(叙爵)3
俺は困った。
戦い終えて疲れている家来達に、
クランクリン百匹余を埋める穴を掘れとは言いにくい。
まあ、それを言うのが上に立つ者の責任なんだろうけど。
傍でカールが俺の言葉を待っていた。
彼の期待を裏切る訳には行かない。
何とかしないと・・・。
困っていると、アリスの声が届いた。
『ダンダンダン、ダン、困ったわ』
『どうしたの』
『倒した魔物の魔卵が取れないの』
『えっ』
『取るにはカーゴドアから出なければならないでしょう。
そうすると水中だから、水が入って来てエビスが水浸になるのよ』
そうだった。
エビスは潜水可能ではあるが、
水中でアリスが出入りする事は想定していない。
討伐しても魔卵は取れない。
『ゴメン、そこまで考えてなかった。
もう水浸しかい』
『まだよ。出ようとして気付いたのよ。
私、偉いでしょう』
『偉い偉い。
後でチューンナップするから、今日のところは我慢して』
『分かった、約束よ』
アリスのお陰でクランクリンの処分法を思い付いた。
湖畔を見渡した。
近場にあった。
俺はカールにそこを指し示した。
「死骸はあの崖から投げ落とそうよ。
そうすれば琵琶湖に棲む魔物が始末してくれると思うよ」
カールも崖を見た。
それから湖面を見た。
「分かりました。
直ちにやらせます」
クランクリンを解体する必要はない。
魔素の保有量が少ないので溜まることがなく、
魔卵を持っていること事態が珍しい。
そんなお陰で、採取目的で狩られることもない。
俺達は琵琶湖で日程調整し、
予定通りの日時に王都の東門前に着いた。
すると先方も約束通り、待っていた。
王家から遣わされた騎士が二騎。
彼等が王家の印が押された命令書を門衛に差し出し、
俺達一行に便宜を計るように申し伝えた。
お陰で入門の列に並ぶ必要がなかった。
優先で手続きが為された。
真っ先に通された俺とカールは二人で細川子爵家へ向かった。
騎士二騎は案内には就かない。
それはそうだろう。
細川子爵家はカールの実家。
迷う訳がない。
騎士二騎は俺の家来達の案内をする。
王家が用意してくれた屋敷、正確には俺に下賜される予定の屋敷、
そこへだ。
細川子爵家は西区画の貴族街にあった。
王の最側近とは聞いていたが、それらしい屋敷ではなかった。
隣近所の貴族屋敷と大差ない規模。
それが顔に出たのをカールに読まれた。
「実家は宮廷貴族だから、こんなもんだよ。
領地持ちとは違って、実入りが少ないからね」
「ですよね」
「ダンには領地も下賜されるから養う家来も多くなる。
それに相応しいように大きめの屋敷が用意されてる」
「なんだか期待が大きすぎません。
僕はまだ子供ですよ」
「気にする必要はない。大人達の都合だから」
「それはそれで恐いですね」
「大丈夫、大丈夫。
ダンが成人するまでは大人達が頑張る。
この先、一年もあれば全てにケリが付く筈だ」
「どんなケリですか」
「大人達の事情、ダンは成人するまで学校の寮に避難していれば良い。
その間に片をつける」
何がどうなっているのか分からないが、
カール達大人が片をつけてくれるらしい。
詳しくは聞かない方が良いのだろう。
表門の軽武装の門番がカールを見ると、内側の詰め所に告げた。
「カール様がいらっしゃいました」
すると詰め所から二人、飛び出して来た。
これも軽武装。
一人目が屋敷の方へ駆けて行く。
二人目が門をゆっくり開ける。
軽そうな門を重そうに押し広げた。
そしてカールと俺に頭を下げて言う。
「私が案内します」
迷うことはないと思うが、もしかして、これが貴族家の作法。
執事のような恰好の男二人とメイド三人、
そして兵士一人が玄関前に待ち構えて居た。
片側に居並び、代表して年長の執事らしいのが言う。
「ようこそダンタルニャン佐藤様」
みんなが俺に頭を下げた。
俺はカールに倣って下馬し、兵士に手綱を渡した。
みんなに向き直って言う。
「ダンタルニャン佐藤です」
これで正解・・・、だよね。
成人に達してないから家名を名乗っても間違いじゃないよね。
笑顔でカールが俺とみんなを引き合わせた。
細川家執事のブライアン。
ブライアンの息子で執事見習いのダンカン。
年長のメイドがバーバラ。
花が咲き誇ったようなドリス。
成人には達しているであろうジューン。
ブライアンがカールに尋ねた。
「玄関前でご説明してもよろしいでしょうか」
「問題ない。
早い方が良いだろう。
ダンも安心ができる」
「それでは」ブライアンが俺を振り向き、
「息子のダンカンがダンタルニャン佐藤子爵家の執事になります。
メイド長にはバーバラ。
メイドにドリスとジューンの二人です。
何かご質問がありますか」と簡潔に言う。
いきなりだった。
サプライズだが、ここまで準備していてくれたとは有り難い。
「感謝します。
でも、一つ、懸念があります」
「なんでしょう」
「息子さんは将来、細川子爵家の執事ではないのですか」
ブライアンが嬉しそうに応じた。
「ご懸念はごもっともです。ありがとうございます。
ただ、ダンカンは次男です。
長男が私の後を継ぎますので、いずれ外に出す予定でいました。
ご懸念は無用です。
執事の口を探しているところに舞い込んだのが、今回のお話です。
もっとも、これ幸いと押し込んだつもりではありません。
当家の主人と共に幾人かを面接し、最終的に残ったのがこれです。
まだ若いですが、しっかりと鍛えています。
執事としては申し分なし、親馬鹿ですが、そう思っています。
使えないとお思いでしたら、いつでも解雇してもらっても結構です」




