(帰省)6
翌朝、俺達は港に向かった。
俺、アリス、馬の組み合わせだ。
街中は大勢の人足が立ち働いていて活気があった。
これで熱田宿場廻りの廻船が増便になれば、より一層賑わうだろう。
ただ気懸かりは桑名宿場との関係。
港町としてのご同業だけに、難しいものになりはしないだろうか。
他人事ながら心配した。
俺は馬を曳いて廻船の前で足を止めた。
安心感を与える木組みの、しっかりした木造船だ。
傍らで人足達がテキパキと船積みを行っていた。
その反対側に集まっているのは乗船客だろう。
俺はそちらに歩み寄った。
廻船問屋の者を探し当て、宿屋から渡された木札を渡した。
馬込み料金支払い済みの木札だ。
それを確認した男は馬の手綱を預かった。
俺を尾張の商家のお坊ちゃまとでも勘違いしたのか、愛想が良い。
「荷積みが終わったら直ぐに出港します」
何の遅滞もなく出港すると、入れ違うように多数の漁船が戻って来た。
沖合は海の魔物が出没するので沿岸漁業に限定されているが、
大漁なのか、漁民達の顔色が良い。
こちらに手を振り、快く送り出してくれた。
俺は甲板で潮風を全身に受けた。
世俗にまみれた塵芥を洗い流してくれるようで、心地好い。
寄せる波が陽光を反射して眩しい。
点在する小島や岩礁をここまで間近に見るのは初めて。
目にするもの、耳にするもの、鼻にするもの、全てが初物なのだ。
昨日はアリスが心配で周りを見る余裕はなかったが、
今日は観光客気分。
うきうき。
船首で見張りをしている船員の仕事振りが面白い。
座礁せぬように身振り手振りで操舵手に合図しているのだ。
沖合に出れば魔物、沿岸だと座礁。
廻船問屋にとっては危ない仕事だが、その代わりに得る物も大きい。
沿岸で座礁さえしなければ蔵が建つ。
アリスに尋ねられた。
『さっきから鳥を見てるけど、もしかして私のあれ』
船に纏わり付くように、周辺を鳥が乱舞していた、
美しい飛翔だが、特に翼の動きは勉強になる。
はばたいて、風に乗って滑空する。
『そうだよ。あの動きを取り入れてみようと思ってね』
『私は極楽鳥を希望する、ねっ』
ねって言われても。
『あれは目立ち過ぎ、それに羽根目当てでよく狙われるよ』
『そうか、私みたいに美しすぎては駄目なのね。
だったら鷹とか鷲ではどうかしら』
『もっと目立たない鳥を選ぼうよ』
『えー、地味な鳥』
『例えば鴉とか』
そこらに普通にいる鳥なので目立たない。
闇夜の鴉は特に目立たない。
食用として狙われる事もない。
『カラス、それは嫌だわ。
もっと、何かないの』
『んっ、・・・。
鳥以外の飛ぶものとなると、蝶か蜂』
『取り敢えず何か造ってみて、それから考えましょう』
桑名宿場を見ないまま無事、熱田宿場に着いた。
俺は船疲れしている馬を休ませてから、鳴海宿場に向かった。
泊まる予定なので急ぐ必要はない。
途中、誰にも見られていないことを確認して、枝道に逸れた。
雑草が茂っていたが馬に乗っているので問題はない。
ザコ魔物が時折、姿を現すがアリスが始末してくれる。
そのまま進むと廃村跡に出た。
全体が蔦葛と竹で覆われているが、
隙間から傾いた建物らしき物が幾つか見えた。
かなり年月が経っているようだ。
俺は錬金魔法で辺りの雑草を魔素に変換し、更地にした。
ついでに浅い池を造り、魔水で満たした。
その池で馬を遊ばせると、アリスが姿を現した。
いつものように白い子猫姿に拘り、それで宙に浮く。
『飛ぶ物を決めたの』
『決めたよ』
『なに』
『コールビー』
蜂の種から枝分かれしたEランクの魔物。
『えー、あれか』残念そうな声。
アリスが苦手にしている奴だ。
『あれをちょっと改良してみるよ』
『格好良くね』
『当然だよ。
そこでアリスにお願いがあるんだ』
『何よ、言ってみなさい』
『魔卵が欲しいんだ。
拳くらいの小さい奴』
錬金魔法を再起動。
コールビーは頭部、胸部、腹部の三部位に分かれている。
それらを一体化、ラグビーボールの形状にした。
全長60センチ。
胴回りの太い部分は直径40センチ。
輸送機を真似て機首にコクピット、後尾に出入りするカーゴドア。
二対四枚羽根。
三対六本足。
材質はミスリルを混ぜたセラミック。
バランスを考慮しながら、竹細工で編むようにイメージした。
アリスから提供された魔卵の出番がきた。
チューンナップでそれをコクピットとカーゴドアの中間に据え付け、
魔卵を心臓として位置付けた。
そして動脈、毛細血管、静脈を真似た経絡を筐体全体に配管した。
魔卵と繋げて血液の代わりに流すのは魔素。
錬金術の書籍には記載されてないけど、試してみた。
効果は分からないけど、支障なく流れた。
筐体の色はコールビーを参考にしつつ、つや消しで仕上げた。
これなら目立たないだろう。
アリス専用なので妖精魔法で術式を書き上げた。
第一に重視すべきはMPの効率化と回復速度。
第二は回避。攻撃を感知したらまず一番に回避。
第三に筐体の強化。回避できぬ攻撃に備えた。
第四に地図作成機能を搭載し、ナビゲーションを付けた。
第五、魔卵と血管を認識させた。
第六、ようやく飛翔機能。
第七は、アリスから細々した注文が出るだろうから、それに対応し、
アリスでも術式への追加が出来るようにした。
完成品を見てアリスが絶句した。
『これ・・・』
『コールビーを進化させてみたんだけど』
『不気味・・・』
『魔力を通してみて』
アリスは渋々といった態度で触れた。
更に絶句した。
『えっ・・・』
術式が妖精魔法で仕上げられているので驚いていた。
『アンタ、妖精魔法を盗んだのね』
『人聞きの悪い。
ちょっとだけだよ。
所有者として認識させ、ついでに名付けも。
終わったらコーティング』
『わっ、分かったわ』
俺は驚いてるアリスに術式の仕様を説明した。
アリスはフムフムと頷いているばかり、質問はしてこない。
たぶん、五割も理解していないだろう。
しかたない。
前世の俺を見てる気がして、許した。
たとえ取り扱い説明書があったとしても、読むことすらなかった俺。
それでも試行錯誤の末、扱えるようになった。
なんとか成るものなんだよね、世の中って。
理解し難いが、アリスは堂々とした態度で後尾のカーゴドアを開けて、
中に乗り込んだ。
コクピットの座席に腰を下ろした。
『エビス、よろしく。
まるで生きてるみたいね。
息吹のようなものが感じられるわ』
名前はエビスにしたそうだ。
返事は返ってこないものの、素直に喜んでくれた。
今さらだが、MPに気付いたらしい。
『これ100もあるの。
ちっちゃいのに凄いわね』
『軽いから楽しく遊べると思う。
その前にナビケーションに慣れるのが先かもね』
『任せなさい』




