(アリス)31
脳内モニターのアラーム。
ベットで目を覚ました。
匿う場所を考えながら、寝落ちしてしまったらしい。
昨夜は良い考えが思い浮かばなかった。
尾張の田舎ならまだしも国都内で匿うのは無理だろう。
国軍や近衛軍の高位の魔法使いに露見する確率が高い。
となると国都の外になるが、辺りは一帯が魔物の生息域。
小さいながらも飛び回る魔物がいる現状、住み難い。
頭を抱えながら起き上がった。
今日は学校は休みだから冒険者パーティの日。
遅刻は拙い。
身支度を整えた。
瞬間、閃いた。
というか、すっかり忘れていた。
俺って洞窟に引き籠もるダンジョンマスターじゃん。
ダンジョンが創れるじゃん。
急いでユニークスキルを開示し、プロパティを読んだ。
何とも読み難い表現の連続ではないか。
二度三度と読み返した。
ふむふむ、ふむふむ、それから、それから、なるほど、なるほど。
読むには読めたけど理解し難い。
でも他に手はない。
暗中模索よりは良い。
プロパティを手懸かりにやってみるか。
やってみてから考えよう。
俺はアリスのベット兼家である繭を探した。
天井から吊り下げているのだが、何時も同じ場所とは限らない。
四隅の何れかの日もあれば、窓際の日や真上の日もあり、
狭い部屋でも場所には事欠かない。
今朝は窓際だった。
俺はアリスに話し掛けた。
『おはようアリス、起きてるかい』
『・・・眠い、・・・こんな朝早くから、・・・嫌がらせ』寝惚けていた。
『妖精に睡眠は不要じゃなかった』
妖精には食事や睡眠の習慣はない。
眷属になったことにより、俺に合わせるようになっただけのこと。
食事は今以て嗜好に走り、興味本位で些少を口にするのみ。
ただ、飲酒は別。
よく飲む。
『・・・これはね、・・・休憩というものよ』
『匿う場所が見つかったよ』
『・・・えっ、・・・それ本当』
繭からアリスが飛び出して来た。
寝惚け眼で俺の頭にダイビングした。
『今まで忘れていたけど、
俺のユニークスキルにダンジョンマスターがあった。
それでダンジョンを創ろうと思うんだけど』
アリスが片手で俺の額をペシッと叩いた。
『何言ってるの、アンタ馬鹿なの』
『馬鹿は否定しないけど、ユニークスキルの話は本当だよ』
アリスが両手で俺の額をペシペシ叩いた。
『寝言は寝てから言うものよ。
人間のアンタがダンジョンマスターの訳がないでしょう』
『本当なんだよ。
アリスは鑑定スキルは持ってないの』
『持ってないわよ、悪かったわね』
『持ってたら見てもらえたのにな、残念』
『何が残念よ』拳で俺の頭頂部を叩いた。
俺は自分のスキルを説明した。
ユニークスキルも説明した。
アリスは目をパチクリ見開き、口を大きく開けてモグモグ。
『・・・なに、・・・それ、・・・そんなに。
・・・アンタ、・・・人間じゃなかったの』
『人間だよ。
見たとおりの幼気な子供だよ』
アリスが真正面に回り込み、俺の鼻を掴んだ。
『幼気かどうかは知らないけど、痛い子供であることは確かね。
考えて見ると、私を眷属に出来るんだもの。
ダンジョンマスターのスキルを持っていても不思議じゃないわね』
『でも問題が一つ』
『なに』俺の鼻を大きく押し広げた。
『フガッ・・・、スキルは持っていても、使った事がないんだ』
東門の冒険者ギルドは今日も混雑していた。
大人達が押し合い圧し合いで掲示板前を占拠。
受付カウンターにも長い行列。
顔馴染みのギルド職員の女性が俺に片手を上げて、
併設のカフェを指し示した。
俺は併設のカフェに入った。
すでにパーテイメンバーは顔を揃えていた。
キャロル、マーリン、モニカ。
そこに新顔が一人。
シェリル京極だ。
まん丸な顔にまん丸な胴回り、それを支える大根足。
そんな見た目と違って根っからの武闘派。
敏捷で腕っ節がとてつもなく強い。
京極侯爵家の長女でニックネームは「鬼シェリル」、
幼年学校三年生で有名人の一人だ。
「お父様が過保護で、組んでる冒険者パーティは屋敷の者ばかり。
魔物が現れると彼等が前に出て戦うの。
魔法使いと弓役が遠距離から攻撃。
それを躱して近付いた魔物は盾役が押し留め、槍役が刺し、
剣士が斬り込む。
私は最後、身動きしなくなった魔物を仕留めるだけ。
大人に守られて詰まらないわ」
シェリルの話を聞いて羨ましくなった。
大人と一緒なのでダンジョンに入れるのだ。
そして最後の一撃でランクレベルやスキルレベルが上げられる。
こんな美味しい環境のどこがつまらないのか。
「パーティメンバーは対等であるべきよ」とシェリル。
彼女は父親を説き伏せて俺達のパーテイに加わる事になった。
今日がその初日。
出立前から満足感がハンパない事を、
テーブルの上の空になった容器が物語っていた。
焼き肉にスープ、トースト、ゆで卵。
シェリルが俺に笑顔を向けた。
「ダン、急いで食べるのよ」
キャロル達も終えていたので急かされる俺。
それでも俺はリーダー。
「慌てない、慌てない。
大人達が出て行かないと掲示板の前が空かないよ」
隣のテーブルには大人達が顔を揃えていた。
キャロル達の家庭教師三人とシェリルの守り役の女武者だ。
家庭教師達の見守り護衛は三ヶ月の契約だったが、
魔物狩りで実入りが良いことから、なし崩しに続行されることになった。
女武者の場合は侯爵家の意向だ。
シェリルの説得に折れた侯爵が付けた条件が彼女の同行だった。
パーティは組まないが見守り警護ということで妥協点に達したそうだ。
俺のモーニングが運ばれて来た。
シェリルと同じで焼き肉にスープ、トースト、ゆで卵。
みんなの視線がキツイので早く食べたけど掲示板の前は空かない。
腕を組み、首を傾げてる者が多い。
受付カウンターの行列は減ってはいたが、そこに急ぐ者もいない。
「何時もに比べると何だか雰囲気が・・・おかしいね」
キャロルが同意した。
「そうよね。
何時もなら見たら直ぐ受付カウンターと走り出すのに、
何だか今朝のみんなは腰が重そうよ」
マーリンとモニカも頷いた。
「私が見てくるわ」シェリルが掲示板の方へ向かった。
当然、守り役の女武者も同行した。
掲示板には依頼だけではなく、出没する魔物の最新情報や、
ギルドからのお知らせ等が張られている。
それを読んだシェリルが戻って来た。
顔色が心なしか悪い。
俺は思わず聞いた。
「悪いお知らせ」
「そうよ。
北方山地は分かるでしょう」
我が国と北域諸国を隔てる大山岳地帯だ。
九州北部から北海道北部にかけて山々が連なり、
その奥深い懐は自然の要害になっていた。
「分かる、それが」
「開拓村が幾つか全滅したそうよ」
受付カウンターに並んでいるのは若い者が多く、
掲示板前に残っているのは冒険者としての経験を積んだ者達。
後者は張り紙一枚から、先行きを考察しているのだろう。




