(ダンジョンマスター)9
俺の頭の中をアリスの言葉がころころ転がって行く。
ころころ、ころころ。
立派な悪党・・・。
さっぱり理解できない。
ころころ、ころころ。
立派な悪党・・・。
どうしてそうなる。
『立派な悪党って何するの』俺は聞いてみた。
『ダン、頭が固いわよ』
『アリスにだけは言われたくないな』
『何よそれ。
でも、いいわ、許してあげる。
・・・。
奴隷って事は私が二人に飯も住まいも提供するんでしょう』
『まあ、そうなるかな』
『い・や・よ、あんな不細工なの。
奴隷から解放して、自分の食い扶持は自分で稼いでもらうの』
『アリスが解放すると言うのなら構わない。
好きにしたら良いと思う。
でもあの二人を許せるのかい』
アリスが悪い笑顔。
『許さない。
しっかり働いてもらうわ。
悪党仕事のかたわら、妖精売買の情報を集めてもらうのよ』
脳筋なのに、転んでもただでは起きない奴。
抜け目がない。
いや、狡賢いのか。
俺とも出会いもそうだった。
最低の出会いを切っ掛けに、眷属になってランクとレベルを上げた。
妖精の類は長寿命と言われている。
だから俺が死ねばアリスは眷属から解き放たれ自由になる。
なんだかなー。
暗くなって来たので入り口と天井に光魔法で小さな灯りを点し、
サンチョとクラークを誘導した。
目の前に立った二人は逃走疲れか、草臥れていた。
それでも忠実な奴隷として俺達の前に全身を晒した。
俺のフードの上にアリスが白猫姿で乗っかっているのだが、
二人の顔色に変化はない。
空き倉庫で半殺しになった事を忘れているのか。
それとも感情より奴隷としての忠誠心が優先されるのか。
まぁー、いいか。
他人事だし。
契約魔法を発動した。
ランクもレベルも上がっているので造作もない。
【奴隷の首輪】に向けて契約解除とイメージするだけで事足りた。
二人の首輪がポンポンと外れて落ちた。
足下に転がる首輪を二人は不思議そうに眺めた。
理解できないらしい。
二人は頭を上げた。
互いに顔を見合わせ、それからもう一度俺達を見た。
置かれた状況に気付いたのだろう。
激しく動揺し、身体を仰け反らせた。
動揺が収まると二歩、三歩と後退り。
そこに闖入者。
入り口の灯りに誘われたようだから、蛾か蚊だ。
荒くれらしき三人が現れた。
それぞれが腰に短剣を提げていた。
「おいおい、ここは俺達の縄張りだ。
勝手に入るんじゃねぇ」一人が声を張り上げた。
「金目の物を置いて行け」もう一人。
ブンブン煩い蚊だった。
即座にアリスが妖精魔法を放った。
ウィンドボール、風弾三発。
付近にいるであろう奉行所の者達に気付かれぬように、
威力は抑えていた。
それでも十分だった。
三発とも床を這うようにして走り、真下から顎を直撃した。
鋭い軌道のアッパーカット。
三人仲良く吹っ飛んだ。
これで暫くは目を覚まさないだろう・・・とは思うものの、
そろって床に頭から落ちていた。
たぶん、一人くらいは死んだかな。
『これでも手加減したのよ』アリスが不満げに言う。
『良い判断だったよ。
それに軌道も良かった』
『当然よ、私だもの』
『さあ、後は任せるよ』
サンチョとクラークは倒された三人の様子を窺っていた。
そこにアリスが声をかけた。
人間の言葉で脅す。
「アンタ達もあれを喰らってみたい」
二人は慌てて頭を横にブンブン振った。
「奴隷にされた経緯は分かるわよね」アリスが問う。
頷く二人を見てアリスが続けた。
「奴隷から解放した私に感謝しなさい」
顔を見合わせる二人。
何やら言いたそうだが、口を噤んで頷いた。
「アンタ達は手配されてるから国都からは出られないわよ。
分かるわよね。
そこでアンタ達、スラムに潜みなさい。
スラムなら隠れ場所には困らないでしょう。
スラムに根を張って立派な悪党になるのよ。
そして妖精売買の情報を掴むの。
いいわね」
困惑する二人。
それを横目に俺は打ち合わせ通り、
虚空から金貨を入れた袋二つを取り出し、二人の足下に投げた。
初期の武器として用意していた長剣も二振り、足下に投げた。
アリスが煌びやかな光を発し、変身を解いた。
現れたのは三対六枚羽根の妖精、本来の姿。
さらに宙で一回転して、再び煌びやかな光を発して姿を消した。
こうなると低ランクの者には見えない。
「私はいつでも傍に忍び寄れる。いつでもどこでもよ。」脅して、
「さあ、行きなさい。
しっかり立派な悪党になるのよ。
私の方から探し出すから、なんの心配も要らないわ」送り出した。
二人は重い足取りで夜のスラムに消えた。
見送りながらアリスが俺に尋ねた。
『魔波で居場所は特定できるのよね』
『お任せを』
ランクは変わらないがレベルアップのお陰で、
脳内モニターを最大八分割できるようになった。
その一つを監視対象専従にした。
探知スキルを長時間発動していれば、
誰かに察知されるかも知れない。
その対策として朝昼晩の三回、短時間だけオンして居場所を確認、
直ぐにオフすれば問題ないだろう。
そういう設定にした。
遅い時間なのでアリスと別れた。
『今日はここまでだね』
『そうね、ご苦労さん』相変わらずの上から目線の物言い。
『みんなは元気そうかい』
『ダンジョンを気に入っているわ。
私の造り方が良かったみたい』得意気な声。
『それじゃ、明日見学しようかな』
『明日じゃなくて、休みの日にゆっくり見学したらどう』
『それは無理。
休みの日はパーティの活動日だよ』
『アンタは女の子達に甘いわね』
『ごめん、アリスを含めて煩い女子供には逆らえないんだよ』
『私がなんだって』言葉尻に脅しが入っていた。
『なんでもありません』
『聞かなかった事にしてあげる』
翌日の午後、授業が終わって部屋に戻ると、
アリスがニコニコ顔で待っていた。
『面白い物を造って持って来たわ』
収納庫からダンジョンコアに似た物を取り出した。
大人の拳サイズ、ダンジョンコアミニと言っても差し支えないだろう。
『これは』
『ダンジョンコアが親なら、これは子供よ。
向こうと繋げているの。
これを発動すれば、向こうがこちらを認識して転移を許可するの。
互いが認識して許可すれば、行き来が出来る便利もの。
どうかしら』羽根をパタパタさせて得意顔。
鑑定スキルを始動して子供コアに施された術式を分析した。
読み取りに手間取ったが、親コアの術式に則ったもので、
問題点は全く見出せなかった。
使用管理をダンジョンマスターと次席に限定し、
その一人が連れた同行者も許可するとした点は褒めてあげたい。
『手直しする所がない。
最高の仕上がりだね』
褒めたせいか、アリスが胸を大きく張った。
『でしょう、でしょう。
やれば出来る子なのよ私。
これの名前は幼年学校君。
覚え易いでしょう』得意顔。
ど真ん中のストレート、確かに覚え易い。
俺は錬金魔法を始動した。
天井を一部を凹ませ、そこに幼年学校君を嵌め込んだ。
仕上げは隠蔽の術式。
幼年学校君がオフの時は結界で隠すようにした。




