(帰省)12
俺は我が身に降りかかった爵位を嘆いた。
これでは自由気儘な生活ができない。
回避できないかと考えた。
そこで、はたと原因に気付いた。
そもそもは就寝する前の習慣が原因・・・ではないのか。
呼吸法、それだ。
丹田に気を集めて精練する過程で、
「無病息災」「千吉万来」をイメージした。
病気にも怪我にも負けない身体が欲しい。
沢山の吉事が訪れるようにと願いも込めた。
お陰で大きな病気や怪我をした事がない。
吉事にも恵まれた。
ダンジョンマスターのスキル。
白色発光での合格。
学校や冒険者パーティの仲間達。
妖精アリス。
ダンジョンを造った。
魔女魔法。
忘れてならないのは家族運、これは最高だ。
そこに爵位が来た。
俺が夢見るのは誰にも何にも縛られないスローライフ。
前世を教訓にした俺にとって爵位は重荷、呪いでしかない。
どうしたものか。
辞退するしかないだろう。
俺の躊躇いを見越したかのように祖父が口を開いた。
「ジョナサン様が活躍されたのは千年も昔の事だ。
威徳を兼ね備えられた人ではあるが、長い年月と共に色褪せ、
人々から忘れ去られて行くのも事実。
実際、祭っている社も数が少なくなってきた。
悲しい事だ。
・・・。
ダン、王宮からの申し入れは、これ幸いだ。
王室の思惑はどうあれ、ジョナサン様の名を再び高められる。
我が一族にとって、これほど都合の良い申し出はない。
そう思わないか」
祖父の言葉に家族が揃って頷いた。
居合わせたカールやメイド二人も歩調を合わせた。
全ての視線が俺に注がれた。
これでは拒否できない。
俺は決めた。
流れに身を任せてみよう。
濁流なのか、清流なのか。
滝から落ちて砕けるか、大海に流れ出るか。
それも面白いかも知れないな、たぶんだけど。
「分かりました、受けます。
それで、どうするんですか。
僕は陞爵の手続きも礼儀作法も知りませんよ」
途端、室内の空気が弾け飛ぶように明るくなった。
代表してカールが答えた。
「全ては大人達に任せて下さい。
ダン様の夏の休暇は予定通りです。
のんびりしてても構いませんよ」
「それで良いの」
「当然です。
私が実家の細川子爵邸に了承したとの使者を送ります。
すると、それを受けて全てが動き出します。
王室との連絡。
ダンタルニャン様の屋敷の手配。
初期に必要な人材の雇用等々」
「大変そうだね。
特に屋敷とか、人材とか」
「実家の兄は国王様の最側近です。
太くて丈夫なコネです。
それを思い切り使い倒してやるのが、弟の役目です。
ですから、何の心配も要りません。
王室から陞爵の祝い金を前金として支出させ、それで屋敷や購入し、
残余で必要最小限の家臣を雇い入れます」
「へえー、そこまで前もって準備してくれるんだ」
「ただの親切心だけではありませんよ。
これは実家にとっても益がある話なのです」
「どんな」
「言わぬが花でしょう」
深く追求させぬ為か、父が割って入った。
「ダン、屋敷の初期の人材は細川子爵様にお願いしよう。
貴族や王室との接触に慣れた文武官を揃えてもらえば、心強い。
勿論、この村からも人を出す。
領都の屋敷に抱えている兵を中核に選抜する。
お前が国都に戻る際には五十人規模の小隊になる予定だ。
そのつもりでな」
俺は、あれっと・・・思った。
「父上、そう言えば伊勢への出兵はどうなっているんですか。
そちらに領都の兵を差し向けるのでしょう」
みんなが、あれって顔をした。
怪訝、怪訝、解せぬ。
カールが慌ただしそうに問う。
「ダンタルニャン様、出兵の話は機密保持の為に禁句なのです。
村で知っているのは主立った者達だけです。
どちらで耳にされました」
「亀山宿場の宿屋で聞いたけど」
「伊勢の亀山ですか」
俺は宿屋のスタッフから聞いた話を事細かに説明した。
と言ってもご大層な話ではない。
所詮は地方の平民が耳にした噂話にしか過ぎない。
それでも室内の者達の表情が微妙に変化した。
カールが目顔で父に問う。
それを受けた父は天井を見上げた。
「漏れていたか。
よりにもよって伊勢とはな。
我が村は今回のダンの陞爵を理由にすれば出兵を回避できる。
かと言って、近隣の親しい村の土豪達が出兵する。
知らん振りは出来ん。
どうする、カール」
祖父がカールに代わって応じた。
「伯爵家へのご注進はせぬ方が良かろう。
・・・。
こちらの手の内が筒抜けだ。
どう考えても負け戦。
負け戦になれば贄探しが始まる。
そうなれば真っ先に疑われるのが、真っ先にご注進した奴だ。
そう思わぬか」
父もカールも唸るばかり。
祖父が立ち上がって父に言う。
「お前の執務室に主立った者達を集めて相談しよう。
呼び出す理由はダンタルニャンの陞爵にすれば問題ないだろう」
アリスが俺に言う。
『面倒臭い事になったわね』
『困ったね。
人は相争う事でしか自分を主張できないのかな』
『・・・フン、まるで他人事ね』
『俺は争うのは嫌いだから』
『そうかしら、ようく覚えておくわよ』
祖父達が連れ立って消えたので、室内は母と祖母の天下になった。
杞憂はすっかり消え去り、まるで井戸端会議。
「陞爵には私達も一緒していいのかしら」
「そうなれば、ついでにお屋敷に泊まれるわね」
「時々、遊びにも行けるわね」
「国都にただで泊まれて、買い物もできるなんて夢みたい」
久しぶりの団欒なので、空気を壊さぬように相槌を打つしかなかった。
そこに長兄・トーマスが爆弾投下。
「貴族になれば婚姻一つをとっても大変そうだな」
次兄・カイルが気の毒そうに俺を見た。
「白色発光の子爵様だから、売り込み殺到だろう」
「ダンもまだ十才だから、まず許婚からか」
「ご愁傷様です」兄貴二人が揃って俺に手を合わせた。




