(ダンジョンマスター)11
それでも金貨、金貨と惚けていた俺の頭をアリスが引っ叩いた。
『器用ねアンタは。
立ったまま夢を見るなんて。
しょうがないわね、人間は。
もうここはいいわ。次のフロアへ行くわよ』
『待って、待って。
この宝箱は誰が運ぶの』
『スライムよ。
あの子達はダンジョン限定で転移フリーなの。
コアの指示で宝箱を設置したり、魔物を召喚したり、
死んだ奴を廃棄したりとダンジョンで一番忙しいのよ。
優しくしてやってね』
スライム様々か・・・。
『分かった。
ところでダンジョンは何層まで出来たの』
『巫山戯ないでよ。
こんな短期間で出来る訳ないでしょう。
今は次のフロアの開発中よ』
『そうか、残念。
ああ、あれあれ、渡した魔卵はどうしたの』
『スライムの子達にねだられたから貰ったのよ。
渡したけど、何に使ったかは知らないわ』
アリスに怒られながらスライムフロアからコアフロアへ戻ると、
今度は反対側の岩壁の前に連行された。
ここでも同じだった。
壁の中の異なる魔力を感知して、そこの壁を通り抜けた。
不思議な光景が広がっていた。
伸びかけの雑草と疎らな低木に囲まれた泉。
泉から溢れた水が小川になり、奥の岩場へと流れ込む。
スライムフロアと同じくらいのスペースに庭園が造られていた。
その最奥の壁でスライム十数匹がもくもくと作業していた。
プルプル震えながら鈍い光を放っている様子は、たぶん錬金魔法。
さらに奥へ広げるつもりらしい。
もしかして、アリスがスライムを扱き使っている・・・。
岩場の陰から妖精二人が飛び出して来た。
遊び心目一杯に回転に回転を繰り返し、こちらに来た。
俺の目の前でホバリング。
二人に早口で語りかけられたが、妖精語なのでさっぱり分からない。
見かねたアリスが訳してくれた。
『感謝してるって』手短に、
感謝なんだそうだ。
俺はアリスに尋ねた。
『この二人はこれからどうするつもり』
『落ち着いたら里に戻ってもらうわ』
『分かった。
ところで、ここはどこまで広げるんだい』
『もうちょっとよ。
完璧な妖精フロアにするの』
『完璧な・・・妖精フロア。
・・・、俺のフロアは』
『コアフロアがあるでしょう。
不満ならこ・こ・に居候させてあげる』
軒を貸して母屋を取られた気分が分かった。
あー、虚しい。
『狭くても良いから魔法の練習ができるスペースが欲しいな』
『我が儘ね。
・・・分かった。
奥をもっと広げてそこの隅を貸してあげる』
お礼を言うべきなのだろうか、甚だ疑問・・・。
俺は雑草の茂る辺りを足で探った。
土が厚めに敷き詰められていた。
そこに俺は虚空の収納スペースから、
お荷物になっていた、悪党の荷馬車を取り出して置いた。
スラムの二つの組織が奪い合ったものだ。
いつか中身を整理しようと思っていた。
都合が良いので今日にした。
アリスも覚えていた。
『それ、まだ持ってたの』
『捨てようにも捨てにくいから、寝かせといた。
せっかくだから、ここで役立てるよ』
荷馬車に乗り込み、身体強化スキルと風魔法を連携させ、
荷台に積まれていた木箱を外に運び出した。
大小はあるが数にして二十箱。
蓋を外して中身を確認した。
前回も思ったが逸品ばかり。
盗品や強奪品がほとんど、国都での売買で足が付くのを警戒して、
地方で売ろうとしたのも頷ける。
それを虚空の収納スペースへ移し替えるつもりでいた。
その収納前に作業が控えていた。
一品ごとに鑑定、分析、分解して魔素に変換、
得られたデーターを収集して蓄積、そして最後に復元。
面倒臭いが今後を考えるとデータを蓄積し、
元となる素材を分類するのは必要な措置。
幸いレベルが上がって魔女魔法に一元化された。
そこで一連の作業をイメージでオートマチック化した。
これで短時間で済む。
