(ダンジョンマスター)7
さて三日目だ。
最後の相手は北区画の侯爵家。
貴族の最上位は公爵だが、これは国王の兄弟のみに与えられるもの。
臣籍降下する際に与えられる一代限りの爵位。
それに伴い領地の代わりに年俸が支払われる。
その年俸も一代限りなのだが、二代目となる嫡男には、
代替わり時に年俸の代わりに子爵位と領地が与えられる。
そういう実情から侯爵が貴族の最上位とも言えた。
アリスは俺の授業が終わるのを待てないのか、授業中にも関わらず、
盛んに念話で語り掛けて来て五月蠅い、五月蠅い。
『まだなの、まだなの』
『お昼を食べてからだよ』
『それじゃ、早く食べちゃいなさい』
『静かに待ってなよ』
楽しみにしてるのか、面倒なので早く片付けたいのか、分からない。
授業が終わるや否や、アリスに引っ張られ、北区画に向かわされた。
フードの中でも五月蠅い、五月蠅い。
誰か耳栓ください。
夕方にはまだ早いので焼き討ちされた子爵邸を見る事にした。
エリオス佐藤子爵。
姓は同じだが実家の佐藤家とは関係がない。
先祖は同じジョナサン佐藤らしいのだが怪しいもの。
たとえ家系図で示されても素直には頷けない。
改竄された家系図が多い世の中なので証明にはならないのだ。
子爵邸は無残な有様だった。
ほとんどの建物が崩れ落ちていた。
その現場には様々な者達がいた。
奉行所のお偉いさんの一行。
国軍のお偉いさんの一行。
管轄違いの近衛軍のお偉いさんの一行。
さらには急遽呼び集められたと思われる、
てんでバラバラな服装の人足達。
お偉いさん達が人足達に指示をして、
焼け跡を片付けさせながら遺体の収容を行っていた。
瓦礫は積み上げられて山にされ、
遺体は焼け残った芝生の上に丁寧に並べられた。
よく見ると子爵家の関係者らしい者達が立ち会っていた。
口に布を当てながら、遺体を一つ一つ、涙ながら改めていた。
俺は目を背けた。
お子様が目にして良いものではない。
『行こう』アリスに声掛けた。
侯爵邸を確認する事にした。
それは子爵邸とは比べものにならない段違いの広さ。
伯爵邸と比べても、ぐんと広い。
壁越しに見える建物の数も多い。
本館が四階建てで別館が三階建て。
外壁沿いを歩くだけで、権勢のほどが窺われた。
探知スキルと鑑定スキルを連携させて3D表示にした。
使用人は多いが伯爵邸のような怪しい動きはない。
アリスが言う。
『敷地にある馬場の傍の大きな平屋がそうよ』
『平屋か、前の二件とは随分違うな』
『同じ趣味でも妖精を飼う環境は人それぞれみたいね。
そうそう、忘れてた。
昨日の待ち伏せだけど、ザッカリーの裏切りとは考えられない』
『ないな。
ザッカリーはしっかり脅しておいた。
昨日のは伯爵の耳が良かっただけだろう』
待ちに待った夕方になった。
光学迷彩スキルを始動した。
探知スキルと鑑定スキルの連携。
ついでに小細工の術式を二つ三つ施した。
最後に身体強化スキルと風魔法の連携で駆け出した。
誰に気付かれる事もなく侯爵邸の外壁を跳び越えた。
敷地にソッと着地した。
そこで違和感。
人がいない。
誰も外に出ていない。
立ち働く使用人も巡回する兵士も見受けられない。
3D表示によると全員が屋内にいた。
訳が分からない。
侯爵邸の事情なのか。
3D表示で目的の平屋に三人いる事を確認した。
妖精の魔波も確認した。
どうやら待ち構えている気配。
誰が盗み見ているか知れないので、
人目に付かぬ物陰で光学迷彩を解いた。
その場で待ち構えている三人を鑑定した。
侯爵当人、護衛の騎士二人。
侯爵はCランクの鑑定スキル持ち。
騎士は一人がBランク、一人がCランク。
アリスの方がランクもレベルも高いので見つかる心配はない。
先行させた。
視線は感じない。
物陰から足を踏み出して平屋に歩み寄った。
