(帰省)8
暢気な昼休みを終えると、アリスが真っ先にエビスで飛び立った。
『先に行くわよ』
俺はアリスが迷子にならぬように注意した。
『うちの村はずっと先を右に折れるからね』
『村の看板があるのよね』
『あるよ』
『わかった』
暢気過ぎたのか、徒歩の旅人達にまで追い越されていた。
後方に人影はない。
まあ良いか。
急ぐ旅ではないので、馬任せにした。
休養充分なのか、その馬がポカポカと快適に進む。
追い越して、追い越して、先頭のキャラバン隊を視認する位置まで来た。
これは計算外。
この辺りからは前世では三河地方の最西部になるのだが、
現世では尾張地方に編入されていた。
その原因は三河大湿原にあった。
大湿原が三河西部に出現した際に、
最西部の地域が三河東部と陸路海路ともに途絶し、
切り離された状態になった。
それからは紆余曲折、色々とあったが、
国の介入で便宜的に尾張に編入される事になった。
キャラバン隊が戸倉村へ向かうのを見て俺は嬉しくなった。
漁村の開拓が成功してからは、
それなりに外から人が来るようになったが、
こうして直に目にすると、何故か熱いものが込み上げてきた。
涙腺が弱くなったのだろうか。
今の俺の状態をアリスに見られたら苦笑いされるだろう。
そのアリスだが、エビスの外観が魔物であると自覚しているのか、
人目を避けるように高い所を飛行していた。
下から見ると点でしかない。
エビスに関心を持つ物がいた。
大型の鳥だ。
見慣れぬ飛行体を警戒し、観察するように周辺を飛ぶ。
位置を変えて上から、下から、右から、左から執拗に追尾した。
そして仲間が数羽くるや、態度を変えた。
威嚇を始めた。
纏わり付くように飛ぶ。
これに遊び感覚で仲間も加わった。
『キャー』
アリスの悲鳴が聞こえた。
『どうしたの』
『クソ鳥達が喧嘩を売ってきてるのよ』
俺は上を見上げ、脳内モニターでエビスをズームアップ。
五羽の大きな鳥が進行を邪魔するように絡んでいた。
いずれも頭が禿げていた。
翼を広げると4メートル近い大きさ。
三河大湿原に生息するミカワハゲワシだ。
それが翼でエビスを、はたき落とそうと試みていた。
これは滅多にないチャンス。
『エビスは回避行動を第一にするようにしてある。
それは機能しているかい』
『機能しているわよ。
接触される前にヒラリヒラリ躱してる。
でもね、私が我慢できないの。
何とかしなさい』
『羽根と足を折り畳んでごらん。
それだけで抵抗が減って速度が上がるよ』
羽根と足が見る間に折り畳まれ、ラクビーボールの形状になった。
全長60センチ、太い真ん中部分の直径は40センチ。
自然と速度が増した。
ススッと抜け出した。
慌てて追跡するミカワハゲワシの群。
でも追いつけない。
『逃げられるけど、私の気がすまないわ』好戦的なアリス。
『それなら下の森に誘い込んだらどうかな』
アリスはエビスの速度を落とした。
すると機が到来とばかりにミカワハゲワシの群が殺到した。
囲もうとする。
それより早くアリスは機首を下げた。
真下の森に逃げ込むように降下した。
ほどほどの速度を保っていたので、
ミカワハゲワシの群は遊び感覚で追跡して来た。
アリスはミカワハゲワシの群を引き付けながら、
手頃に茂っている枝を探した。
見つけた。
こんもりとした枝の下でエビスをホバリングさせ、
コクピットから滑り降りてカーゴドアから抜け出ると、
外殻に触れて停止、そして収納した。
アリスの反撃ターンになった。
まず身体強化スキルをかけた。
姿を顕わにし、それでもって怒りのままに飛翔した。
周辺を飛び回ってエビスを探していたミカワハゲワシの群が、
小さなアリスを見つけた。
鷲の目で何一つ見逃さない。
それでもエビスとの関連性を見出せないので、無視した。
アリスは勢いでミカワハゲワシの群の真ん中を突っ切り、
ついでにとばかり、一羽の片方の翼から羽根を一本、強引に抜き取った。
空中に響き渡る悲鳴。
仲間達から怒りの声が上がった。
「ギャーギャー」「ギャーギャー」
標的がアリスに切り替えられた。
追跡が開始された。
アリスは思い切り高度まで飛翔した。
群を大きく引き離し、雲の手前で振り返り、ホバリング。
こちらを見上げる五羽の戸惑いが手に取るように分かった。
力を計りかねているようだ。
アリスは彼等に考える暇を与えない。
直ちにウインドカッター、風弾を五発放った。
軌道は回避されるのを想定して横滑りするスライダー。
ダンタルニャンの得意技の一つを真似た。
ミカワハゲワシの群はここまで速度のある魔法攻撃は初めてだった。
撃たれたのは気付いたが、そこまでだった。
目が追い付かないのだ。
真っ二つにされて風弾の威力を味わった。
上空で五羽のミカワハゲワシが為す術もなく真っ二つにされた。
胴体が右と左に分かれて落ちて行く。
翼も無傷ではない。
羽根をバラバラに撒き散らした。
予想してない終わりを迎えた。
遙か下で観戦していた俺は唖然とした。
俺の後ろの旅人達から声が上がった。
「うわー、あれっ」
「えっ、あれは」
「空で鎌鼬にでもあったのかな」
「それにしても恐ろしいな」
彼等の目では小さな粒でしかない妖精は見つけられない。
だから鎌鼬と言う表現になったのだろう。
その妖精が姿を消して俺の肩に降りて来た。
『どうよ、どうよ』
『容赦がないな』
『当然よ、舐められたら終わりでしょう』
『相手はただの鳥だよ。
もうちょっと優しくしようよ』
『なに言ってるの。
エビスが傷付いたらどうするの。
私の可愛い可愛いエビスなのよ。
それよりもね、やっぱり攻撃手段が欲しいわね。
エビスからの攻撃方法を考えてよね』
『んー、難しい』
『考えてよね』
念押しされた。
アリスとしては決定なんだろう。




