俺の後ろに向けられた。
「ポール細川子爵」
「はい」
「その方をダンタルニャン佐藤子爵が成人するまでの後見役に任ずる」
「承ります」
「カール細川男爵」
「はい」
「その方は兄の代人として、ダンタルニャン佐藤子爵の側にあれ」
「承ります」
アリスが言うように猿芝居。
打ち合わせ通りに進められて行く。
次は下賜ステージ。
国都に屋敷を与えられる。
地方に領地を与えられる。
一時金として、結構な額の金子が与えられる。
至れり尽くせり。
ここまで恵まれていいのだろうかと疑問に思ってしまう。
でも、いいんです。
赤ちゃんの頃に「無病息災」と「千吉万来」、この二つを願ったのだから。
ささやかに願ったものが、ここまで効果抜群とは・・・。
でも、いいんです。
成るように成るでしょう。
流れに身を任せましょう。
失っても惜しくない二度目の人生。
ブルーノ足利の隣に見知った顔。
王妃・ベティ足利。
俺をニコヤカな表情で見守っていた。




