(アリス)27
俺はアリスに任せて傍観した。
酷い有様だが肝心なのは二人を殺さぬこと。
まだまだ使い道が残されていた。
たとえ虫の息でも構わない。
生きてさえいれば。
そこまで腹を括った。
アリスの動きが止まった。
顔に疲れは見えない。
『どうした』
『これじぁ私はまるで弱い者虐めね』
『当然の報復だろう』
『そうなんだけど、釈然としないのよ』
彼女には同情した。
脳筋妖精だが我が儘なだけで人懐っこい性分。
口は悪いが残虐な思考までは兼ね備えていない。
一方的な今の状況が耐えられないのだろう。
俺は宥めた。
『アリスが悪い訳じゃないよ』
『みっともないのよ、今の私』
『・・・』言葉が思い浮かばない。
『・・・』アリスが俺を振り返った。
『聖人君子なんて、どこを探してもいないよ』慰めになっていない。
アリスが空中で仁王立ちして俺を睨む仕草。
『慰めてるつもりなんでしょうけど、下手ね』
『そこはほら、俺ってお子様だから』
話を続けようとするアリスを俺は片手で制した。
『待って、周りの様子がおかしい』
脳内モニターに目を遣った。
探知スキルと鑑定スキル。
無数の緑色の点滅がこの倉庫の周りに集まって来るではないか。
人、人、人。
包囲する動き。
ザッカリーファミリーが助けに駆け付けたかなと思ったが、
来た方向からすると、そう思えない。
規則正しい動き、これはたぶん、官憲。
そうそう、忘れていた。
街中の治安維持は町奉行所の管轄。
俺は悪党が職業ではないので、すっかり頭から抜け落ちていた。
俺達はやり過ぎたのだ。
攻撃魔法を連発し過ぎた。
俺は周りの状況をアリスに説明した。
するとアリスの目に生気が戻った。
『簡単じゃないの。
邪魔する連中を追い払えば良いんじゃない。
私がウィンドカッターで追い払ってやるわよ』
空元気ではなさそう。
まだまだ余裕があるのだろう。
『そうは言うけど、俺は無関係な連中は巻き込みたくないんだよ』
『お子様は優しいのね。
でも私は違うわよ。
まだ全部終わってないから、当然、排除するわよ』
そうなんだ。
まだ終わってない。
段取りでは、これからだ。
俺が相手を挑発して魔法を使わせ、そのMPを削る。
続けてアリスが私憤を晴らしながら、相手を痛めつけてHPを削る。
そして最後に、弱った相手を尋問する。
他に妖精を捕らえていないかどうか。
捕らえていたとしたら、どこに閉じ込めているのか。
売ったとしたら、どこに売ったのか。
俺的にはクラークのスキルにも興味があった。
幸い闇魔法は得たが、残り二つも滅多に見かけないもの。
契約と獣化。
是非とも欲しい。
特に契約スキル。
相手を強制的に契約下に置けば、
尋問しなくても容易に何でも聞き出せる。
時間はさほど残されていなかった。
外で青色の点滅。
踏み込むに足る人員が集まったので、
斥候役が魔法を発動したのだろう。
でも魔力が弱い。
正規の魔法使いは少ない。
その少ない魔法使いが、
町奉行所の街廻り如きに配備される訳がない。
そうなると斥候役は野良の魔法使い。
魔道具を駆使して現場を探知しているのだろう。
俺は決断した。
欲張っちゃいけない。
闇魔法一つで満足すべきだ。
契約スキルはまた別の機会に。
天井を見上げた。
それほど高くはない。
その一角に闇魔法、ダークボールを放った。
予想通りだった。
当たった一角が闇に飲み込まれるようにして、瞬時にして消えた。
何一つ、瓦礫の欠片すら落ちてこない。
代わりに落ちて来たのは月明かり。
三日月が俺を見下ろしていた。
理解したのか、アリスが言う。
『アンタはお人好しよね』小馬鹿にした笑みを浮かべて飛翔した。
俺は身体強化スキルに風魔法を重ね掛け、屋根に跳び上がった。
アリスのような飛翔は無理だが、人間離れしたジャンプは可能だ。
それを駆使して逃走するしかない。
下で聞き慣れぬ笛の音。
それが合図になった。
一斉に表口と裏口、双方から大勢が飛び込んで来た。
「町奉行所の捕り方である。神妙にして縛に付け」
俺はお人好しではない。
性格にちょっと難がある。
光魔法で設置した四つの照明を消した。
ついでに展開したままのシールドも。
俺やアリスの痕跡、全てを雲散霧消するイメージ。
眷属なので難しくはない。
下は大騒ぎ。
倉庫内の明かりを前提に踏み込んで来たので混乱を来した。
放置してある木箱に躓く者。
味方同士でぶつかる者。
何もないのに転がる者。
「止まれ。誰か、明かりを持つ者は急いで点けろ」
俺はクラークとサンチョを探した。
夜目が利くので直ぐに見つけた。
二人は立ち上がることすら出来ないが、
何とかして捕り方から逃れようと最後の足掻き。
毛虫のような動きで出口に移動していた。
そこを捕り方の魔道具の明かりが捉えた。
「お前達、動くな」
携行灯。
片手で持ち運び出来る筒型の照明。
個人のMPを明かりに変換する術式が施されているので、
便利に使えるが問題は価格。
庶民には高い。
俺は懸念した。
二人の口から妖精の存在がばれるのではないかと。
それを読んだのか、アリスが言う。
『私の為に殺すつもり』
『存在がばれちゃ困るだろう』
『問題ないわ。
ランク次第なの。
ランクが下だと妖精は見えないの。
今の私はBランク。
私が存在を誇示しない限り、誰にも見つけられないわ。
まあ、探知とか、気配察知には困るけどね』
でも実際に捕まった奴が言うことか。
クラークの話術と酒に嵌り、簡単に捕まっておいて、その言い草。
反省はないのだろうか。
ないのだろう。
脳筋妖精だから。
俺は逃走を開始した。
隣の屋根に飛び移った。
風魔法が利いて、物音一つ立たない。
勢いのまま、屋根から屋根。
まるで忍者の気分。
アリスはと見ると、何時の間にか俺のローブの端に取り付いていた。
『私、疲れているの。何か文句ある』
『・・・ありません』
『尋問できなかったけど、次の手は考えてあるんでしょうね』
『任せて。代案はあるよ。
この騒ぎが収まったら、その手の業界の連中を探し出し、
捕らえて尋問しよう』
『分かった。それじゃ、急いで』
俺が屋根から屋根へ飛び移るスピードを上げると、
『わあー、面白い、キャキャキャ』アリスが叫び声。




