(ギター)2
俺は脳内モニターの出力を上げた。
ズームアップ。
山の中腹で点滅している紫色の正体を見極めようとした。
夜ではあるが、満点の星明かりの助けがあった。
捉えるのは容易だろう、と思った。
ところが山中の木々が邪魔をした。
樹木が生い茂っていて肝心のものは映らなかった。
俺は今すぐにでも駆け付けたかった。
点滅するものの正体を見極めたかった。
人でなければ獣でもない。
さりとて魔物でもなし。
未知のもの・・・。
生憎、俺は子供でここは三階。
扶養されている身なので自由には動けない。
昼間なら我が儘一杯に振る舞っても謝れば許して貰えるだろう。
でも今は皆が寝静まった真夜中。
露見する事態には発展せぬだろうが、俺が飛び出した事に気付けば、
村を挙げての捜索になるはずだ。
それだけはお子様として避けねばならぬだろう。
この世界の生命は様々であった。
人、獣、魔物、そして植物、それらに寄生する物・・・、
目に見えぬ微少な存在、精霊の類・・・、魔王等々。
誕生の仕方も同様に様々であった。
大方は雄雌による交配だが、それだけではなかった。
ソレは雄も雌もいない時空の歪みで誕生し、そのまま産み落とされた。
文字通り空から地上に落とされた。
生命の一つであり、器。
その器を人に喩えれば、ただの赤ん坊。
器にエネルギーは満たされていなかった。
ソレは地上で魔素を吸収し、満々にたたえてこそ、
その実力を遺憾なく発揮する存在。
運がない、と言うか、場所が悪かった。
ソレは魔素が少ない地に産み落とされてしまった。
魔素を求めて移動しようにも、肝心のエネルギーが少ない。
無駄には動けない。
残された手段は魔物が通り掛かるのを、じっと待って、
憑依して魔素の多い地域に移動するしか道はない。
それが魔卵持ちの魔物であれば最高であろう。
俺は戸倉村塾での座学を終えると、守り役のケイトの目を盗んで、
昼食もそこそこに教室を飛び出した。
紫色の正体が分からないから彼女は巻き込めない。
目的地を悟られぬように建物の裏手を回って、反対方向に向かった。
少し離れて人目がないのを確認してから方向転換した。
橋を渡った。
北の集落のさらに北、石切場の先を目指した。
木曽種の魔物ヘルハウンドと遭遇した山だ。
あれからも何度かヘルハウンドが現れたが、
その度に巡廻中の獣人が見つけて狩っていたので、
大事には至ってはいない。
麓で一端、足を止めた。
五感を解放した。
脳内モニターをオン、気配察知機能と地図機能を連携させ、俯瞰図。
紫色の点滅を見つけるのは容易だった。
誤差はあるだろうが、さほど大きく移動していないようだ。
当初に比べて光量が減少しているので心配した。
怪我でもしているのか・・・。
向かう途中で黄色の点滅を確認した。
魔物。
少し離れた右方に現れた。
三体。
中腹をゆっくり左方に向かっていた。
このままだと紫色の点滅と遭遇する。
考えるより先に足が動いた。
両者の中間点に向かった。
腰には短剣があった。
祖父や父に鍛えられて扱いには、とりあえず慣れてきた。
表向きには、だ。
誰にも見られていない所では、切る瞬間、突く瞬間、念力を付加した。
恐ろしいくらいに威力があった。
拳大の立木なら一振りで切り倒せた。
山中で遭遇した猪を真正面から迎え撃ち、
突きの一撃で頭蓋骨に穴を開けた事もあった。
人に知られてはならないので、死骸は放置した。
それに腰には、もう一つ。
小さな革袋を下げていた。
礫用の小石を入れていた。
ピンポン球サイズで五個。
何時でも投げられるように三個を取り出し、先を急いだ。
三匹の魔物を見つけた。
この近辺では偶に見掛けるEクラスの魔物、パイア。
猪の種から枝分かれした魔物だ。
四つ足で短身。立ち上がっても一メートルを越えるくらい。
小さいが、それでも侮れない。
常に複数で行動し、狙った獲物を執拗に付け回し、隙を見て襲う。
武器は牙。戦法は突撃。
猪突猛進で低い姿勢のまま襲い掛かる。
牙で一撃し、そのまま獲物を組み敷き、
絶命するまで徹底的に牙で突きまくる。
獲物を探しているようで、鼻をクンクンさせていた。
幸い俺にも紫色の点滅にも気付いていない。
こちらが風下。先手を取ることにした。
俺の腕では三匹纏めて仕留めるのは無理だが、追い払うことは出来る。
木陰に身を隠し、三匹をズームアップ。
礫打ち。
的は鼻。
力まない。
体幹と肘を意識し、腕と手首を軽く振る。
指先から放つ際、念力で重量をしっかりと付加。
スムーズに三投。
ことごとく命中させた。
三匹は悲鳴を上げ、それぞれ前足で鼻を庇い、地面を転げ回った。
こちらの存在に気付いていない。
俺は革袋から残りの二個を取り出した。
手前の奴の尻を狙い、当てた。
奴が飛び上がるようにして悲鳴を上げた。
それが功を奏した。
残り二匹も不安に駆られたのだろう。
左右を不安げに見、仲間を見た。
それからが早かった。
一匹が走り出すと、残りが従った。
一目散に逃げて行く。