(叙爵)6
俺は探知と鑑定を連携させて王宮区画の警備状況を調べた。
外郭区画に比べて一回り小さなせいか、警備の密度は濃い。
最大の脅威は魔法使いであろう。
武官として大量に登用され、各所に配備されていた。
俺には不安材料でしかない。
何しろ、これからアリスが不法侵入するのだ。
脳筋のアリスが。
心配になって当然だろう。
俺は馬車の屋根に乗っているアリスに声をかけた。
『付近に魔導師はいないよ。
大方は普通ランクの魔法使いばかりだね。
でも慎重に頼むよ』
『アンタは私のオカンか。
心配のし過ぎよ』
『慎重なだけだよ。
打ち合わせ通り、発見されたら反撃せずに逃走すること。
魔法攻撃の範囲から逃れられる高さまで飛び上がり、
一旦、王都の外へ逃れること。
約束だよ』
アリスはダンタルニャンに貰った光体を身に纏っていた。
光体は単体だと、眩い光を放って自己を主張するが、
所有者が制御に成功すれば透明になる。
そもそもが妖精は低ランクの者に姿を見られる事はない。
これに光体が備わった。
普通ランクの者の探知や鑑定も余裕で回避できる。
ついでに体臭も消せる。
獣、魔物、番犬等の鼻を欺ける。
アリスはダンタルニャンを安心させようと言い切った。
『そこまで心配しなくても大丈夫。
私を信用しなさい』
『だと良いんだけどなあ』
俺は感じた。
魔波・・・。
鑑定スキル。
門衛詰め所にいる近衛の魔法使いだ。
気取られぬように、こちらを鑑定していた。
俺は逆鑑定。
相手の魔波は安定していた。
俺の探知や鑑定に気付いた様子はない。
その近衛の魔波が俺からスッと離れて行く。
俺はステータスを偽装しているが、それに気付いた様子もない。
屋根の上のアリスにも気付いていない。
普通ランクの者と分かっていても、安堵した。
入場を許され、馬車がゆっくり再発進した。
表通りを徒歩にあわせた速度で進む。
通勤時間帯なのだろう。
左右の歩道が混んでいた。
窓から外を眺めていた俺はあることに気付いた。
明らかに平民・・・。
「従者を連れていない人もいますね」
子爵様が教えてくれた。
「彼らは平民だよ。
王宮区画での仕事は多岐にわたるから、貴族だけでは回せない。
そこを平民に補って貰っている。
掃除や調理は当然だが、彼らは今では文官分野にまで進出している。
中には貴族を押し退けて高位の官職に就く者も。
これも時代の流れだろうな」
「そうなんですか、初めて知りました。
そうそう、貴族様が連れている従者の方は、
貴族様の仕事が終わるまで待っているんですか」
同乗している従者は苦笑いするが何も言わない。
それを横目で見ながら子爵様が言う。
「貴族の職務にもよるが、人材不足だから、
大抵は補佐として働かされている。
私の場合は仕事が仕事だ。
外に出せない話が多い。
だから同じ階の控室で待機して貰っている。
その間はお茶してるようだ」
「ああ、そうでしたね。
国王様の側近くですから機密で一杯ですね。
僕も立ち入りたくはないですね」
「そういうこと。
私も出来れば、見ざる聞かざる言わざるの立場でいたいが・・・、
まあ、今更か」
カールが口を挟む。
「本家の侯爵様が頼りないから、兄貴が働くしかないでしょう」
聞いた子爵様はカールを睨む。
「そうやって皆が私に本家の仕事を押し付ける」
「他の分家が頼りないから、しようがないでしょう」と兄に言い、
「兄貴が細川侯爵派閥を一人で背負っている」と俺に教えた。
馬車が明らかに王宮本殿と思える敷地に入って行く。
途端、強烈な魔波を感じた。
普通ランクではない。
AランクかBランクであろう。
王都で初めて遭遇する高ランクの鑑定だ。
俺は即座に探知と鑑定を打ち切った。
慎重過ぎるが、無難が一番。
クリアする自信はある。
たとえSランクが来ようと俺の偽装が見破られる事はない、筈だ。
なにしろ俺の数値は人間の限界を超えている。
しかもMPではなく、上位互換であろうEP。
アリスが言う。
『反撃してもいい』声に余裕がない。
『ダメ。
言っただろう。
貴族の馬車には防御の術式が施してあるから、
その魔波の一部に成り切っていれば発見されないって。
たぶん、大丈夫』
『わっ、分かった。
でも何でたぶんなのよ』
アリスにとっても恐怖を感じる魔波なのだろう。
これにSランクが加わると、どうなる。
俺は耐えられても、アリスは・・・。
本殿の玄関から近衛軍の一隊が整然と現れた。
馬車寄せに横一列に並んで俺達を出迎えた。
指揮官らしいのが馬車の扉を開けて中を覗き込み、
大きな声で挨拶した。
「おはようござます、細川子爵様」
「ああ、おはよう。
そろそろ下番かい」
「はい、もうじき上番組が来ます。
それで交代です。
ささ、こちらへ」手を差し出した。
「男の手は借りないよ」苦笑いで断った。
「これは失礼しました」
彼の案内で俺達は表玄関から入った。
だが通勤の者達は玄関からは入らない。
ロータリーを迂回して脇の小さな通路へ向かう。
俺の視線に気付いたカールが教えてくれた。
「表玄関から入って良いのは高位の王族か賓客だ。
今日の俺達は賓客待遇と言うことで、ここから入るが、
次からは横にある通用口だな」
「私も普段は通用口だよ」と子爵様。
玄関を入ると本殿のスタッフらしい青年が待ち構えていた。
「ダンタルニャン佐藤様ですね。こちらへ」案内を引き継いだ。
二階の奥の応接室、いや、貴賓室だろう、そこへ案内された。
ドアからして違った。
重厚にして歴史を感じさせる。
華美さを排除していて、作った者の趣味が推し量れた。
だけではない。
ドアを開ける際に発せられる音、閉める際に発せられる音、
計算ずくのような心地よさ。
厚い絨毯の上を歩くので音はしない。
「しばし、こちらでお待ちください」
室内の調度品はポール子爵邸の趣味を思わせる。
品が良い。
もしかして彼が関係しているのか。
見回してすると子爵様が言う。
「気付いたかい」
「ここは子爵様が」
「貴賓室は国の顔だからね」当然のように言う。
スタッフと入れ違いにメイド二人が入ってきた。
手押しワゴン。
人数分のお茶とお茶菓子が用意されていた。
アリスの念話が届いた。
『無事に潜入したわ』
『盗むにしても、ほどほどにね』
『手加減するわ』




