(帰省)9
村の入り口に看板が立てられていた。
俺はアリスに説明した。
『ここから村に入るよ』
『はあー、立派な看板だこと』
『知られてない村だから、ここまでしないと分かってもらえないんだよ』
アリスが溜め息混じりで応じた。
『・・・田舎なのね』
確かに田舎だ。
でも恥ずかしいとは思わない。
『このまま街道を進むと三河大湿原という所に出る。
珍しい獣がいっぱいいて、アリスは楽しめると思うよ』
『珍しい獣って』
『見てのお楽しみ』
『魔物なら魔卵が取れるから楽しめるけど、獣じゃ無駄足でしょう』
『普通の獣じゃないよ。
あの辺りは魔素が濃いから、魔物が生まれ易いみたいなんだよ。
でも大きく育つ魔物はいない。どうしてだと思う』
『・・・もしかして、育つ前に獣に喰い殺されるの』食い付いてきた。
『当たり。
獣が魔物の幼体を餌にしてるんだよ。
迷わないんだったら、今から行ってきても良いよ』
『強い獣みたいね、面白そう。
でも後にする。
ダンの家族を検分してからにするわ』
検分ときた。
アリス、お前は何様だ。
看板の所で右に折れた。
すると道路が一新されていた。
道路幅が広げられ、しっかり踏み固められていた。
雑草一つ生えていない。
村でしっかり道普請を行っているのだろう。
少し進むと見慣れない建物が見えて来た。
煉瓦造りの広い平屋。
見た感じ、村の入り口の番屋か。
何やら違和感。
違和感の正体に気付いた。
他の村や町が外壁で守られているのに対し、
戸倉村だけは木の柵すらも設置していなかった。
一帯の魔素が少ないせいで魔物が生まれないからだ。
偶にだが、他所から魔物が流れて来る事もあるが、
村の外周を警戒している獣人達が駆逐しているので、
村そのものは至って平和。
なのに番屋。
この半年の間に何かがあったのだろうか。
番屋の前に立哨らしき人影。
俺は脳内モニターでズームアップした。
軽武装の兵士が二人。
一人は見覚えはないが、もう一人は知っていた。
村人だ。
俺が近付いても二人が警戒する様子はない。
村人の方が俺の顔を見て、嬉しそうに声を上げた。
「ダンタルニャン様ではありませんか、お帰りなさい」
声が聞こえたのだろう、番屋の中から数人が飛び出して来た。
軽武装をしているのが三人。
非武装の村人が一人。
顔見知りの子供が三人。
みんなが俺を歓迎してくれた。
俺は馬から降りて軽く会釈した。
「お久しぶりです。
ところで、番屋があるけど、何かあったの」
「最近、村を訪れる商人や旅人が増えたのに紛れて、
怪しい動きをする者がいるんですよ。
何かあっては遅いので、その対策として番屋が三つ建てられました。
ここと、漁村と、その間にある新しい集落、その三つに置かれて、
定期的に巡回もしています」
外から来る人が増えるのは良い事と思っていたが、
そう単純には喜べないようだ。
非武装の村人が俺が乗ってきた馬の手綱を受け取った。
「村長に放牧場で預かるように申しつけられています」
都合が良すぎる。
俺の日程から推測して待機していたのか。
疑問に子供三人のうちの一人が教えてくれた。
「カール様の読みですよ」
獣人の娘・ケイトが俺に微笑む。
その瞬間、風が吹き、帽子の飾りの極楽鳥の羽根が揺れた。
ケイトは俺より二つ上。
彼女の後ろには俺と同年齢のブレットとデニスがいた。
村人と馬が遠ざかるが、
俺は気にせずに足を止めて子供三人と相対した。
肩に袈裟懸けしているズタ袋を示して、頭を下げた。
「これをプレゼントしてくれて有り難う」
幼年学校に入学した際、
この三人が小遣いを出し合ってカールから買い上げ、
俺にプレゼントしてくれたズタ袋タイプのアイテムバッグ。
とても子供の小遣い程度では買い上げられる物ではないが、
相談されたカールが気遣って格安で譲ったそうだ。
気まずそうな表情の三人に俺は笑顔を向けた。
「半年前は色々と擦れ違いがあったけど、そこは忘れよう。
昔の事なんだから」
ケイトが代表して言う。
「本当にごめんね。
あの時はダンタルニャンが別人に見えたから」
魔物との遭遇戦が強烈だったのだろう。
「しかたないよ、俺もビックリだったから」
まあ、あの時の俺の戦い振りは大人も顔負けの域。
力を見せすぎた。
実家が見えて来たところで俺は三人を振り返った。
「そうそう、三人にもお土産がある」
ズタ袋から鞘付きのナイフ、三本を取り出してそれぞれに渡した。
受け取った三人は剣帯に下げると、さっそく抜いて繁々と検分した。
最初にケイトが首を傾げた。
「もしかして、これ鋼」
鉄のナイフよりも高価と言いたいのだろう。
「心配しないでいいよ。
カールから聞いているだろう。
冒険者に登録したって。
それで稼いで買ったんだ。
それに国都だから、尾張よりも安く買える」
実際は錬金魔法で造り出した物なので実費はゼロ。
そこは子供達、予想通り価格よりも冒険者話に食い付いてきた。
誰かが知らせたのだろう。
実家の前で兄二人が待ち構えていた。
六つ年上のトーマス。
五つ年上のカイル。
二人はダンとは違い十一才から領都の学校で学んでいた。
トーマスは今年から士官学校の一年生。
カイルは幼年学校の五年生。
半年ぶりではあるが、二人は身体が一回り大きくなっていた。
そんな身体で俺をハグする気満々なのが丸分かり。
弄ばれるのも弟の宿命と諦めていたら、門から黒い影が飛び出して来た。
ペットの犬・五郎だ。
甘えるような声を上げ、勢い良く俺に飛び掛かって来た。
半年前なら押し倒されていただろう。
でも今は熟れた身体強化がある。
即座にスキルを始動すれば万全の体勢で五郎を受け止められる。
・・・。
お約束のように五郎に押し倒されてみた。
すると五郎が嬉しそうに俺の顔を舐め回す。
・・・ベトベト。
兄達の笑い声が心地良い。