アリスから報告が来た。
『何か変な感じ。
妖精が姿を露にして平屋の中を飛び回っているわ』
平屋の表ドアは大きく開けられていた。
俺達が来るのを承知で開け放っている様子。
招きに応えて入り、ゆっくり辺りを見回した。
奥には鉄格子ではなくて木製の大きなジャングルジムが組まれていた。
妖精を探した。
すると呆れた事にジャングルジムを潜り抜けて遊んでいた。
二対四枚羽根でDランク。
アリスは姿を消したまま天井付近をホバリングして、
暢気にそれを眺めていた。
それに二対四枚羽根は気付いているのか、いないのか。
俺は向きを変えた。
若いのが椅子に腰掛け、左右に騎士を従えていた。
「ようこそ。
君が妖精を助け出しているのかな。
それとも奪っているのかな」若い侯爵に問い掛けられた。
「俺はただの助っ人。
仲間の妖精が助けるのを手伝ってるだけだ」
「そうか、すると仲間はここに入っているんだね」
「そう、しっかり入っている。
ランクの高い妖精だから君達には見えないと思うが、
俺を攻撃すれば妖精魔法で蹴散らしてくれる。
試してみるかい」
「いや、遠慮するよ」
侯爵がフードの奥の顔を見定めようとした。
生憎、事前に強力な術式をフードに施しておいた。
フードが剥がれない、捲れない、外からの視線を跳ね返す。
功を奏したのか、侯爵が表情を歪めた。
負けず嫌いなのか、次に鑑定スキルを発動した。
これも無駄。
対処済み。
屋敷に侵入する段階でステータスの前に扉を置き、鍵をした。
ランク・レベル共に下位の者に破れる筈がない。
侯爵が盛大な溜息をついた。
「はあー、適わないか」負けを認めた。
俺は侯爵に話しかけた。
「ここの状態を説明してくれないか」
「伯爵のような待ち伏せがない理由かな」
「そう、派手な歓迎がないから拍子抜けだよ」
「ふっふ、言うねえ。
そういうのは好きだよ。
・・・。
当家の妖精はティナと言う。
ティナは闇の奴隷商人から買い上げた。
買い上げたのは先代、私の父だ。
けっして趣味で買い上げた訳じゃないよ。
ティナが死にそうなくらい弱っていて気の毒だったからだよ。
それで買い取って治療した。
家臣の治癒魔法で何度も何度も治癒したそうだ。
その甲斐あって元気になった。
元気になったから解放しようとしたんだけど、
どういう訳か父に懐いてね、ここに居ついてしまった」
困った。
アリスも同様らしい。
沈黙していた。
当人のティナが俺の傍に来た。
軽やかなホバリング。
「助けに来てもらって言うのもアレだけど、このまま帰ってよ」
人間の言葉ではっきり言われた。
「流暢に喋るね。
もしかして先代に教わったのかな」
「そうよ、本も読めるし字も書ける」胸を張った。
そこに侯爵が割って入った。
「私としては妖精は妖精の里で暮らした方が良いと思う。
よかったら説得して連れ帰ってくれないか」
するとティナが拒否した。
「嫌よ、ここにずっと住むもの」
「この小さな世界で満足なのかい。
敷地の外には出られないんだよ。
妖精の里なら木があって、川があって、緑豊かなんだろう。
それに仲間も大勢いる」侯爵が優しく諭した。
「嫌ったら嫌よ」断固拒否し、侯爵の胸元に掴みかかった。
侯爵は振り払わない。
困ってはいるものの、妹でも見るかのような眼差し。
アリスが姿を露にした。
ティナの傍にスッと飛んで行く。
警戒する騎士を侯爵が手で制した。
アリスはティナの頭を撫でた。
「仕方ないわね。
好きにしなさい。
私の名前はアリス。
困ったら私を探しなさい。
当分、国都にいるから。
分かったわね」人間の言葉で明確に約束し、
「ティナを頼みます」侯爵に軽く会釈した。
聞いていたティナがアリスに抱きついた。
「良いの、良いのね」
「しかたないでしょう。
迷惑だけは掛けないようにしなさい」




