(叙爵)2
俺は魔物の群の接近を野営地の皆に伝えるかどうか迷った。
彼等は今や俺の家来。
給金の支給はまだだが、それでも家来。
でも彼等の力量を計る機会が目の前に。
沈黙する事にした。
小隊全体の統率はカール。
その下に各武芸指南役。
騎兵術、槍術、弓術、剣術、盾術の五人。
各分隊を掌握しているのは分隊長。
軽騎兵が一分隊、槍足軽二分隊、弓足軽二分隊の計五人。
残りは文官達のみ。
小勢という事もあるが、指示は細部にまで行き届く。
歩兵を乗せて来た馬車や荷馬車、それらを円陣を組むようにして配置。
隙間はあるがその円陣の真ん中で馬達を保護し、
外周には各分隊ごとにテントを張らせ、立哨を置いた。
平時の宿営としては問題ない。
手空きの者達は軽武装のまま、それぞれ自由にしていた。
大方は琵琶湖を眺め、お茶していた。
事前に聞いていた限りでは、彼等は実戦の機会は与えられていない。
小荷駄隊の護衛か、盗賊退治等の治安維持行動がせいぜい。
不安しかない。
立哨していた一人に獣人がいる。
彼がまっ先に気付いた。
遅れてカールが気付いた。
冒険者として積んだ経験の賜物だろう。
カールが俺を振り向いた。
彼の目色で聞きたい事が分かった。
俺が気配察知スキルを持っていると勘違いしているが、
それに乗る事にした。
駆け寄って探知で分かった事を口頭で伝えた。
「クランクリンが接近している。
北から八十数匹、西から二十数匹。
北の草地から来るのが本隊、西の湿原から来るのは奇襲部隊。
本隊で目を惹き付けて、奇襲部隊で脇を突く腹だね」
少し遅れて武芸指南役達も気付いた。
カールは各指南役と各分隊長を招集した。
短く協議して副官に角笛を吹かせた。
集合の合図。
駆け戻って来た兵員に各分隊長の指示が飛ぶ。
寄せて来る方向が分かっているので槍足軽が盾を並べた。
二十枚の盾の蔭にカールと槍足軽が控え、二段目に弓足軽。
三段目に五人の指南役による遊撃隊。
四段目に軽騎兵。
五段目に俺と文官達。
カールの執った方策が分かった。
まず弓で遠方から迎撃。
接近して来た奴は盾で足止めし、槍で仕留める。
様子次第で遊撃隊や軽騎兵が出撃。
固まった防御で数を削り、機を見て反撃。
相手は魔物だが、こちらは人相手の戦の部隊編成だ。
危機とは言え急に手順を変えると、かえって混乱する。
それで馴染んだ通常の手順にしたのだろう。
カールは元は国軍の大尉。
Cランク冒険者としての経験も豊富。
任せてみよう。
俺は馬を曳き出して騎乗した。
勿論、最後方である。
カールが文官達を俺の警護に回して来た。
出入り出来ぬように囲まれてしまった。
俺が戦闘に加われば圧勝するだろうが、
それでは家来達の手柄を奪う事になってしまう。
一番やっては拙いパターン。
たぶん、手出し無用という事なのだろう。
すまんカール、気を遣わせて。
文官達は通常は筆・算盤が武器だが、
それでも剣帯を短剣で飾る事を忘れてはいない。
今回も正真正銘の軽武装、革の具足に短剣、小さな丸盾。
実戦で短剣と盾を自在に扱えるかどうかは、甚だ疑問。
彼等に仕事が回ってこない事を祈ろう。
草地からクランクリンの群が姿を現した。
児童並みの体躯で四頭身、胴体部分を覆うのは硬い鱗。
そんな彼等が短剣や槍を振り翳し、攻め寄せて来た。
おそらく、これまでに倒した冒険者や兵士から奪い取った物だろう。
たぶん、それは手入れされてない。
となると、錆で欠けている、それは鋸みたいな物。
そんな物で切り付けられ、引かれると痛い、痛い。
弓足軽隊の迎撃が開始された。
無闇矢鱈に矢が飛ぶ訳ではない。
クランクリンの群が左右に薄く広がって駆けて来るので、
それに合わせてカールが第一分隊は右方、
第二分隊は左方と担当を分けた。
まずは上から矢の雨を降らせて出鼻を挫いた。
それでも敵の立ち直りは早い。
奇襲部隊の存在があるからだろう。
藪や木立を遮蔽物にして、ひょいひょいと前進して来る。
弓による迎撃は、接近を許したと見るや各個撃破に切り替えられた。
きちんと狙いを絞り、射殺して行く。
矢を潜り抜けたクランクリン十数匹が盾に辿り着こうとした。
槍足軽隊が一斉に盾の蔭から姿を現した。
矢が止み、槍の穂先を揃えての迎撃が開始された。
盾で足下から胴体部分を守り、確実な体勢で槍を繰り出す。
それに合わせたかのようにクランクリンの奇襲部隊が姿を現した。
湿原から矢のように飛び出して来た。
成功を信じて疑わないのか、嬉々としていた。
途端、味方第三列目、五人の武芸指南役が応じた。
彼等が選んだのは短剣の二刀流。
左右の手に短剣を持ち、喜び勇んで駆け出した。
事前の約に従い、陣形は魚鱗。
一人を先頭にして末広がりの三角形を描き、
クランクリンの群に飛び込んだ。
一方の短剣を盾替わりにし、一方の短剣を振るって群を断ち割って行く。
俺の目は武芸指南役達の戦い振りに釘付けになった。
陣形を維持しながら、軽い足取りで確実に敵の群を断ち割る。
その一挙手一投足に無駄がない。
正確無比、かつ華麗にして勇猛果敢。
父はこんな猛者達をどこから集めたのだろうか。
第四列目の軽騎兵十騎が動いた。
正面から来る本隊の崩れを見て、左方から抜け出し、
迂回するようにして敵の背後を突いた。
馬群の勢いで蹄にかけ、馬上から槍を繰り出す。
勝敗が決した。
槍足軽隊が掃討戦に移行した。
第一分隊は正面の敵。
第二分隊は敵奇襲部隊。
それぞれが横隊となり、残敵の仕留めに向かった。
弓足軽隊は盾列より前には出ない。
弓を短剣と小さな丸盾に換え、漏れた残敵の逆襲にしっかりと備えた。
カールが俺の傍に来た。
「最後はダンタルニャン様の仕事ですよ」ニコリと悪い笑顔。
「残ってる仕事は報奨だよね」
「それもですが、もう一つ大事な事が」
「・・・、そうか、・・・死体処理」
「ですね。
ここには我等しかいないので」
「はあ、・・・それが上に立つ者の仕事か」
「そうです。どうします」
児童並みの体軀のクランクリンとは言え、数は百を超えていた。
魔物討伐の常識では、地面に穴を掘り、落として焼き、埋める。
どれだけの労力が・・・。
でも、しっかり処理しないとゾンビ化する。
あるいは死体に引き寄せられて魔物が集まる。
はあ・・・。
スキルを公開できるものなら簡単なんだけど。




