(アリス)26
クラークのランクはサンチョよりも一つ上。
俺と同じBランク。
それでも数値は俺の方が段違いに多い。
135に対して俺は222。
でも油断はしない。
残数三枚のウォーターシールドでは不安なので、枚数を増やした。
ついでにEPの数値も上げた。
硬度3、弾力性2を割り振った。
クラークが闇魔法を連発して来た。
一撃で一枚、合わせて十枚を撃ち消した。
それでも俺には届かない。
苦々しそうな表情で俺を睨む。
そこに朗報が飛び込んだ。
「闇魔法の分析が終わりました。
EPで再現可能です」脳内モニターに文字。
持ち直したサンチョが戦線に復帰した。
手持ちのMP回復ポーションを飲んだのだろう。
ウォーターカッターを連発してきた。
こちらはランクの違いを鮮明にした。
ウォーターシールド一枚を砕くのに五連発を必要とした。
俺は自分なりに闇魔法をイメージした。
それはブラックホールに似たもの。
壮大なブラックホールそのものだと俺のランクでは届かないだろう。
そこで簡易な、お手軽な、なんちゃってブラックホールを目指した。
そして範囲内の全てを魔素に変換するイメージ。
ダークシールドとして最前列に置いた。
すると連発されたウォーターカッターを狙い通り全て飲み込んだ。
ウォーターシールドのように弾き返すのではなく、
広い懐で何事も無いように吸収した。
様子が最前とは違ったことに気付いたのだろう。
愕然とするサンチョ。
再び朗報が届けられた。
「新たなスキルを獲得しました。闇魔法☆」脳内モニターに文字。
表情だけでなく全身を凍り付かせたクラーク。
視覚で捉えられない魔法だが、
同じスキルだけに現象が理解できたのだろう。
棒立ち、隙だらけ。
何しろ闇魔法の使い手は少ない。
利用範囲が狭いと酷評されているので、適性のある者でさえ敬遠し、
他の属性に鞍替えする始末。
お陰で指導する者も減る一方。
絶滅危惧種。
そこで出会ったのが俺。
同属の魔法を見て戦慄、もしくは感動しているとしか思えない。
たぶん。
俺はアリスに念話した。
『出番だよ。でも殺しちゃ駄目だよ、使い道が残っているからね』
途端、俺の陰にいたアリスが喜び勇んで飛び出した。
『分かっているわよ』
妖精魔法で空中に舞い上がり、俺と二人の間に割って入った。
当然、白い子猫の姿のままだ。
四つ足で二人を威嚇した。
「ミャー」可愛くて、とても威嚇の効果は望めない。
それでも二人を驚かせるには充分だった。
当初は目を疑った二人だが、ジワジワと状況が飲み込めて来たらしい。
次第に顔色が変化して行く。
狼狽とも、困惑とも。
最初にサンチョが誰にともなく問うた。
「これは、そうだよな」
クラークが応じた。
「そうだ、俺が売った奴だ」
アリスは恨み言は吐かない。
無言のまま、バク宙した。
鮮やかなハレーション。
本来の姿に戻った。
三対六枚羽根の妖精。
金髪で金色の瞳
アリスは時間が無制限でない事を理解しているので、
さっそく報復に取りかかった。
ウィンドカッターの連発。
慌てた二人だが、そこは魔法使い。
防御魔法を速攻で繰り出した。
サンチョはウォーターシールド。
ランク違い。簡単に一撃で破壊された。
クラークはダークシールド。
ランクは同じでも、スキルレベルが違う。
これは二撃で破壊された。
それでも二人は最後まで抗った。
MP切れになるまでシールドを張り続けようとした。
アリスは筋脳妖精だけに単細胞。
面倒臭いとばかりに切り替えた。
両手を握り締めて、矢のように飛ぶ。
HPもMP同様に150。
小さな身体だが身体能力もBランク。
剛力の部類。
さらに妖精魔法で身体強化を底上げし、勢いのままシールドをぶち破り、
クラークの胴体に突っ込んだ。
悲鳴を上げ、身体をくの字に折り曲げたクラーク。
鳩尾を押さえて激しく嘔吐し、その場に崩れた。
次はサンチョ。
巧みな宙返りをして舞い上がり、降下、両足で背中に飛び蹴り。
前のめりに倒れたままでは終わらせない。
髪をむんずと掴み、妖精魔法でもって空中に持ち上げ、
正面の壁に投げ飛ばした。
再びクラーク。
これまた同様に壁に投げ飛ばした。
そんなこんなを三度四度。
死なぬように手加減はしているが、
どう見ても骨の何本かは折れていそう。
俺は注意した。
『このままじゃ殺しちゃうよ』
『分かってるわよ』
アリスは投げるのを止めた。
代わりにウィンドカッター。
身動きの取れない二人の手足に撃ち込む。
殺さぬように狙いは一つとして過たない。
国都の防御力は大方だが完成の域に近い。
王宮区画は魔法陣が施され、許可のない者の侵入を許さない。
ただ、外郭区画はそうも言えない。
広すぎるので魔方陣で覆いきれないのだ。
完璧を目指すとすれば大勢の魔導師と、
それに見合う費用を毎年、計上しなければならない。
その代替案として城壁と水堀が設置され、外周は国軍騎兵隊、
門は門衛、城壁の上の歩廊は国軍歩兵が巡回、と割り振られた。
そして街中は国軍の見回りもあるが、
主体になるのは東西南北に設置された奉行所であった。
長官である四人の奉行と配下の与力、同心に任されていた。
同心は街中に平民として紛れ込んでいた。
兵士のような制服ではなく、どこにでも溶け込めるような服装を心掛け、
街の顔役と繋がり、治安維持に努めていた。
その一人が南区のスラム街近くを巡回していた。
長年の経験で培った勘が彼に囁いた。
事件だと。
空気から魔法の発動が伝わって来た。
明らかに生活に必要な量を超えていた。
これは異常事態。
暴力沙汰、犯罪としか思えない。
彼は周辺に居た配下の小者四人を呼び集めた。
そして直ぐさま現場と覚しき方向へ急いだ。
巡回で辺りの地理には詳しい。
迷いもなく、真っ直ぐに目的地に到達した。
空き倉庫。
昼間は近所の子供、夜は近所の不良共が屯している場所だ。
今も魔法が発動されていたが、彼は内部には入らない。
これだけ強力な魔法から推測すると、
気配察知スキルを持つ可能性が高い。
そこで少し離れて配下に指示を下した。
一人は南町奉行所に、一人は近くの番所に、
一人は近くを巡回している仲間の同心に、応援要請に走らせた。
残った一人には倉庫の反対側の見張りを命じた。




