(アリス)24
アリスが遠ざかるにつれて念話も薄れていった。
送受信範囲から外れるので当然なのだが、俺は別の心配をした。
何しろ彼女は脳筋妖精、
短絡的な衝動に駆られて報復に出るのではないかと。
今の彼女のステータスは高い。
Bクラスにしてスキルの妖精魔法は☆三つ。
しかも飛行が出来る上に小さい。
撃ち落とすのは不可能に近い。
防御力も戦闘力も高いだけに、単純に自分の力を過信しかねない。
相手が普通の魔物であれば戦闘力のみで押し切れる。
しかし老練な魔法使いが相手ともなれば、そう簡単ではないだろう。
嵌め技の一つ二つは隠し持っていそう。
そうなれば、追い込まれた彼女は見境なく全力を揮う。
結果、どれほどの被害を周辺に与えるか。
第三者を巻き込まねば良いが。
別の意味でも懸念もした。
また同じ相手に騙されはしないかと。
下手な手出しして相手に会話に持ち込まれれば、また騙される。
たぶん。
俺の心配を掻き消すかのように、アリスの脳天気な念話が届いた。
かなり距離があるようで鮮明ではなかった。
要約すると、
『ラララーン、ラララーン。
外は気分が良いわね。
ダン、勉強ばかりしてると馬鹿になるわよ』こんなところ。
脳天気に戻って来た。
ホッとした。
近付くにつれて会話が交わせるようになった。
そこからはアリスの独壇場。
余計な話を挟みながら先方の行動を逐一、饒舌に報告してくれた。
一枚で済む報告書が百枚に膨れ上がった感が無きにしも非ず。
アリスがお喋りなのは承知しているので、途中で遮ることはせず、
諦めながら最後まで聞いた。
とにかく収穫はあった。
その一つが年寄りの名前。
『生意気にクラークって名前を持っているのよ』言葉に余裕があった。
『露店のお肉が美味しそう』
『連れの連中は冒険者ギルドに寄るそうよ』
『可愛い服が飾ってあるわ』
『小汚い連中が歩いて来るわ。
なんて見苦しい。殺してやろうかしら』独り言が多い。
それで肝心な部分を聞き逃した。
俺は慌てて聞き返した。
『どこに入ったって』
『クラークの野郎、娼館の裏口に入って行ったわ。
だから私も付いて入って、何をするのか確かめるわ』
俺は唾を飲んだ。
娼館だって・・・、娼婦・・・だよね。
『入るな』俺は止めた。
『どうしてよ』
『娼館のような所は色んな連中が客として来る。
そこで探知スキル持ちに遭遇したらどうなる。
子猫の姿をしていても、誤魔化すには無理がある。
追われて妖精狩りだ。いいのか』
『返り討ちよ』
『何とかの一つ覚えか。
とにかく今は目立つな。
噂になれば国都を上げての妖精狩りが始まる』
『・・・それじゃ』
『裏口近くで張り込んでいて。
俺も急いでそちらに向かう』
『来てくれるの』嬉しそうな声。
彼女にとって俺という存在は、国都ではたった一人の話し相手。
夕食間近なんだが当然、アリスを優先した。
校門から見えなくなった辺りから駆け出した。
アリスが俺を待っていられるかどうか焦った。
念話でだめ押しした。
途中、公園に立ち寄った。
制服のローブからソロ活動用のグレーのローブに着替え、
フードを深く被って顔を隠した。
合わせて身体強化スキル、探知スキル、鑑定スキル。
準備万端で再スタート。
育ち盛りなので空腹が俺を襲ってきた。
知らず知らずのうちに露店の前で足が止まってしまった。
思わず念話でアリスに確認した。
『腹減ってないか。
減ってるなら何か買って行くよ』
『アンタが減ってるんでしょうよ。
まあ良いわ、焼き鳥ね』
探知スキルと鑑定スキルの連携でもってアリスの居場所を特定した。
そう離れてはいない。
焼き鳥の串を片手に持って急いだ。
タレが垂れた。
手首に纏わり付く感じ。
スラムと表通りの境に見つけた。
娼館が軒を連ねていた。
辺りは脂ぎった男達で賑わっていた。
彼等を目当てに各店の呼び込みのスタッフが競っていた。
「こちらはお安いですよ」
「うちはお隣の二割引です」
「私共の店の女達は、お隣の三割増しの美しさですよ」
男達も負けてはいない。
「どの辺りが美しいんだ」
「顔か」
「あそこか」
「あそこって」
ゲスな笑い声が辺りに響き渡った。
俺は彼等をよそに、裏通りに向かった。
表通りに比べ、ごみごみしていた。
各店の塵も山積みで、人通りも少なく、都市計画から外れているのか、
建物が入り組んでいるので隠れる場所には事欠かない。
アリスからの念話。
『こっちよ』
そちらに向かうと、陰から子猫が飛んで来た。
俺の腕に飛び乗ると、手首を舐め回す。
『味が染み込んでいるわね。
このまま噛み切ってしまおうかしら』
『それは別の機会にして。
それでクラークはどうした』俺は焼き鳥を口にした。
『まだ出てこないわ。
誰かに会っているのか、ここに住んでいるのか』
『少し待ってみよう』
返事代わりにアリスが焼き鳥に食い付いた。
崩れた壁の陰に腰を下ろし、張り込んだ。
フードのお陰で子供とはわからないだろう。
それでも顔を背け、疲れて寝ている振りをした。
時折、誰かが通り掛かるが、関わりたくないのだろう。
問い掛ける者はいない。
それにしても腹が空いた。
育ち盛りに焼き鳥の串一本ではきつい。
そう考えていたら、アリスが叫んだ。
『出て来たわ』
裏口から二人の男が出て来た。
一人は確かに年寄り。
一人は中年。
「名前、クラーク。
種別、人間。
年齢、六十五才。
性別、雄。
住所、旅人、国都在住。
職業、遊び人。
ランク、B。
HP、90。
MP、135。
スキル、闇魔法☆☆、契約☆☆。
ユニークスキル、獣化☆☆」脳内モニターに文字。
「名前、サンチョ。
種別、人間。
年齢、四十才。
性別、雄。
住所、足利国山城地方国都住人。
職業、ザッカリーファミリー構成員。
ランク、C。
HP、100。
MP、120。
スキル、水魔法☆☆、気配察知☆☆」脳内モニターに文字。
二人共にそれなりの魔法使いだが、HPも侮れない。
スキルはなくても商売上、荒事には慣れている、と判断した。
それをアリスに説明した。
ところがアリスの反応は筋脳だった。
『面倒だから二人とも、ここで殺しちゃおうか』
ある意味、清々しい。




