(アリス)32
隣のテーブルのシンシアが口を開いた。
「安心なさい。
北域諸国からの侵攻はないわ。
兵站が長くなるから難しいのよ。
・・・。
北方山地の異変の多くは魔物が原因ね。
一つの種が減少したか、あるいは増えたか、
もしくは餌が関係しているか、それで縄張りが大きく変化するの。
今回の騒ぎもその辺りじゃないかしら」
「何かあるにしても、ここ山城は大丈夫よ。
丹後、若狭、越前が前面の盾、丹波と近江が左右の盾。
魔物の群に不意打ちを喰らうことはないわ」とシビル。
「ベテランの冒険者が心配してるのは稼ぎね。
北方山地の雲行きが怪しくなれば、
北域諸国へ向かうキャラバンの護衛仕事が減るでしょう。
それに北方山地特有の素材も採れなくなるしね」とはルース。
シンシア、シビル、ルースの三人は元国軍の士官なので、
その辺りの事情には詳しい。
やがて大人冒険者達が動き出した。
掲示板前からゾロゾロと受付カウンターへ移動して行く。
それぞれ思うことは違うようで、顔色は一様ではない。
俺達は空いた掲示板に向かった。
北方山地絡みの張り紙を確認し、次いでギルドからの魔物出没情報。
最後に薬草採取関連。
常時採取依頼と期限付き依頼を読んだ。
何時もだと俺が掲示板の上の方を読み、下をキャロルが読むのだが、
今朝はちょっと変化。
シェリルがキャロルを抱きかかえて上の部分を読ませた。
しようがないので俺は下の方。
「季節物の薬草採取依頼があるわ」とキャロル。
夏になると幾つかの疫病が流行る。
それらに前以て対処しようというのだろう。
「でも多いわね」とシェリル。
発生してからでは遅いので夏前に薬草を採取し、
治癒ポーションを大量に作り置きするのだ。
「国都には調剤スキル持ちが一杯いるものね」とキャロル。
「こっちで余分に作って地方に送るのか。
よし、人の役に立つから、これにしよう」とシェリル。
マーリンとモニカが同意した。
女児四人で決めた。
まあ、俺に異存はない。
薬草採取には違いない。
俺が代表して受付カウンターに一声かけ、ギルドを出立した。
それにしてもシェリル・・・。
「プリン・プリン」が有名になったのかどうかは知らないが、
同じ一年生達からの加入申請が増えた。
それを俺がリーダーとして悉く断った。
表向きは、当分は少数精鋭で行くとした。
本音は違った。
好奇心旺盛な女児三人の面倒をみるのは大変なのだ。
珍しい花や虫等を見つけると何も告げず、
チョロチョロと歩み寄る、あるいは捕まえる。
ある意味、微笑ましい行動なのだが、場所が場所。
魔物が出没する地域。
これまで何度、冷や汗をかかされたことか。
三人でも負担なのに、これ以上増えるのは面倒臭い。
ところがシェリルは俺の予想を越えた。
何時の間にか女児三人を懐柔していた。
その上で三人を伴って加入申請をした。
女児四人のウルウルした瞳、断れる訳がない。
先頭を行く俺の後ろで女児四人がキャーキャーと五月蠅い。
まあ、多少だが、魔物除けにはなりそう。
東門は相変わらず人の出入りが多い。
当然、ご同業の冒険者もちらほら。
そんな人混みを抜けて、ようやく外に出た。
途中、街道から南の間道へ逸れた。
そちらの方に今回の薬草の自生地が多いのだ。
琵琶湖と巨椋湖を繋ぐ河川に沿って、少し下った。
俺達はお揃いのカーキ色のローブ姿。
フードを被っているので遠目には性別は分からない筈だ。
それでも擦れ違う大人の冒険者達の目は誤魔化せない。
「お嬢ちゃん達、この先は藪が多いから手袋をするんだよ」注意された。
少し進み、探知スキルで人気を確認した。
途切れたのをみて、獣道の手前の藪の陰に入った。
それぞれがローブを脱ぎ、
マジックアイテムの草臥れたズタ袋から装備品一式を取り出した。
帽子、手袋、胴当て、肘当て、膝当て、長靴。
動き易さから全て革製品。
剣帯には短剣と採取用のナイフ。
初日のシェリルも草臥れたズタ袋。
そこから取り出すのは貴族の子弟用の豪華装備ではなく、
俺達平民に倣った物。
ただ短槍だけは違った。
この一点だけは譲れないらしい。
使い慣れた高級品。
M字型の複合弓を持つ俺が斥候。
二番手は薬草探索が役目のキャロル。
続いて盾役のマーリン。
槍のモニカ。
最後尾で後方を警戒するのが槍のシェリル。
俺は探知スキルと鑑定スキルを連携させた。
見守り警護の大人四人が付かず離れずの距離を保っているのを確認。
と、シェリルが列を離れたのが分かった。
振り返ると、彼女は槍で雑草を除けながら、一点を目指していた。
その先には、藪の中で鮮血を思わせる花が咲いていた。
陽射しを浴びて華麗なんだが、
咲き誇る花の陰に喉仏のような物。
食虫植物。
近くを流れる河川で産まれる虫を補食して育っている奴だ。
俺は注意した。
「それの近くには蛇も隠れている事が多い。気を付けて」
シェリルの足が止まった。
槍を持つ手に力が込められた。
花の周辺を警戒しながら、「私を怖がらせるつもり」と返してきた。
モニカが俺に代わって言う。
「本当のことよ」
シェリルは何も言わず、首を竦めながら戻って来た。
蛇もだが、魔物も。
近辺に魔物が居るのだが、幸いにも此方には接近して来ない。
数的にこちらが優位なので迂回して避けてくれる。
そんな中、キャロルが大人顔負けの仕事振りを発揮した。
目的の薬草を目敏く次々に見つけた。
斥候の俺が周囲を警戒をするなかで、女児達が薬草を採取していく。
勿論、次に繋げるために採り尽くさない。
午前中でそれぞれが持つ竹籠が一杯になった。
「ランチにしようか」と俺はみんなに提案した。
ランチが終わった頃だった。遠くから何かが聞こえて来た。
胸騒ぎがして思わず耳を傾けた。
もしかして悲鳴、それも複数の悲鳴。
俺はみんなに警告した。
「警戒して」
距離がある為、スキルを連携させても詳細までは分からない。
でも俺は準備した。
ズタ袋経由で収納スペースから馬止めの盾を取り出した。
裏側の支柱二本を地面に突き刺して馬を阻止するタイプだ。
それを八つ、前面に並べ置いた。
悲鳴が近付いて来た。
シェリルの耳にも届いたらしい。
「逃げて来るみたいね」
見守り警護の面々が血相を変えて走り寄って来た。
「私達に任せて」とシンシア。
その判断はあながち間違いではないだろう。
魔物だけならまだしも、逃げて来る人間が何人かは知らないが、
こちらに混ざるのは、はっきり言って迷惑。
児童には助けながら戦うのは無理筋。
ここは大人達四人に頼るしかない。




