古典落語 パグ神
パグ文学。第二段。古典落語。
日本では神様を八百万の神々と申します。
ところが同じ神様でもあんまり人の喜ばないのがいる。貧乏神とか疫病神、しまいには死神なんという...
こういうのは普通の人は歓迎を致しませんでというお話
「どうした。じれったいね。食い扶持も稼げないで、お前みたいな意気地無しはね、犬の門汁頭からかぶって死んでしまい!」
「嫌!ってかそれで死ねるわけないだろ」
「死ねるよ、お前みたいな意気地なしは!
いくらでもいいからお金稼いでこい!さもなきゃ家へ入れないから!出て行け!」
「出ていくわ!ちきしょう!」
嫁に追い出された男は行く宛ても無く歩いていました。
「なんて凄い嫁なんだろうな。門汁頭からかぶって、死んでしまえなんて。本当かぶってやろうか、ちきしょう。つっても死なないだろうけど。」
「帰れば金が無いって、ギャアギャア言われるし、ポンと大金稼げないし。もう生きてんのが嫌んなったな。生きてたってしょうがないから死のう。
どうして死のうかなあ。どうやったら楽に死ねるかな」
男はブツブツ言いながら、目的もなく夜道を歩く。
『教えてやるグア』
木の陰からフイと出てきたのを見る。
黒い犬だ。シワくちゃの。垂れ耳の。鼻ペチャの。犬が喋ってる。
「なんだなんだ、え、なんだ」
『パグ神だグア』
「えっ、犬が喋ってる!?ああ、嫌だ。死にたくなったせいで、頭おかしくなったのか。あっちいけ」
『そう嫌わんでグア。噛みついたりせん。こっちから相談もあるから』
「いやだ、犬の相談なんて」
『逃げたって無駄グア。おめえが逃げても、俺はその匂いを嗅いで行くんだから逃げられんグア。話もあるからこっちへ来んグア。おめえと俺には因縁があるんグア』
犬はトボトボと男の目の前に立った。
『怖がらんでいいグア。人間つうのは死にたいと言っても寿命があれば死ぬもんじゃねえグア。逆に寿命が尽きれば駄目グア。おめえはまだまだ寿命があるから心配せんでいいグア。』
『良い事を教えてやるグア。医者儲かるグア。病人の部屋には枕元か足元のどっちかに必ず、うちらがいるグア。
うちらが足元の方に座っている病人は、まだ助かるグア。そしたら、うちらが足元に座ってるとき呪文を唱えて食べ物を放るんグア。そうすりゃどうしても離れてうちらが帰らなきