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異世界ブギウギ。  作者: 渡良瀬ワタル
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(帰省)11

 父はメイドにカールを呼ぶように申し付けると、俺を見た。

「カールが来るまでお茶でも飲んでようか」

 残ったメイドがみんなのお茶を淹れ直した。

それを横目に俺はお茶請けのお菓子に手を伸ばした。

尾張名物の煎餅、おんでこ煎だ。

重苦しいとしか思えない醤油味の濡れ煎餅。

これがお茶に合う。


 姿が見えないのを良いことにアリスが現れ、

俺が手にした煎餅に取り付いた。

舌でペロッペロッ。

『なにこれ、癖になりそうな酷い旨み』

『これが大人の味だよ』

『なによそれ、お子様が』


 二枚、三枚と食べているとカールが部屋に入って来た。

笑みを浮かべて俺に目礼し、父達のソファーの後ろに立った。

 何だか、おかしな光景だ。

この中で爵位持ちはカール一人。

その彼が立ちんぼ。

まあ、今の肩書きが冒険者だから良いのか。


 お茶で一息入れた父が顔を上げた。

優しい目色で俺を見た。

「王室から異例な通達があった。

・・・。

お前に子爵位を授けるそうだ。

子爵様だ」

 耳を疑った。

聞き間違い。

そうだ、聞き間違いに違いない。

「はあー、・・・子爵様って聞こえましたけど」

 父は苦笑い。

「だよな。

そう思うような。

でも、そうなんだ。

子爵様だ、ダンタルニャン」

 聞き間違いではなかった。

子爵様。

意味が分からない。

 国王が授けるのが公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の五爵位。

その下に騎士爵、上大夫爵、下大夫爵と三爵位があるが、

そちらは地方の寄親である伯爵が授けるもの。

 何の功績もないのに、いきなり子爵はないだろう。

それに、そもそも最下位爵の下大夫爵ですらない。

爵位の階段の階には程遠い平民の男児。

どこかで手違いが生じたに違いない。

そう俺は確信した。

「これは何かの間違いです。

事務手続きの際に誰かがミスったんでしょう」


 父に促されてカールが口を開いた。

「爵位おめでとうございます。

これは事実です。

私の実家の細川子爵家に確認したので間違いありません」

「本当に」疑いの眼でカールを見た。

「本当ですよ」カールは目を逸らさない。

「何の功績もないよ」

「ご心配なく、これは王室の都合です」きっぱり言い切った。

「都合・・・」

「国都の貴族街で焼き討ちがあったそうですね」

「外郭北区画のエリオス佐藤子爵邸だったよね」

「そうです、それに関して色々と噂が飛び交っています。

ご存じですか」

「無責任な噂ばかりだけど、

中で一つだけ聞き逃せないのがバイロン神崎子爵かな」

 真実味のある噂として流れていた。

始まりは宮中での一件。

バイロン神崎子爵がエリオス佐藤子爵に刃傷沙汰、斬り付けた。

佐藤子爵は命は助かったものの、

後遺症で寝たきり生活をせざるを得なくなった。

加害者の神崎子爵は爵位と領地が没取され、当人は断頭台送り。

それで一件は落着した筈だった。

忘れた頃に起きたのが今回の焼き討ち。

多くの者が神崎子爵家遺族や遺臣の関与を疑った。


 アリスが腹を抱えて笑う。

『お子ちゃま貴族って、人材不足なの~』

 俺は無視した。


 俺はカールに尋ねた。

「もしかして、佐藤子爵家と神崎子爵家が関係するの」

「おおありです。

最初に佐藤子爵家はこちらの佐藤家とは無関係と申し上げます。

あちらもジョナサン佐藤の血統と謳っていますが、

傍系にしても信憑性は甚だ疑わしいものです。

・・・。

あちらの佐藤子爵家も分家を率いていて、

それなりに貴族として権勢があります。

でもこの度の焼き討ちで、その本家の佐藤子爵家が滅びました。

そうなると誰が子爵家を継ぐのか、そこが問題になります」

 幾つかの分家が後継者として名乗りを上げた。

それに疑問を持ったのが姦しい貴族雀達。

暇を持て余しているのか、口を極めて罵った。

 刃傷沙汰から焼き討ちまでの一連の騒ぎに対し、

分家は総じて貴族らしい対応をしていない。

弓馬の家であるジョナサン佐藤を謳うのであれば、

神崎子爵家の遺族や遺臣を警戒し、

襲撃に備えるのが当然ではないかと。

 実際、本家も分家も何もしていなかった。

無警戒で過ごしていたところに焼き討ちを喰らった恰好だ。

それらの事情をカールが丁寧に説明してくれた。


 俺は釈然としない。

「それが今回の爵位に繋がるの」

「はい。

貴族には貴族としての権利があれば義務もあります、が、

それよりなにより大切なのは恥ずかしくない行為です。

・・・。

今回は見過ごせないそうで、王室としては一罰百戒で望むそうです」

「それはどういう」

「ジョナサン佐藤の血統を謳う貴族を、弓馬の家柄として一纏めにし、

立て直すそうです」

 先が見えてきた。

我が家がジョナサン佐藤の直系であることは知られている。

しかし、他の家が直系ではなく傍系を謳うのであれば、

それは覆しようがないのも事実。

なにしろ千年を超えた血統。

この間に長い戦乱があったので、どこで、なにが、どうなったのか、

誰にも証明のしようがないのだ。

「もしかして、僕が御神輿に担がれる訳」

「そうです」

「纏め役と言われても、僕、子供だよ」

「ご心配なく。

ダンタルニャン様は何もなさらなくても結構です。

全ては我等、大人にお任せを」

「ねえ、僕である必要があるの。

僕、未成年だよ。

幸い、成人した兄貴が二人いるんだ。

どちらかに爵位を授けても問題ないでしょう」

 カールに代わって父が答えた。

「上の二人には役目がある。

役目がないのはダンだけだ。

ここは一つ、喜んで受けると良い」


 俺は深い溜め息をついた。

「冒険者になりたかったのに」

 カールが応じた。

「貴族でも冒険者の兼業は可能ですよ。

私のようにね。

他にも大勢いますよ。

貴族の責務を果たせば誰も文句は言いません」

「そうなんだ」

「ええ、領地持ちの貴族、

王宮で文武官として使える宮廷貴族。

私のように貴族街に屋敷を持たず、兼業で稼ぐ野良の貴族。

色々ですよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 子爵にするって、世界を旅したいと公言しているので、他国に取り込まれる前に紐づけしようとしたのかな。
[一言] 血の繋がりがあるか怪しい分家共をまとめるための神輿役になるとかたまったもんじゃないですね 冒険者も兼業できると言ってますが余計な柵ができたのは確か、それも分家というお荷物付きで ダンくん国に…
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