古美術品から毛皮、反物、壺、陶器、武器、防具、古文書等々。
品数が多いから、とても今日一日で終わるとは思えない。
あっ忘れてた。
妖精救出の際に伯爵邸から奪った逸品もある。
それを加えたら・・・。
無理、無理。
一日や二日、三日では終わらない。
面倒臭い。
どうしよう。
子供がブラックする必要ないよね。
明日の授業もあるし・・・。
取り敢えず手近な箱から。
様子を見守っていたアリスが呆れたように言う。
『人間は凝るとは聞いてたけど、ここまでとはねえ。
頑張って。
私は邪魔そうだから向こうへ行くわ』
奥で錬金しているスライム達の方へ逃げて行った。
六月の半ば。
夏休みが迫っていた。
七月の半ばまでの一月が休みだ。
学校は元より、官公庁も休みに入る。
夏休みを目前にして、国王を支える評定が紛糾していた。
問題は先月、焼き討ちされたエリオス佐藤子爵家にあった。
外郭北区画の貴族街にあった子爵邸が不逞の輩に襲撃され、
屋敷にいた全員が斬り殺されるか、焼き殺されるかした一件だ。
子爵家の家族全員が亡くなった。
執事等の家臣も亡くなった。
助かったのは当時、所用で外に出ていた者達だけ。
その為に襲撃当初の様子や、襲われる心当たりも不明のまま。
なにしろ襲撃側も全員が死亡していた。
駆け付けた国軍や奉行所に捕らえられる事を潔しとはせず、
全員が火が廻っている屋敷に飛び込んだのだ。
大勢を動員したものの捜査は難航していた。
かと言って、このままにはしておけない。
国王の威信がかかっていた。
評定衆は侯爵のみで構成されていた。
地方を治めるのが伯爵であるのに対し、
侯爵は伯爵として功績を上げた者に与えられる爵位。
侯爵に陞爵されると、
それまで治めていた地方と爵位を任意の者に譲渡し、
与えられた国都の屋敷に移り住み、国政に関与するのを習わしとした。
勿論、領地と切り離された代わりに年俸が支払われた。
それもかなりの金額が。
その侯爵に陞爵された者達が登り詰めた先の一つが評定衆。
内政や外交から軍事、人事にまで関与できた。
紛糾は国王の指名で参考人として出席した近衛士官にあった。
彼は焼き討ちの原因を佐藤子爵と神崎子爵の一件にあるとしたのだ。
過日、王宮区画でバイロン神崎子爵がエリオス佐藤子爵に斬り掛かり、
佐藤子爵に重体となる刀傷を与えた。
結果、神崎子爵は拘束されて公開処刑、断頭台に送られた。
それにあると明言した。
「現在、神崎子爵の屋敷は人っ子一人いません。
空き家です。
子爵の遺族は遺品整理の為に領地に戻っています。
その際、領地出身の者の多くが遺族と共にしています。
国都で雇われた者達は全員が解雇されました。
それでもある程度の数の家臣が屋敷に残りました。
それも確認しています。
屋敷の表は無論、裏も見張らせましたが、
以後、何の不審な動きもないので上からの指示で見張りを解きました」
アルバート中川中佐は一息入れ、
「それでも定期的に様子見は続けておりました。
家臣が西区や東区のスラムに出入りしている姿も確認済みです。
娼館やカジノを訪れたとの報告があがっています。
こちらの目がない所で北区のスラムを訪れていても、
何ら不思議ではありません。
ついでに北区の貴族街を下見していても、です」
アルバート中川中佐はみんなを見回し、
「子爵邸の焼け跡から見つかった遺体の確認が終わりました。
首のタグが役立ちました。
タグ持ちは全員が子爵邸の者です。
当然ですが、タグを持たない者達もいました。
それなりの理由があるとは思いますが、滅多にはない事です。
たぶん、意図的に身元を隠す為でしょう。
・・・。
タグを持たない者の数は五十二名。
神崎子爵邸に残った家臣の数と同じです。
旗本と陪臣合わせて五十二名。
・・・。
我々は神崎子爵遺臣の犯行と断定しました」言い切った。




