(ギター)1
魔物の大移動という問題についての話し合いが真剣に続けられた。
集まっている者達が何代も続く武家であることから、
それぞれが自家の蔵に保管されている古文書の類を読んでいた。
個人的に疑義を抱いていても、
文字として残っているので敢えて無視する者はいなかった。
各家の情報が長テーブルに乗せられ、吟味された。
記録されている大移動は四回。
間隔はおおよそだが三百年から五百年。
直近のは三百六十六年前。
方向は古くから三河、美濃、飛騨、直近は信濃。
越前の地名がなかった。
すると誰かが、「次は越前か」と単純に口にすると、
別の者が、「相手は魔物、期待するな」と釘を刺した。
こちらは喜んで良かった。数だ。
木曽から大移動で出た数は千単位で万がなかった。
「万を超えてなくて安心した」
「大樹海と呼ばれるだけにヘルハウンドより強い魔物が沢山いる。
一つの種が万を超えれば、それらにとっても脅威になる。
野性の勘で事前に喰い殺しているのだろう」
「もしかすると大移動は、他の種から喰い殺されるのを防ぐ為かもな」
「所詮、単体ではDランク。群で連携してもCランク。
上位クラスには敵わないか」
「真相がしわ寄せの大移動とはな。我等にとっては大迷惑だ」
大移動に伴う大惨事は詳細に描写されていたが、
木曽種が向かった先、最終的な移住先までは記されいなかった。
奉行が皆を見回した。
「何か手立てはないか」
冒険者ギルドのマスターが椅子から立ち上がった
「幸い、まだ大移動は開始されていません。
最後の悪足掻きをしてみませんか」皆を見回した。
「手立てがあるのか」
「こちらから人を送ってヘルハウンドを間引くのです」
みんな顔色を変えた。
「兵を送れば他の魔物達も刺激して逆効果だろう」一人が言う。
「怒った魔物達が大樹海から出て来るかもしれん」
「たしかに逆効果だな」
「そうそう」口々に反対された。
ギルドマスターはめげない。
「出兵ではありません。
ただの時間稼ぎです。
こちらの被害を最小限に抑えるための時間稼ぎです。
少しでも間引いて、大移動の開始を遅らせ、
その間に防御を固めるのです。
何もせずに来るのを待つよりも、ましかと」
一人が立ち上がった。
「すると兵ではなく、冒険者のパーティを送り込むのか」
「はい、美濃側からだけでなく、各方面のギルドに声をかけて、
優秀なパーティだけを送り込むのです」
みんなの議論が終えると奉行が言った。
「時間稼ぎの討伐依頼か。
それしかないな。
うちが直に木曽に接している分けではないから、
至急、関係各所と話を詰める必要がある」
「美濃、三河、飛騨、信濃、越前には使者を」別の者。
「分かっている。最初に被害を受けるのは、うちではないからな」
「うちではないから、金も人も出す必要はないな。
討伐依頼の資金も、討伐パーティの選択も、
あちら様方に任せようではないか」
「金も人も、か・・・」
奉行が口籠もると、伯爵家の執事が立ち上がった。
「口出しするからには金も人も出さねばなりません。
どうせなら、ついでに主導権を握ってはどうですか。
伯爵家にとっては良い伝手を得ることになると思うのですが」
木曽大樹海の木曽種ヘルハウンドが大移動する、
という情報が関係各所だけでなく、
世間一般に流布して一年ほどが過ぎた。
幸いにして大移動は未だ開始されていない。
大樹海に派遣された十数組の腕利きの冒険者パーティが、
美濃から、三河から、信濃から、飛騨から、越前から、そして尾張から、
それぞれの支援を受けて徹底した間引きを行っていたからだ。
毎月、ヘルハウンドの屍の山が築かれた、
だからといって世間一般、誰一人として安穏とはしていない。
冒険者パーティ側もそれ相応の被害を受けていたからだ。
ヘルハウンドの屍の臭いに誘われた他の魔物による襲撃が続出し、
大樹海に潜る冒険者パーティは減る傾向にあった。
誰もが大移動の開始は間近い、と感じていた。
満月が戸倉村の頭上にあり、夜空の星々が瞬いていた。
地上では夜行性の獣達が走り回り、虫達が姦しく鳴いていた。
と、夜空の一角に異な光が出現した。
危険を感じ取ったのか、全ての生き物が鳴りを潜めた。
最初は青白い光であったものの外縁に、
赤、黄、緑と次第に色を増やして行く
それは僅かな時間で色彩豊かな光の塊となり、
真っ直ぐスッと降下して行く。
ドックン、ドックン、と荒々しい鼓動に俺は突き起こされた。
心臓だけでなく。全身に鼓動が走っていた。
指先から毛先にまで。
粟立った、と言う表現が正しいのだろう。
初めてだ、こんな感覚は。
盗賊団の夜襲の時とは全くの別物、異常な感覚であった。
俺はベッドで五感を解放し、脳内モニターをオン。
気配察知機能と地図機能を連携させた。
ついでに覚えたばかりの俯瞰図を。
原因を探した。
だが村に異常はない。
夜番の小屋以外は寝静まっていた。
範囲を広げた。
精度は落ちるが、しかたない。
海辺の分村まで広げる必要はなかった。
その手前の段階で見つけた。
方向は本村の北。
川向こうの北の集落のさらに北、石切場の奥にある山だ。
去年、木曽種の魔物・ヘルハウンドと遭遇した山だ。
俺は起き上がって窓を開けた。
部屋が三階にあるので展望が良い。
北向きなので、俺にとっては正面になる。
脳内モニターでズームアップした。
小さな点滅。
山の中腹に紫色の点滅を見つけた。
緑色は人間。
茶色は獣。
黄色は魔物。
青色は魔法発動中。
紫色は初めてだった。