(帰省)3
それから先の街道は険しく、うねうねと曲がっていた。
馬の負担を考え、下りて一緒に歩くことにした。
角砂糖を三個を取り出し、馬の口に放り込んだ。
馬が頬をプルプルさせた。
探知スキルと鑑定スキルを連携させて街道を下った。
獣が多い。
魔物もいるが、こちらはザコばかり。
襲って来れば返り討ちにするだけ、問題はない。
盗賊団登場というアクシデントはあったが、
この調子なら次の坂下宿場は素通りでいいだろう。
アリスが猛スピードで戻って来た。
『お待たせ、私がいなくて寂しくなかった』
『静かで良かったよ』
『嘘ばっかり、寂しかったくせに』俺の髪を思い切り引っ張った。
痛い、禿げちゃう。
『はい、寂しかったです』
『最初から、そう素直に言えば良かったのに』髪を離し、肩に腰掛けた。
『どうだった、面白いものはあったのかい』
『あのでっかい木ね、あれ水膨れじゃなくて魔水を溜めてるみたいね』
『魔水を、どうして』
『それは私には分からないわ。木に聞いてみたら』
アリスが再び飛翔した。
右の森に飛び込んで行く。
『ザコ共が目障り』
『俺も行こうか』
『馬の面倒は誰が看るの』
俺は馬担当らしい。
探知スキルと鑑定スキルで様子を見守った。
アリスが森に屯していたザコ魔物の小さな群を狩り始めた。
力が有り余っているのか、妖精魔法ではなく腕力で殴り倒して行く。
逃げ惑うのは猪の種から枝分かれしたEクラスの魔物、パイア。
アリスは一匹も逃さない。
拳で痛打を与え、蹴り殺した。
ザコだったが土産もあった。
魔卵だ。
八個も手に入れた。
『私の物だからね』きっぱり言い切った。
結局、坂下宿場を過ぎ、関宿場も過ぎ、亀山宿場まで来てしまった。
俺が健脚という訳ではなく、坂下宿場の手前から、
馬が俺を乗せて快調に飛ばしたのだ。
ここでも厩舎のある宿屋にした。
二人部屋で5000ドロン。
予定の範囲内に収まった。
記帳していると宿屋のスタッフに注意された。
「川筋で戦が始まりそうです。
尾張に戻る際は気をつけて下さい」
この伊勢地方と尾張地方の境を三つの川が流れていた。
木曽川、長良川、揖斐川。
合流と分流を繰り返し、途中に沢山の輪中を生み出した。
これが争いの種になった。
領有権だ。
加えて水運業者への課税にも波及した。
苦心惨憺の末、決着がついても、洪水の度に河川の地形が変われば、
全て白紙に戻され、一からの話し合いになる。
そしてその度に前哨戦として軍勢が投入される。
多くは小競り合いで終わるが、水が原因だけに状況は水もの、
いつ大衝突に発展しても不思議ではない。
俺はスタッフに聞いた。
「回船も軍に借り上げられそうですか」
沿岸の港から港への輸送を担っているのが回船で、
それに乗って桑名宿場から熱田宿場へ渡るつもりでいた。
「川船は借り上げられるだろうけど、回船はどうですかね。
でも今回は尾張側がやる気満々だそうだから、様相が違うのかな」
意外なことを聞いた。
諍いの当事者は河川沿いに領地を持つ双方の貴族である。
その当事者は縁戚の貴族に加勢を要請するが、
事態が大掛かりになる事は嫌った。
費用を持つ当事者が赤字に転落するからだ。
その為に争いを最小限に食い止める努力をし、面子が立つまで戦って、
寄親伯爵に調停を依頼するのを常とした。
「尾張側がやる気満々なんですか。
勝っても領地は得られないのに」
貴族の面子を保つ為であれば小規模の戦闘は黙認されていた。
しかし乱世ではないので、
武力による領地の変更や増減は認められていない。
「領地ではなく、面子なんだそうです。
それで今回は尾張の若様が出張られるという噂です」
「若様、織田伯爵家のですか」
「はい、その若様です。
長年の争いに決着をつけると仰せだそうです」
双方の伯爵家は調停する側で、出兵する側ではない。
「若様がそうでも、伯爵様や執事が止めるでしょう」
「そうも行かないらしいですね。
織田伯爵家の庶子様を知ってますか。
魔物の群討伐で子爵に陞爵されたお方を。
その方の評価が上がっているので、若様がご機嫌斜めなんだそうです。
色々と考えたんでしょうね。
それが今回のご出陣になったそうです」
「そうなると今回は例年のような戦い方ではなくなる訳ですね」
「ええ、小競り合いでは終わらないでしょうね」
俺は疑問を感じた。
今年は台風がまだ来ていない。
当然、洪水も発生していない。
「けど、あれですね。
今年の洪水はまだでしょう。
開戦の口実はどうなっているのですか」
「そこに気がつきましたか。
子供だとは思っていましたけど、なかなかですね。
口実は水運業者への課税です。
尾張側にとっては甚だしく不公平であると口にされたそうです」
「難癖をつけた訳ですか」
「はっはっは、確かに難癖ですね」
俺はベッドで寝ながら考えた。
あの後も宿屋のスタッフとの会話が弾んだ。
話し好きなのか、ペラペラ喋ってくれた。
俺を子供と見てか、知らないことも丁寧に教えてくれた。
その宿屋のスタッフから聞き逃した事があった。
織田伯爵家の若様のことだ。
双方の寄親伯爵家が頭を付き合わせて調停したものを、
その一方の伯爵家の若様が否定していいのか。
調停した親の顔を潰す行為だ。
これがどうにも解せない。
若様が焦るほど庶子の子爵様の評価が上がっていることも解せない。
というのは、子爵様に陞爵されたのは五月のこと。
今は六月の夏休み。
これまで低評価であったものが一転して高評価になったのは良い。
それが短期間で伊勢地方にまで噂として流れて来ている。
ちょっと広がりすぎではないか。
解せない、解せない。
唐突にアリスに起こされた。
『いい加減に起きなよ』俺のお腹の上でジャンプしていた。
解せないまま寝入ってしまったらしい。
大人なら疑問で寝られなかっただろうが、俺は子供。
睡魔には勝てなかったようだ。
便利だ、子供スキル・・・。
これなら心身を壊す心配がない。
いつまでも子供心を持っていたい。
アリスに急かされて朝食を摂り、亀山宿場を立った。
庄野宿場から石薬師宿場、四日市宿場を経て、
伊勢の東の玄関口、桑名宿場に向かう予定でいた。




