(ダンジョンマスター)12
アルバート中川は近衛軍の中佐であると同時に子爵でもあった。
国軍近衛軍問わずに佐官尉官にある者は男爵位が与えられるが、
アルバートの場合は元々子爵家の家督を継いだ生粋の貴族。
確たる証拠はなくても、多少乱暴でもその言葉は重い。
ところが一人が立ち上がってアルバート中川に視線を向け、
落ち着いた口調で疑問を呈した。
「これはこれは、とんだ結論ですわね。
バイロン神崎子爵の断頭台送りで全て終わったと思っていました。
なのに、タグを持たない焼死体五十二人、
神埼子爵邸から姿を消した家臣陪臣五十二人、
数が合うからと言って犯人扱いですか」
女侯爵はゆっくり評定衆を見回した。
但馬地方の寄親伯爵から侯爵に陞爵され、
評定衆に名を連ねるクラリス吉川は、
一人ひとりを品定めするかのように見回すと鼻を鳴らした。
「フッ、証拠にはなり得ませんわね」
女侯爵ではあるが、手腕は伯爵時代に実証済み。
病死した夫の残した借財を返済したのみならず、屋敷の蔵を増やした。
その彼女があえて口出ししたのは、
神崎子爵家が但馬地方の寄子であるからだろう。
アルバート中川にとっては女侯爵の発言は想定内であった。
敵愾心を煽らぬように、諭すように返した。
「数だけではありません。
佐藤子爵家に恨みをもつ者は神崎子爵家だけなのです。
焼き討ちする程の恨みとは思えないですけどね。
・・・。
スラムに詳しい奉行所の応援を得て、
国都に残ったであろうと思われる家臣陪臣すべてを探させています。
虱潰しにね」
クラリス吉川が言う。
「神崎子爵家への仕置きは終わった筈です。
公開処刑の上に領地没収。
遺族や主立った家臣は領地から追放。
それで充分でしょう。
なのに佐藤子爵家への焼き討ちの責任追及ですか。
何を目論んでいるのですか」
「神崎子爵家に責任を被せようとは思っていません。
あくまでも焼き討ちの責任追及です。
全員が焼死したからと言って、それで終わりには出来ません。
身元を特定し、何があったのかを知らねばならないのです」
「神崎子爵家には実弟が残っています。
彼は今、領地を引き渡す立会人として実務に努めています。
彼も平民に落とされましたが、腐ることなく、お家を再興させようと考え、
誠心誠意の働きをしているのです。
お家再興を前にして、蛮行に及ぶとお考えですか」
アルバート中川は毛利侯爵派閥に批判されるのは覚悟していた。
公開処刑という処分を受けたが、神崎子爵家の血縁を考慮すれば、
元寄親として簡単に頷ける話ではない。
ここで抵抗しておかねば元寄親としての立場がない。
評定衆の会合内容は原則非公開になっているのだが、
翌日には市井に噂として流れているということが多い。
特に内容が捻じ曲げられている場合が多い事から、
反対派閥の仕業と分かるが、抗議のしようがない。
どこに抗議しようと、噂の一言で切り捨てられる。
それを想定してのクラリス吉川の批判なのだろう。
クラリス吉川を慮っていると、意外な所から矢が飛んできた。
「もしもだ、犯人が家臣陪臣の五十二人だったとして、
どう責任を取らせるつもりだね」
ロバート三好侯爵が口を開いた。
三好侯爵派閥の総帥が興味深そうにアルバート中川を見ていた。
「そうですね。
これまでは身分、財産を含めての処分でしたが、
肝心の佐藤子爵家が襲撃で壊滅しましたので、
これまでの処分では追い付かないと思います」
「君が処分を下す責任者ではないから、曖昧な返答も致し方ないか」
ロバート三好はアルバート中川から視線を国王の席に転じた。
そこにはブルーノ足利がいた。
評定衆の会合に臨席する義務はないが珍しく席を温め、
無関心そうにコーヒーを飲んでいた。
ロバート三好は苦笑いが抑え切れない。
国王にも届くように正対した。
「話を変えましょう。
襲撃側が神崎子爵家の家臣陪臣だと仮定します。
