(帰省)13
翌日から俺は自由だった。
陞爵も伊勢出兵も立ち消えしたかのように、耳へ入ることはなかった。
大人達が談合して・・・、否、任せておけば良いのだろう。
何とかしてくれるようだ。
ところが俺は自由にならなかった。
母が、祖母が、兄達が、ケイト達が構う、構う、構う。
連日、飽きもせずに茶話会だ、武芸の稽古だ、
川遊びだと連れ回された。
それは断れる雰囲気ではなかった。
アリスに呆れられた。
『人間は群れなすのが好きよね』
妖精は家族を持たない。
何らかの要因で自然発生する為、理解の範疇ではないらしい。
『血縁とか地縁とかで繋がっているからかな。
でもアリスだって、仲間はいるだろう。
その仲間を救うために行動したんだから』
貴族邸を襲撃して仲間を助け出した。
『う~ん、仲間ね。
でも仲間と言うより、妖精の誼で救い出したにすぎないわね』
そういう認識らしい。
俺がさらに問い質そうとするより先に部屋の窓から空高く飛び上がり、
収納からエビスを取り出し、乗り込むと遊びに出かけた。
俺は置いてけぼり。
『迷子に気をつけて』
『大丈夫、大丈夫』
二日目の飛行後のアリスは満足していた。
『三河大湿原は珍しい動物ばかりね。楽しいわ』
ところが三日目になると表現が変わった。
『なにあそこ、魔卵を持ってる奴がいないじゃないの』
ミカワワニやミカワサイとかの大型動物を狩り、解体して落胆。
その怒りを俺に向けてきた。
『言っただろう。魔物は大きくなる前に獣に狩られてしまうって』
『聞いたかな・・・、聞いてないわね。うん、聞いてない』
開き直って、プリプリ。
しようがないので俺はご機嫌を取る為に、
エビスをチューンナップする事にした。
ある程度のイメージだけで詳細は固めていないが、
それでも何とかなるはずだ。たぶん。
深夜を待って室内で探知と鑑定を始動し、連携させ、村を包んだ。
魔法による作業を他人に察知されては拙いので、念の為に警戒した。
村人の中で魔法のレベルが高いのは神社の宮司のみなのだが、
旅籠にも宿泊客はいる。
警戒するに越したことはない。
もっとも、俺より低レベルでは気が付きもしないだろうが。
アリスがエビスを取り出した。
ついでに手頃な大きさの魔卵を提供してくれた。
既に搭載している魔卵はエビスの動力源。
これから積み込む魔卵はアリスの妖精魔法の補助動力。
錬金魔法を起動し、エビスをその中央に浮かせた。
難しい作業ではない。
バランスと出力熱を考慮し、二個の魔卵の搭載位置を決めた。
続いて魔法の出口、銃口。
これは魔法使いの杖を参考にした。
初心者の杖は問題外。
魔水晶を嵌め込んだ杖をコピー、縮小し、
形状を変えてエビスの先端に据え付けた。
口の両端から覗く二本の牙がそれだ。
それを魔卵と経絡で結び、術式を施した。
思いの外、簡単に仕上がった。
するとアリスが乗り込んだ。
俺の説明を待ってはいられないらしい。
深夜の空に飛び立った。
『アリス、説明を聞かないのか』
『見てたから分かる~』
アリスはこんな奴だった。
『とにかく聞けよ』
俺は遠ざかるアリスに念話で取り扱い方を説明した。
アリスはエビスの速度を少しずつ上げた。
壊さずに育てる、ダンの考えを忠実に守った。
ナビにも目を配った。
ダンの魔波から外れぬようにした。
ダンのくどい説明が続いた。
心配性だなと思いながら、話半分聞いた。
飛行中に優先されるのは進路の安全確認。
夜間飛行する鳥がいるのだ。
遭遇して衝突してしまっては堪らない。
機体は損傷せぬだろうが、血肉でエビスが汚されてしまう。
三河大湿原方向に向かっていたアリスは大きな魔力の塊に気付いた。
右方のかなり離れた所に、それがいた。
気配察知機能の精度を高めた。
どうやら、こちら同様、飛行中らしい。
関心を抱かぬ訳がない。
直ぐさま方向転換。
月明かりの中をそれが飛んでいた。
実に悠々たる態度。
自分に危害を加える敵などいないと確信しているのだろう。
海面が月明かりを反射し、全体像がアリスの目に映った。
ドラゴン。
全長10メートルであるところから判断すると、成体ではない。
でも、ドラゴン。
侮れない。
アリスは誘惑に駆られた。
エビスに搭載したばかりの武器の性能を試したい。
その威力はダンのスキルからすると、期待しても間違いではない。
そしてドラゴンほどその試射に相応しい的はない。
攻撃態勢。
エビスの二対四枚羽根、三対六本足を閉じた。
妖精魔法の補助動力である魔卵をフル回転。
経絡を通じ、二本の牙を起動させた。
ドラゴンは微量の魔力を感じ取った。
同時に殺意をも感じ取った。
ただ、それが自分に向けられたものであるかどうか、確信がなかった。
数多いる生物の頂点に立つドラゴンに、
好き好んで喧嘩を売る輩がいるとは夢想だにしなかった。
それでも気配察知を起動した。
こちらに接近して来る小さな生き物がそれだ。
我が身の指の先ほどの物。
敵対するとすれば面白い。
一閃で消し飛ばしてやろう。
それまでは、そ知らぬ振り。
アリスは妖精魔法の火で急襲した。
ファイアボール・火弾。
初心者でも使えるが、Bランクともなると威力が桁違い。
鎧程度なら爆発せずに貫通してしまう。
それでもってドラゴンの堅い鱗に挑んだ。
牙から二個の火弾が放たれた。
速度も軌道も申し分なし。
真一直線にドラゴンの腹部に命中、爆発した。
ところがドラゴンは微動だにしない。
蚊にでも刺されたのかといった感じで、首を捻って自分の腹部を見、
それからエビスに視線を転じた。
アリスは予想通りなので驚きはしない。
次は風と水をミックスして氷。
アイスミストを放った。
鱗を凍らせようとした。
ドラゴンは驚いた。
一塊になったかのような冷たい霧。
これが何なのかは知っている。
そして実際、当てられた鱗が一枚、ギシッと氷付けにされた。
驚いたのは、そこではない。
火の次に氷。
そんな攻撃手段を持つ魔物に初めて遭遇したからだ。




