(叙爵)4
俺はダンカンに握手しようと手を差し出した。
「これからよろしく」
すると彼に驚かれた。
「ダンタルニャン様、使用人に握手は無用です」
「そうなんだ」
「そうですよ。
ご命令、ご指示だけで結構です」
カールがおどけた様に言う。
「ダンタルニャン様、お気遣いは分かりますけど、でもそこはほれ、
気遣い心遣いはご給金で示して頂ければ幸いです。
それが貴族というものです」
「そうなんだ。
でも僕、給金はまだ払ってないし、
肝心のその給金の目処も立ってないよ」
「その点はご安心を。
すでに準備金が王家より下賜されています。
さらにはご本家からも。
合わせると結構な額になります。
まあ、一年は大丈夫です。
それを管理しているのが執事のダンカンです」
事前に聞かされてないので俺は驚いた。
ダンカンに確かめた。
「給金の心配はないの」
「ご安心を。
それから、王家やご本家からのご指示で、
ダンタルニャン様がご成人なさるまで、
金庫は私とメイド長のバーバラで管理いたします」軽く頭を下げ、
「ダンタルニャン様のお小遣いも私達が管理します」〆た。
しっかり感漂うダンカン。
俺に向かって深く頷くバーバラ。
この遣り取りをニコヤカに見守っているドリスとジューン。
俺はダンカンに改めて尋ねた。
「これからの予定は」
「まずはお風呂で旅の疲れを流して頂きます。
細川子爵様ですが、ただいまは王宮にいらっしゃいます。
お戻りが夕刻になると思いますので、ご挨拶はそれからになります。
それまでは客間にてお休みください」
「分かりました。
細川子爵家の皆様へのご挨拶は」
誰一人、俺を出迎えていないのだ。
貴族の礼儀としては、ありえない。
「お子様方が夏休みですので、皆様、奥様のご実家に行かれています」
そうだった。
夏休みだった。
「奥様のご実家はどこなの」
「紀伊の畠山伯爵様です。
こちらの学校が始まる頃には、皆様お戻りになります」
ダンカンの案内で玄関を入った。
驚いた。
屋敷の外面は隣近所に似通っていたのだが、
一歩、中に入ったら別世界。
美術品が俺を出迎えた。
金満家気取りで陳列されている訳ではない。
日陰を好むかのように、所々にさり気なく置かれていた。
売買価格は知らないが、大方、良い物である事は確かだ。
ダンカンに案内されながら鑑定した。
いずれも近年の物ばかり。
俺の視線の行方に気づいたのか、ダンカンが言う。
「細川子爵様は若手作家のパトロンをなさってらっしゃるのです」
「育てる為に買い取っていらっしゃると」
「ええ、そうです」
「僕に美術品の良し悪しは分かりませんが、眼福ものですね」
後ろから付いて来ていた細川家執事・ブライアンが嬉しそうに言う。
「ありがとうございます。
子爵様が聞けば喜ぶことでしょう」
カールが茶目っ気たっぷりに言う。
「眼福ですか、でも嫌いな物もあるでしょう」
「んー、嫌いと言うより、正確には理解し難いかな。
大人と子供の感覚の違いかな。
でも、いずれ大人になれば好きになる、かも知れないね」
ブライアンが俺の味方についた。
「私にも理解し難い物があります。
あれなんかですね」と指差した。
それは廊下横壁の高所に、隠すように飾られていた横長の油絵。
サイケ・・・か。
目が眩むほどに彩り鮮やか。
たぶん、下が海の中、そこで泳ぐ鳥の群れ、
上に太陽の様に浮かぶ大きな魚、揺れる沢山の人・・・。
こんな理解で間違ってないと思う。
何を表現しようとしているのか、さっぱり分からない。
描く人が自由なら、見る人も自由・・・でいいのか。
みんなを振り向いた。
男三人は素知らぬ顔。
メイド組は誰もが苦笑い。
言葉にしない方が良いらしい。
まず客間に通された。
まさしくお貴族様の客間、無駄に広く、脇には従者の部屋まである。
奥の片隅に彫像が飾られていた。
背中に羽があるから、たぶん、女神なんだろうけど、彫り方が荒々しい。
まるで荒神、怒り狂う女神か。
尋ねたいけど、尋ねたら俺の負け。
見て見ぬ振りをした。
そんな俺にメイド長のバーバラが言う。
「お荷物を置きましたので、お風呂に参りましょう」意味ありげな笑み。
えっ・・・。
「まさか背中まで流すとは言わないよね」
「仕事です」言い切った。
隣のドリスとジューンが良い笑顔を浮かべた。
この二人、俺の背中を洗う気満々。
俺は実年齢こそ子供、それも児童だが、
前世からを含めれば精神年齢は高い。
こんな気恥ずかしいことはない。
俺はカールに助けを求めた。
「二人で入ろうよ」
カールはメイド達を見回し、やれやれ感で俺に言う。
「メイド達の仕事を無くさないでください。
でも今日だけは私が入ります。
今日だけですよ」
風呂は贅を尽くしていた。
浴槽も含めて、全てが大理石。
俺は溢れる湯を見ながらカールに尋ねた。
「ここは客人用なの」
「使用人の方は別にして、家族用もこんな感じ。
だから遠慮は要らない。
ゆっくりしていいよ」
「貴族って、みんなこうなの」
「うちは特別。
贅にも似てるが、それとは全く違う美。
金銭の多寡では表せない美を尊ぶ。
そうすると、こうなると兄貴が言ってた」
美とは言うが、ここに美術品は飾られていない。
大理石と湯のみ。
夏だから温まると言うより、熱い。
カールが肩まで湯につかりながら言う。
「ここでは湯を味わうそうなんだ。
俺には今一つ、分らんけどな」
「夏だから熱い。
これで、みんな平気なんだ」
「慣れるとね。
隅の小さな浴槽は水だ。
熱いと感じたら水風呂に入ってみたらどうだい」
湯も水も魔道具で供給しているので、何の問題もないそうだ。
アリスが言う。
『良い感じのお風呂ね』
カールに見えないので、平気で俺の隣で湯につかっている。
『熱くないの。
羽根は大丈夫なの』
『これくらいなら問題ない』
『妖精の里にお風呂とか、温泉はないの』
『ない、ない。
私達は魔法で綺麗にするから。
でも、これは良いわ。
よ~し、ダンジョンにお風呂を造るわね』
『誰が・・・、スライムか』
『当然でしょう』




