(帰省)10
一際、甲高い笑い声はアリスだった。
『キャッハッハッ・・・。
うけるう~、顔が涎でベチョベチョ』
念話が外に漏れないか心配になったが、アリスは気にしていない。
『犬に押し倒されて喜んでる、どんだけ馬鹿なの』付け加える始末。
少し複雑・・・。
五郎がマウントを取りながら視線を左右に走らせた。
アリスの気配に勘付いたのだろう。
鼻で臭いを嗅ぐ仕草を始めた。
拙い、これは拙い。
俺は慌てて五郎の鼻を撫でまわし、気を削いだ。
兄二人が五郎から助け出してくれた。
やれやれだ。
ところが、二人は俺を両側から抱え上げると、
そのまま屋敷に入って行く。
「下ろしてよ」頼むのだが、無視された。
これも兄弟のお約束か、抵抗を諦めた。
厚い絨毯が敷かれた広間で家族が待っていた。
重厚そうなテーブルを真ん中に、上座のソファーには父と母。
左のソファーには祖父と祖母。
俺は下座のソファーに投げるように落とされた。
俺は狩られた獲物か。
兄二人は笑いながら右のソファーに腰を下ろした。
家族以外に二人いた。
メイド二人が両親の背後に控えていた。
俺は立ち上がって、みんなを見回した。
「ただいま戻りました」軽く会釈した。
挨拶もそこそこ、矢継ぎ早に質問が繰り出された。
特に母と祖母が熱心であった。
「美味しい物、食べてるの」
「友達はできたの」
「洗濯してるの」
「勉強には付いて行けるの」
それに一つひとつ丁寧に答える俺。
面倒臭いが、これも家族であってこそ。
女達の勢いに押されたのか、男達はお手上げ状態。
苦笑いを浮かべて聞き入っていた。
「冒険者に登録したそうね」
「危ない事はしてないでしょね」
「女の子達と組んでるそうね、どんな子達なの」
父は長話に待ち草臥れたのか、
メイドにお茶とお茶請けを持って来させた。
「採取してる薬草って、高く買ってもらえるの」
「大貴族様のお姫様も仲間にしたそうね」
きりがないので俺は質問の隙間を突いた。
立ち上がって兄二人に正対した。
「トーマス兄さん、カイル兄さん、成人の祝いです」
二人は年子なので、今年の正月明けに成人の儀が行われた。
生憎、俺は国都にいたので参加していない。
そこで帰省に合わせて祝いの品を用意した。
当然、錬金魔法で造った鋼製の逸品だ。
それをズタ袋から取り出してテーブルの上に置いた。
短剣二振り。
ケイト達のナイフは他の者達に嫉妬されぬように、外装を質素にした。
でも兄達のは意味合いが違う。
貴族に嫉妬されては困るが、流石は佐藤家と言わせ、
仲間内で一目置かれる必要がある。
刀身部分だけでなく鞘、柄、鍔にも力を入れた。
兄二人は短剣と俺を見比べた。
「これは立派だな」
「いいのか、俺達が貰っても」
俺は何でもなさそうに答えた。
「言ったでしょう。
パーティメンバーの三人は商家の娘さんだって。
その伝手で安く買えるんです」嘘だけど。
「喜んで貰っておきなさい」父の言葉で兄達がようやく手を伸ばした。
長兄が選んだのは黒系の短剣、残ったグレー系を次兄が手にした。
二人は剣帯に下げると短剣を抜いた。
軽く振り回し、納得する仕草で切っ先に見入った。
兄弟だからか、その仕草はそっくり。
俺は祖母を見た。
「お祖母様、これを」
化粧品の積み合わせをテーブルに出した。
ダンジョンで鋳造した硬貨で買い求めたものだ。
幾らでも鋳造できるので価格は無視できる。
でも人目を引くのは下策なので、平民の富裕層向けの品にした。
祖母は喜色満面。
「ありがとう」手にするや、箱を開けた。
祖父が羨ましそうに隣を見ていた。
そんな祖父に声をかけた。
「お爺様にも有ります」
小さな壺酒の詰め合わせをテーブルに出した。
これも平民の富裕層向けの品。
それを見て微笑む祖父に説明した。
「国都で評判の薬用酒の詰め合わせです」
途端、顔を歪める祖父。
「苦いのか」
「店主の話では、癖になる苦さだそうです」
隣の祖母が嬉しそうに頷いた。
「長生きしてもらわなきゃね」
「まだ尻に敷くつもりか、もう勘弁してくれよ」
母が今か今かと待ち構えていた。
「母上にはこれです」
テーブルに化粧品の詰め合わせを出した。
母がお祖母様の物と見比べた。
外装が全く違うので、首を捻り、俺を見遣った。
だから俺は言った。
「化粧品なんて、どれがどうか分からないから、
違う店でも同じ様な物を買ってみたんだ」
「男の子だからそうよね」母が納得した。
最後なったのは父。
こちらも期待に満ち溢れていた。
「父上にはこれです」
錬金魔法で造った鋼製の長剣を取り出した。
これも短剣と同じ様に刀身から鞘、柄、鍔まで力を込めた逸品。
佐藤家の家長に相応しいものにした。
父は手にすると剣帯に下げて長剣を抜いた。
兄達と同じ様に軽く振り回し、切っ先を繁々と見た。
ふむふむと呟き、「これは鋼か」と問う。
「はい」
「兄達のもそうだろう」
「はい」
「この辺りでは鋼の剣は滅多にお目にかかれない。よく買えたな」
「国都では、ありふれてますからね」
父は俺をジッと見た。
「無理してないか」
俺は子供らしく頭を搔いた。
「薬草の採取をしてると、不思議な事に魔物によく遭遇するんです。
その度に討伐してるので、大人のパーティ並みに稼いでいます」
父の目が鋭くなった。
「遭遇じゃなく、誘い出しているんじゃないのか」
見透かされた。
だからと言って認める訳には行かない。
「違いますよ。
国都の周辺は魔物が溢れてるんです。
採取してると、よく魔物が現れるんです。
無茶な事は一つもしていません。
それに女の子達の守り役の大人がサポートしてくれています」
「守り役・・・」
「はい。
三人は元国軍の魔法使い。
一人は貴族の剣士です」
「・・・そうか」腕を組み、視線を上に向けた。
俺は言葉を重ねた。
「そうです、大丈夫です」
「ふむ、そうか。
女の子達に怪我をさせるんじゃないぞ」
「はい、危ない時は逃げます」
「よしよし、・・・それもだが、改めてお前に話がある」
その言葉で室内の空気が一変した。
隣の母が背筋を伸ばした。
祖父や祖母、二人の兄も姿勢を正した。
あらかじめ俺以外の、みんなは聞かされてる様子。