その彼等が主が討ち損なった相手を代わりに討ち取った。
これは蛮行なのでしょうか。
それとも亡くなった主に対しての忠義なのでしょうか。
どうお考えになります」
ブルーノは予期せぬ問い掛けに思わず咳き込み、コーヒーを吹いた。
テーブルを濡らし、盛大に咳き込む。
侍従がハンカチでブルーノの口元を拭う。
もう一人の侍従がコーヒーカップを片付け、テーブルを拭く。
さらにもう一人が濡れた上着を脱がせ、着替えを取りに走った。
余った一人は出遅れを恥じている様子。
ブルーノは侍従のハンカチを取り上げ、顔を拭く真似をした。
表情を読まれぬように顔全体をハンカチで覆い、
気持ちを落ち着けよう、落ち着けようとした。
そもそも今日は発言する予定ではなかった。
アルバート中川の発言にどういう反応が返ってきて、
どういう方向に議論が進展するのか、それを自ら確かめたかった。
落ち着いたところで全体を見回した。
ブルーノと同じ反応をした人間が半数近くいたようで、
彼等の供回りが甲斐甲斐しく主人の世話に走り回っていた。
それらを横目にブルーノは口を開いた。
「もう少しでロバートにコーヒーで殺されるところだった」と笑い、
「誰か死なぬコーヒーを持って来てくれ」お代わりを注文した。
出遅れを恥じていた侍従が返事より先に動いた。
ロバート三好の発言で場が一瞬、凍り付いた、が、
国王の表情が変わらぬので、みんな安堵したらしい。
次々にコーヒーやお茶のお代わりを注文して場が和む。
三好侯爵派閥の一人が何気なく言う。
「蛮行か、忠義かと聞かれますと、何と答えたらいいか悩みますな」
同じ派閥の一人が気軽に応じた。
「私なら忠義と答えますな」
毛利派閥の者が加わった。
「忠義で決着もありですな」
中間派が渋い顔で言う。
「タグを残していたら身元が判明したので忠義かも知れません。
けれどタグを残していないのでしょう。
後ろめたい気持ちが見え見えではありませんか。
これでは大義は主張できません。
完全に蛮行でしょう」
「たしかに蛮行とも言えますなあ」
議題が本筋から外れた。
神崎子爵家の家臣の忠義は神崎子爵家のみに向けられたもので、
その上にある国王にまで向けられないのは何故なのか。
その家臣の忠義は何故、神崎子爵止まりなのか。
家臣が神崎子爵当人に忠義を捧げたのはいいが、
何故、子爵家のお家再興まで考えていないのか、等々。
水が低きへ流れるように、人も易きに流れる。
焼き討ちの真相解明という小難しい問題よりも、
忠義か蛮行かの方が取っ付き易いようで、
みんな敢えて本筋を避け、こちらの議論に移行してきた。
夏休みに入ったので俺は帰省する事になった。
本当は冒険者パーティを優先したかったのだが、
実家から矢のような催促が来た。
無視できぬように母や祖母からの催促が多かった。
こちらの性格を読まれているようで気分が悪い。
でも反面、嬉しさもあった。
外郭東門でパーティの仲間達に見送られた。
「田舎へのお土産は忘れてないわよね」とキャロル。
「みんなが選んでくれたお土産はマジックバッグに収納しているよ」
「こちらに帰って来る時もお土産を忘れないでね」とマーリン。
「勿論だよ。名物の一つが塩だから、それで満杯にするよ」
「ひどい、それは却下。他のをお願いね」
「私達も乗馬の練習をするから、次は一緒に連れてってね」とモニカ。
「頑張ると尻が腫れるから、ほどほどにね」
「パーティは私が面倒見るから安心しなさい」とシェリルが胸を張った。
「頼んだよ、シェリル。君が頼りだ」
その他に大人達もいるのだが子供達の邪魔にならぬように、
微笑みながら遠巻きにしていた。
顔馴染みの冒険者ギルドの職員バリーのお勧めの馬は、
異様にでかい馬体をしていた。
門衛をも睥睨し、手綱を持つ俺を引いて行く。
荒い鼻息で、今にも噛み付きそう。
横転でもしようものなら俺は即、圧死だろう。




