(叙爵)1
大人達の時間が動き出した。
叙爵と陞爵の一件だ。
受諾の使者を王都へ派遣して十日目。
七月一日、返書が来た。
王家と直接の遣り取りが出来る身分ではないので、
取り次ぎの細川子爵家を介してである。
カールの実家の軽騎兵三騎が届けに来た。
関係者は王都に上り、仮の屋敷に入れ。
吉日を選んでダンタルニャンを男爵に叙爵し、
その日のうちに子爵に陞爵、新しい佐藤子爵家を立ち上げる。
そう確約されていた。
それまで内々に進められていた準備が、
返書によって公然と出来るようになった。
馬車の用意から、佐藤家親族への連絡、王都へ持参する手土産、
子爵家の人員確保等々。
一切が公表された事により、村中がお祭り騒ぎ。
大方の者達が浮かれ騒いだ。
それはそうだろう。
選んで田舎に引き籠もっていた佐藤家が、
五百年ぶりに表舞台に出るのだ。
それも子爵家として。
家来筋の村人達がジッとしていられる訳がない。
何のかのと集まっては飲み騒ぐ。
俺はと言うと、返書を受け取った翌日には王都に戻る事になった。
父の言葉通り、随行するのは佐藤家の兵士五十。
内訳は軽騎兵十騎、槍足軽二十、弓足軽二十。
これに各武芸指南役や文官も合わせると七十人ほど。
名古屋の屋敷の小隊が丸ごと俺の家来になった。
彼等を率いて国都に向かった。
俺は冒険者ギルドから借りている馬に乗った。
隣にはカールが轡を並べた。
彼が当分の間の細川子爵家の代人だ。
運良くと言うか、村とカールの契約は六月で切れた。
そこに今回の話。
これ幸いと細川子爵家がカールを任じたのだ。
昨夜、俺はカールに謝った。
「ゴメンネ、予定していた事があったのに」
「気にしないでくれ、実家の兄には逆らえない。
それに人生ってものは波乱があるから面白い」
「でもカールの嫌いな貴族生活だよ」
「それはダンもだろう。
あっ、ダン呼ばわりは拙いな」
「二人の時はそれで。
気楽が一番だよ」
「いやいや、これからはダンタルニャン佐藤様。
様付けに慣れる必要があるな」
「様付けは、こそばゆいんだけど。
ねえ、カール細川男爵様」
「男爵様と来ましたか、確かに」
二人で苦笑いした。
復路は東海道ではない。
俺は当然、往路が東海道だったので、復路は中山道の予定でいた。
そんな俺の都合に加えて、尾張地方と伊勢地方の関係悪化で、
尚更、中山道しか選択肢がない状況になった。
脇海道で尾張から美濃へ向かった。
途中、何度も貴族や土豪の小軍勢に出会した。
何れもが名古屋に向かっていた。
名古屋に集合し、再編成して伊勢に攻め込むのだろう。
「伊勢の間者が尾張に入っている筈だよね」俺は呆れた。
「途中で怪しいのを何人か見かけましたよ」カールが言う。
「だよね。拙速は巧遅に勝るとか、兵は詭道なりとか知らないのかな」
「ほほう、士官候補生が習う言葉ですね。
軍事に興味があるのですか」
「ないよ、本で読んだだけ」
俺達は歩兵の一行を馬車に乗せているので、
傍目には大規模なキャラバンに見えるかも知れない。
そのお陰で進みは割り方、早い。
のだが、大方が尾張から出るのが初めての者なので、
観光を兼ねての旅になった。
煩いこと、煩いこと、まるで小学生の修学旅行。
「あれが岐阜か」
「大垣だ」
「関ヶ原だ」
「ここからが近江、へえー」
「あっ、あれが琵琶湖か」
兵士達の為に宿場ではなく、琵琶湖の傍に宿営した。
「よかったのですか」カールが魔物の出没を心配した。
「問題ないと思う」
俺は尾張からここまで探知をフル稼働、何度も魔物を見つけた。
幸い、大抵はこちらの人数を怖れて、向こうが避けた。
でも、偶に出会い頭的な遭遇もあり、その度に戦闘というか、
狩りに発展した。
それでも問題はなかった。
武芸指南役達が指揮を執り、的確に兵士達に仕留めさせたからだ。
「ここで野営の仕上げにするつもりですか」鋭いカール。
「分かったの」
「ダンタルニャン様は昔から変ですよね」
「変っ、何が、どこが」
「んー、考え方ですかね。
妙に大人っぽいというか、子供らしくない」
そんな俺達を無視してアリスが琵琶湖に飛んで行く。
勿論、妖精姿なので誰にも気付かれない。
湖の真ん中辺りでエビスを取り出した。
新生エビスだ。
ある夜、拾い集めた竜の鱗を俺に差し出して、アリスが言ったのだ。
「これでエビスを強化して」命令口調。
ムカッと来たが、俺に否はない。
竜の鱗なら試してみたい。
さっそく錬金した。
鱗を溶解してミスリルを混ぜると、より強度が増すことが分かった。
ついでに完全耐水で、錆びない事も判明した。
検討を重ねた上でエビスを造り替えた。
施した術式もアップデート。
MPも上げて150にした。
陸海空仕様のエビスの出来上がり。
さっそく尾張の海で試したが問題なし。
遠出はしなかったが、たぶん、深海も問題ないだろう。
元が竜の鱗だからね。
エビスが湖面から跳ね上がるようにして、垂直に上昇した。
そして、急反転、湖面に一直線に突入した。
激しい水飛沫が上がったが、一瞬の事なので誰も気にしない。
『キャハッハッ・・・』アリスの喜びが俺に届いた。
『水漏れはないかい』
『えっ、こんな深い所まで念話が届くの』怪訝な声。
『たぶんだけど、竜の鱗が材料だからじゃないかな。
筐体全体に張り巡らした経絡を流れる魔素が、
より活発化していると思うんだ』
『待って、・・・育ってると言うか・・・、
確かに前のエビスよりも良い感じがするわね』
『気のせいじゃなくて、その通りだと思うよ』
アリスは最後に、深い所に水棲の魔物がいたら狩って来ると言う。
俺はそれを素直に喜べなかった。
俺達が危機に晒されていたからだ。
正確には俺ではなく、野営地の皆がだ。
探知で魔物の群が野営地周辺に接近していると分かった。
鑑定で相手の正体も分かった。
クランクリン。
水辺を好む魔物だがFランク、個々の力は弱い。
だが群れなすと侮れない。
軽い身体で飛ぶようにして寄せて来る。




