(帰省)14
ドラゴンはエビスを小癪な奴と睨み付けた。
手加減してる場合ではない。
一枚だけだが、鱗が被害を受けたのだ。
アイスミントの返礼をした。
ブレスブリザード。
Dクラスの魔物・ガゼミゼルが吹雪・ブレススノーストームなら、
更にその上を行くのがドラゴンの猛吹雪・ブレスブリザード。
強風を伴う吹雪で辺り一面を凍てつかせ、凍らせる。
アリスもそれが何かは分かった。
初見だが、それは妖精に生まれ落ちた時に得た知識の中にあった。
ブレスブリザード。
アリスの放ったアイスミントが霞んでしまう威力だ。
広範囲攻撃なので避けるのが難しい。
ところがアリスの判断より速く、エビスが勝手に回避行動に転じた。
ダンタルニャンが施した術式に従い、機体の安全を最優先にした。
アリスは元いた場所を振り返って驚いた。
空中が一面、氷っていた。
エビスが回避せねば彼女もあの中にいた。
思わず震えた。
ドラゴン。
後先考えず、ちょっかい出してしまった。
空中にできた氷の塊が海に落ちて行く。
それを見送りながらドラゴンを探した。
何時の間にか、奴は遙か上空にいた。
そして、こちらに向けて急降下して来た。
見逃すつもりはなさそうだ。
エビスが徐々に速度を上げて行く。
ダンタルニャンには時期尚早と言われていたが、
こうなればフルスピードしかない。
そうエビスが判断したのだろう。
機械的に、かつスムーズにシフトアップしていく。
そこに躊躇いはない。
ナビの主導権もアリスからエビスに移行していた。
どういう訳か、アリスには出来ないが、
エビスはダンタルニャンの魔波を捉え、戸倉村を目指していた。
これもダンタルニャンの施した術式の効果なのだろう。
アリスは慌てた。
このままだとドラゴンを戸倉村に招いてしまう。
疫病神。
何とかしなければ・・・。
幸いダンタルニャンは睡眠中。
その魔波はアリスが迷子にならぬように、小器用に発信しているだけ。
こちらの苦境には気付いていない様子。
ならば、このまま何も知らせずに過ごさせてやりたい。
アリスはエビスの主導権を取り戻し、進路をずらそうとした。
コクピットの操縦桿を両手で握り締め、力を込めた。
『エビス、お願い、私に任せて』念話で願いも込めた。
エビスはドラゴンより速度を出せたが、打開策を見出せなかった。
そこにアリスからの妖精、いや、要請が来た。
即座に了承した。
本来のアリス主導に戻した。
ドラゴンは必死で追跡した。
軽い分、成体と遜色ない速度。
それでも距離を縮められない。
念の為、奴の魔波を捉えた。
すると不思議な事が判明した。
実に複雑な魔波なのだ。
複数の魔波が絡み合っているとしか思えない。
もっとも判明したのは低ランクの、ザコ魔物の魔波ばかり。
その複合体だとすれば納得できる。
それが信じられぬ能力を発揮していた。
ドラゴンの速度を凌駕していた。
エビスは二個の魔卵を搭載していた。
エビスを動かす主動力となる魔卵と、
アリスの妖精魔法を補助する動力となる魔卵。
個別に動きはするが、連携する二つの術式。
加えて、ダンタルニャンが意識して行った事があった。
エビスの外皮に血管に似た経絡網を構築した、それだ。
魔卵の中に溜められていた魔素を経絡に血液のように流そうとした。
エビスを疑似生命体に育て上げられないか、試してみたのだ。
これらが功を奏した。
二個の魔卵と二個の術式、そしてエビス。
五つの魔波を発生させる事態になったが、
何らの支障も生じさせないばかりか、逆に能力を向上させていた。
正確にはただ今、成長中・・・。
エビスを正確に理解していないアリスだが、
何時ものように操縦桿を握りながらエビスに語りかけていた。
『三河大湿原に向かうわよ、そこで機を見て離脱する』
夜目が利くだけでなく、ナビもあるので迷うことはない。
三河大湿原を目指した。
深夜の三河大湿原で安心して眠っている動物はいない。
肉食動物と共生しているので、一時として油断できない。
狩る側も狩られる側も必死なのだ。
そこに空中から露骨なまでの殺気が襲来した。
全ての生き物が、夜目が利く、利かないに関係なく総毛立った。
彼等の勘が生命の危機を訴えた。
そうなると小動物は狼狽するばかり。
夜目の利く大型肉食系は立ち上がって来る方向を見定めた。
群を率いる個体は躊躇なく一声で仲間を纏めた。
ソロを好む個体は四肢を踏ん張り、ただ一頭で殺気に対峙した。
三河大湿原上空に達したアリスは迷うことなく、ある一点を目指した。
鬱蒼としたジャングル。
20メートル近い大木が生い茂っていて、隠れるには絶好の地形。
そこに急降下した。
沢山の生き物が生息し、目を覚ましていた。
混乱を極めているようで、エビスに注目する物はいない。
アリスは太い枝葉の蔭にエビスを隠し、ドラゴンをやり過ごせるかどうか、
ジッと見守ることにした。
少し遅れてドラゴンが現れた。
駄目だった。
ドラゴンは的確にこちらの位置を把握していた。
頭上でホバリングし、こちらを観察していた。
ドラゴンは眼下を見下ろした。
沢山の生き物が右往左往しているので、奴を特定するのは難しかった。
だからと言って、見逃しは出来ない。
なにしろ、俺様に喧嘩を売ったのだ。
一帯諸共、地獄に送ってやる。
ブレス攻撃態勢に移行。
ブレスヘルフレイム。
Cクラスの魔物・ヒヒラカーンが火炎・ブレスフレイムなら、
更にその上を行くのがドラゴンの地獄の業火・ブレスヘルフレイム。
広範囲火炎で辺りを一帯を焼き払い、全ての物を灰にする。




