(帰省)7
俺はアリスに注意した。
『最初は慣らし飛行だ。
ゆっくり飛んで動作を確かめてね』
『それじゃ面白くない』
『今のエビスは生まれたての赤ん坊。
赤ん坊はゆっくり大事に育てるものだよ』
『赤ん坊か、・・・そうね』
『その赤ん坊を本気で飛ばしたら壊れると思わないかい』
『分かった、気をつける』
『育てるのを任せたよ』
『任された』
アリスが珍しく俺の指示に従った。
第一段階は縦回転、横回転の繰り返し。
単純な動作だがアリスもエビスも問題なし。
第二段階は上昇と下降の繰り返し。
これも問題なし。
第三段階はナビゲーションの練習。
これに時間を喰った。
呑み込みが悪いのだ。
それでも何とか慣れてくれた。
よくぞここまで、短時間だが、文句一つ言わずに従ってくれたものだ。
そこでご褒美代わりに速度そのままの縛りで、自由に飛ばさせた。
『やったー』
『目が届かないからといって飛ばすなよ』
『エビスを壊す訳がないでしょう。
私に任せなさい、立派に育て上げるわ』
「エビスに疑似生命体の兆しがあります。
ただ不安定ではあります」脳内モニターに文字。
やったね。
駄目元で試した。
エビスの筐体の隅々にまで血管を真似た物を配管し、
魔卵の魔素が流れるようにした。
その影響しか考えられない。
一般的なゴーレムも疑似生命体と言われているが、
それとは明らかに違う仕様にした。
ゴーレムが術式にのみ従って動くのに対し、
エビスは術式に加えて経絡を魔素が流れている。
大気中の魔素濃度が一定でないのに対し、
魔卵に詰まってる魔素は高濃度。
これがどう作用し、どのように成長するのか楽しみだ。
アリスがご機嫌で戻って来た。
エビスを中空でホバリングさせ、飛び降りて、俺の額に空手チョップ。
『これ凄く良い』
初めて目にした時は不満で一杯だったが、すっかりの様変わり。
『ありがとう。
どこが良いんだい』
『何もかも。
コールビーよりも動きがスムーズよ。
ダン、良い仕事をしたわね』
『それじゃ最後の確認だけど、エビスを収納できるかい。
きちんと停止させてから収納するんだよ』
アリスはエビスの外殻に触れて停止させ、
妖精魔法で宙に浮かせたまま、亜空間の収納庫に入れた。
『私の持ち物にしていいのね』
『所有者に登録してるからね』
『そうか、ありがとう。
そうそう、攻撃機能は後付けなの』
『エビスには攻撃機能はつけない。
仮に後付けすると、術式が複雑になってメンテナンス回数も増える。
それよりはエビスで周囲を飛んで意識させ、適当な所で隠れて収納し、
アリスが攻撃すれば面白いと思わない。
相手の意表も突けるしね』
アリスは思案顔。
『・・・、それもありかもね。
当面はそれで行こう』
鳴海宿場は寂れていた。
東海道を下る者達は熱田から方向を転じ、
名古屋を経て脇街道から関東へ向かうので、
鳴海は閑古鳥が鳴いていた。
だからと言って部屋代は安くなかった。
過疎って宿屋が減ったせいで選択肢がなかったのだ。
なにしろたった一軒の宿屋。
厩舎有りで5000ドロン。
ここだけは混んでいた。
記帳していると宿屋の者に言われた。
「お客さん、このまま街道を下ると三河大湿原ですよ」
俺を心配してくれた。
「大丈夫ですよ。僕は手前の戸倉村に用事があるんです」
「ああ、戸倉村ですか、良かった」
東海道は三河大湿原の出現で途絶えていた。
陸路だけではない。
海路も途絶えていた。
大湿原出現時に渥美半島も巻き込まれて各所が断裂し、
大小様々な島々や岩礁に分かれた。
その影響で潮の流れも変わった。
それも悪い方へ。
暴れ動く大渦潮が無数に発生するようになり、
遠州灘の海路を難しいものにした。
木造船では大渦潮を乗り越えられないのだ。
そのせいで何百年も経たのに、
遠州灘を無事に抜けたという話は聞かない。
俺が夕食入浴を終えると、見計らったかのようにアリスが呟く。
『夜間飛行、夜間飛行』聞こえるように。
『んっ、・・・試す必要があるよね』
『いいの』
『夜目が利くまでは慎重にやるんだよ』
『分かった』喜び勇んで窓から飛び出した。
結局、アリスは朝帰りした。
『ごめん、面白くて時が経つのを忘れていたの』
初手から謝られた。
これでは怒れない。
もっとも、俺も放置して早々に寝た。
無責任ではない。
ナビに任せたのだ。
『エビスの調子は』
『絶好調、そろそろ本気で飛行したいな』
『生まれたてだよ、もう少し我慢しようよ』
『そう、そうだよね』
意外と朝立ちの者達が多かった。
特に目を惹いたのはキャラバン隊。
幌馬車四両、前後に騎乗の冒険者八騎。
彼等が東海道を下る者達の先頭になった。
たぶん彼等は三河大湿原には向かわない。
途中から知多半島へ南下する筈だ。
予想通り、途中からキャラバン隊は知多半島に向かった。
が、それは先頭の二両と四騎だけ。
残りは下り続けた。
他の旅人達も同様だった。
半数近くがこのまま東海道を下り続けた。
この先には戸倉村と三河大湿原しかない。
彼等がどこに向かうのか、気になってしょうがない。
昼も近いので、小川の側に馬を寄せた。
水辺で馬を遊ばせ、俺は昼飯にした。
昼飯と言っても、一から作る分けではない。
国都で買って置いた物を収納スペースから取り出すだけだ。
最初は馬用の飼い葉。
小さな梱包を取り出し、川原の雑草の上に中身をぶちまけた。
それに気付いた馬が目の色を変え、遊びを切り上げて走り寄って来た。
嬉しそうに頬張る。
俺用はそれよりは少ない。
お握り三個、干し肉少々、お茶、蜜柑二個と質素な物。
お握りを頬張る俺を見ながらアリスが言う。
『この辺りから魔素が薄いわね』
『そうだよ。
俺の村がある辺りは魔素が薄いんだ。
お陰で魔物が生まれ難い。
他から流れて来る魔物を退治するだけで事足りる』
『へぇー、良いところに生まれたわね。
・・・。
そろそろエビスで遊ぼうかな』
徹夜で遊んで飽きたかなと思っていたが、
逆に退屈な道中の方に飽きてきたらしい。
『迷子にならなければ構わないよ。
ただし優しく扱うこと、良いね』
と、黒い影。
斜め上から急降下して俺の昼飯を奪い、そして素早く急上昇した。
カラス。
太い嘴で蜜柑を銜えたまま、去って行く。
「きゃっはっはっは」
カラスを見送りながら、人の言葉で腹を抱えて笑うアリス。
子猫姿でころころ転げ回る。




