(帰省)1
俺は東門を出て、少しした所で騎乗した。
華麗に騎乗したつもりが振り落とされてしまった。
転がる俺を見た馬がフンとばかりに、そっぽを向いた。
ケタケタと笑い声。
念話での笑いが脳内に響き渡った。
アリスしかいない。
探知スキルと鑑定スキルを連携させて起動した。
アリスの姿は視認できなくても、魔波で特定できる。
そちらを向いて念話を送った。
『お見送り、ありがとう』
アリスはダンジョンの妖精フロアをさらに拡張する為、
留守番をすると言っていた。
『はあ、なに言ってくれてんの。
それは昨日までの話。
今日は違うわよ。
一緒に行くわよ』
『えっ、なんでそうなる』
『天気は毎日違うでしょう。
それと同じ。
今日は一緒に行きたい気分なの。
文句あるの』
『ありません』
『よしよし。
ついでに教えてあげる。
アンタ、バリーの話を忘れてない』
そうだった。
甘く考えていた。
バリーに、この馬に乗る際は角砂糖を与えてくれと言われていた。
マジックバックから大きめの角砂糖を三つ取り出した。
すると気付いたのか、馬が俺を振り向いた。
口を大きく開けて催促する。
頬を撫でながら、三つ放り込む。
満足そうに口に含む馬。
噛み砕かない。
口内で溶けるのを楽しむようだ。
気を良くしたのか、馬は俺を拒否しなかった。
手綱にも素直に従ってくれた。
急ぐ必要もないので、ゆっくりのんびり旅。
お茶休憩やトイレ休憩を挟んで大津宿場に来た。
『ひゃー、広い湖』アリスが喜んでくれた。
『琵琶湖だよ。
ここで待ってるから、見てきてごらん』
『分かった。
待ってるのよ』
アリスが全速力で湖面を北上して行く。
姿は見えないが、湖面に立つ不自然な波でそれと分かる。
俺は念の為、探知スキルと鑑定スキルでアリスの魔波を追跡した。
これがあれば迷子になっても、俺の魔波を逆探知すれば戻れる筈だ。
流石はBランクのスピード。
あっと言う間に加速して湖の中間点に達した。
そこでホバリング。
『広いだけ、まあ、いいか』独り言が聞こえた。
引き返して来るのも速い。
力尽くの減速で、俺の肩に腰を下ろした。
『さあ、次行こう』
何の騒ぎもなく東海道を草津宿場から石部宿場へと進んだ。
途中で途絶える街道とは言え、行き交う人やキャラバンで賑やかだ。
巡回している領軍もよく見かけた。
魔物との不幸な遭遇がないのは彼等のお陰なのかも知れない。
夕方も近い。
俺はこの宿場に泊まることにした。
ここからが本当の一人旅の始まりだ。
全ての宿場町に冒険者ギルドがある訳ではないので、
事前に調べておいた宿屋に入った。
カウンターにスタッフの姿がない。
「すみません」呼び出した。
奥から大人の男が顔を出した。
宿屋の屋号の入った半纏を羽織っていた。
「はい、いらっしゃいませ」
「泊まりたいのですが、人間は僕一人で、乗って来た馬がいます」
「お子様お一人ですか」不審顔。
「国都の学校が夏休みに入ったので帰省します」
学校と帰省で表情が緩んだ。
「そういうことですか、安心しました。
大部屋はありません。四人部屋、二人部屋の二種類だけですよ」
大部屋は他人との雑魚寝になるので安い。
「一人なので二人部屋でお願いします」
「夕食と朝食、それにお風呂は」
「お願いします」
「厩舎込みで5000ドロン前払いになります」
たぶん、半分は馬だろう。
俺は中銀貨で支払った。
宿場町の朝は早い。
日の出と競争するように働き始める。
なによりも先に朝食の準備に取り掛かる。
早立ちのキャラバンが多いからだ。
慌ただしいので俺は彼等の後にした。
それでも早めに宿場を立つことが出来た。
馬も快調。
アリスも快調。
『田舎って落ち着くわねえ、空気がとっても美味しい』
ここから街道を下る者達が少なくなってきた。
その少ない中でも目に付くのは行商人達。
荷物を背負わずに小型の荷馬車の馭者席にいた。
荷物重視ではなく、機動性重視と思える。
おそらく魔物対策なのだろう。
俺のようなソロの旅人も多くはない。
どうやら、この辺りからは少なくなる傾向のようだ。
それはそうだろう。
日程的に鈴鹿峠があり、その峠の名物が盗賊に魔物なのだ。
幾つかのキャラバン隊が先行した。
その後に荷馬車の行商人達。
続けてその他の旅人達。
俺はその他。
騎乗なので行商人の荷馬車の後ろに付けた。
途中、行商人が一両、一両、荷馬車で枝道に逸れて行く。
枝道と言っても、道は平され、両側は見通しの良いように刈られていた。
防風林もあるが、ここも下の方は枝葉が完全に刈り取られていた。
これだと盗賊や魔物が隠れる場所がないので、行商人は当然、
先の村や集落の者達も安心して生活が出来る。
水口宿場から土山宿場へは何の問題もなく進めた。
時折、遠くに魔物の群を見つけたが、
彼等がこちらに向かって来ることはなかった。
まるでテリトリーが決まっているかのようだった。
難関の鈴鹿峠が迫って来た。
アレが遠目にも見えてきた。
噂のように辺りの嶺々には巨木が何本も、そそり立っていた。
その姿は前世のバオバブに似ていた。
違うのは大きさだけ。
一番大きいのは、遠目にだが、100メートルを超えてそう。
いや、超えてるだろう。
壮観の一言。
これ見たさに東海道を下ったのだ。
昨年暮れの国都入りが中山道からだったので、目にする事がなかった。
念願の巨木を一目見て満たされた。
機会があれば登山して幹の太さを測ってみたい。
まあ、それはいずれ、今回は拝むだけにしよう。
予想通り、アリスが食い付いてきた。
『あのお化けのような木はなんなのよ。
幹が太いだけのあれは』
返事も待たずに飛んで行く。
『幹の中には水が詰まってるみたいだよ』
バオバブと同じで、たぶん、水だろう。
できれば、酒が詰まっているとジョークで返したかった。
でも、それを聞いたアリスは確実に幹を叩き割る。
『へー、水膨れなのね』
自由な奴が羨ましい。
俺は脳内モニターの分割が可能な事から、アリス追跡用を立ち上げた。
アリスをマークしてEPを調整しながら、ゆるく広げていく。
この網の中に入れておけば迷子にはならないだろう。
少ないが、上り下りの旅人達がある程度の間隔で行き交っていた。
街道を上って来る者達に異常が見られないのは、
途中で盗賊や魔物に遭遇していないからだろう。
俺は拍子抜けしながらも街道を下ることにした。
実は期待していた。
出来れば魔物との遭遇を。
ここは国都ではないので存分に戦えると。
俺は馬を進めた。
緩やかな上り下りの連続だったので騎乗の旅を味わった。
山間部特有の風が吹き、前髪を揺らし、目鼻を擽る。
平地なら馬を本能のまま、駆けさせたい気分。
この上り下り、大人の体重だと馬にとっては酷使なのだろうが、
俺は子供なので軽い。
この程度なら問題ないだろう。
幾つ目かの坂を上がったところで、
反対側から上って来る騎馬に目を奪われた。
上り坂なのに騎乗のまま馬を急がせていた。
この調子でここまで来たのだろうか。
馬を潰すことを厭わないのだろうか。
近付くに従い、男の表情が窺えた。
下卑ていた。
生まれつきなのだろう。
嫌な感じしかしない。
上りきった男は馬を休ませようとはしない。
人目も気にせず鞭を入れ、先を急がせた。
俺は気になったので、探知スキルで追尾した。
男は手前にあった開拓地に飛び込んだ。
すると複数の緑の点滅が男の元にわらわらと集まって来た。
あそこは、ちらりと横目にした程度だが覚えていた。
魔物対策と思われる騎乗の兵複数に守られて、
二十数人ほどの農夫が鎌や鍬で雑草を刈り払っていた。
どう見ても、開拓している様子だった。
★★★☆☆☆★★★
お知らせです。
明日から入院手術に入ります。
性格が悪いので脳味噌を交換してきます。
退院は来週の予定です。
なので更新を一時停止します。
明日からお休みです。
申し訳ありませんが、退院まで少々お待ち下さい。




