(叙爵)5
客間でメイド達に世話されていると、執事・ブライアンが呼びに来た。
「主人が戻りました。
ダンタルニャン様にお会いしたいとのことです。
ご案内しますので、ついて来て下さい」
渡り廊下の先の広い応接室に案内された。
カールに似た男が待っていた。
鋭い視線が俺を貫く。
事前に室外から探知で彼を特定し、先に鑑定していた。
ステータスのHP・MPは共に平凡、Dクラス。
スキルもない。
ただ驚いた事にユニークスキルを所持していた。
王佐☆☆、目利き☆☆。
王を補佐する王佐スキル。
古美術品等の真贋を見分ける目利きスキル。
滅多にお目にかかれないものを二つ。
満足したのかどうかは知らないが、彼は直ぐに緩い視線になり、
歓迎するかのように立ち上がった。
「ようこそ、ダンタルニャン佐藤殿」
先に入室していたカールとダンカンも立ち上がった。
俺を交えずに大人同士で打ち合わせをしていたのだろう。
仲間外れの俺だが、咎めるほど狭量ではない。
見て見ぬ振り、聞いても聞かぬ振り。
成人するまでは、それが最善らしい。
「お初にお目にかかります、ポール細川子爵様。
私はダンタルニャン佐藤と申します」
「カールに聞いていたが、確かに利発そうですね。
どうですか、幼年学校は。
私もあそこの出身なのですよ」
話は幼年学校の最近の様子になった。
彼が在校していた頃とは違っているらしい。
意図は知らないが、詳しく聞かれた。
もしかして他に興味はない。
俺にも興味はない。
俺は将棋のただの駒。
解放されて部屋に戻り、一人になると妖精のアリスが姿を現した。
お気に入りの白い子猫姿。
『ねえ、明日の王宮なんだけど、私も一緒で良いかしら』
『王宮は拙いだろう。
鑑定スキル持ちや、探知スキル持ちの魔導師が多いと思うよ』
アリスのランクはB、MPは150。
高ランクの妖精なので大概の者の目には映らない。
でもそれより上のランク、ないしは数値が上の者の目には映る。
胡麻化そうにも胡麻化しきれない。
良識のある者は妖精を見逃すだろう。
関与すべき相手ではないと知っているからだ。
ところが世の中には良識を無視する連中が存在する。
捕獲して手元で飼う、あるいは売る。
見つけ次第、攻撃して殺す。
王宮の魔法使いが全員、良識を持っているとは思わない。
それでもアリスは簡単には諦めない。
執拗に俺に食い下がる。
『なんとかしなさいよ。
眷属の誼でしょう』
『王宮と言っても、そこらの街中と同じだと思うよ。
貴族が多いだけ』
『なに言ってんの、貴族趣味はないわよ。
そんなことより、珍しい物があるかも知れないじゃない』
『あっ、もしかして、お酒狙い』
『馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。
絶対に一緒に入るわよ』ビシッと俺の顔に指を突き付けた。
やっぱり酒だ。
手持ちの酒の種類を増やしたいのだろう。
王宮の厨房に直行する姿が目に浮かぶ。
面倒臭い。
でも応えることにした。
姿を隠すアイテムがある。
前のダンマスから奪った形の「光体」だ。
所有者の姿を隠すだけでなく、生存する環境を整える機能を有している。
水中で機能することは確認済み。
それを光学迷彩に関連付けしていた。
その光体を手元に取り出した。
伸縮自在の便利物。
今は身体全体に纏う必要がないので掌に乗るサイズ。
ここからは魔女魔法の出番だ。
通常なら一品ごとに鑑定、分析、分解して魔素に変換、
得られたデーターを収集して蓄積、最後に復元する手順なのだが、
一連の作業を魔女魔法でオートマチック化した。
それでもってコピー。
伸縮自在の光体を両手に持ち、アリスに尋ねた。
『私はこの泉の女神です。
貴女が泉に落とした物はどちらですか』ふざけてみた。
『意味が分からないけど、私の物は右ね』とりあえず乗ってくれた。
翌朝は早かった。
多忙を極める国王に配慮し、
朝一番で叙爵と陞爵が行われる事になったからだ。
王都到着の翌日とは忙しないのだが、俺は暇。
煩雑なことは全て細川子爵家が請け負っていたお陰で、
俺は用意されていた儀礼服に着替えただけ。
勿論、メイド達の着付け。
俺一人で着られる訳がない。
大礼服。
残念なことに子供用がないので、急遽、取り寄せたという代用品。
中世ヨーロッパの大作曲家を連想させる金銀の刺繍入りの黒い上着。
ちょっとダブダブ感漂うズボンとズボン吊り。
白シャツにホワイト・タイ。
俺の髪型を見回しながらメイドのドリスが言う。
「良い感じですね」
「素敵です」ジューンが賛同した。
俺は懐疑的になった。
着ているじゃなくて、着られている・・・。
だって田舎者だよ。
「お世辞だよね」
「自信を持ってください」ドリス。
「そうですよ、そのうちに着慣れます」ジューン。
屋敷の玄関前に箱型の馬車が待っていた。
大型の車両で箱の前後左右の四面、
その左上隅に子爵家の紋章が描かれていた。
カールが説明した。
「これは滅多に使わない。
葬祭で家族が移動する時に使うくらいだな。
通勤用は兄と従者を乗せるだけだから、もう少し小さい」
乗り込むのはポール細川子爵家からは三人。
子爵と執事、従者。
俺の方も三人。
俺とカール、執事のダンカン。
馭者席には馭者と騎士。
馬車の前後に軽騎兵四騎。
総勢十二名。
西区画の貴族街から王宮に向かった。
それほど馬車は走らない。
隣接しているので近い。
王宮区画の西門前に着いた。
外郭の警備が国軍、王宮区画は近衛軍。
その近衛の門衛が俺達が乗った馬車を止めた。
「ポール細川子爵様ですね」
従者が馬車から降りて書類を門衛に手渡した。
「これは本日限りの入場許可書です」
「はい、確認します」書類を開いた。
もう一人の門衛が一行を調べた。
「馭者席には馭者と騎士、警護の騎兵が四騎、
馬車の中には六人、計十二名です」
通常、王宮に勤める王宮貴族は貴族街が隣接しているので、
従者一人を連れて徒歩通勤する。
馬車に乗って来るにしても、許可がないと入場不可なので、
門前で馬車は屋敷に戻す。
門衛の視線が俺に固定された。
「ダンタルニャン佐藤殿ですね」
未だ庶民なのだが、殿がつけられた。
「はい、ダンタルニャン佐藤です」




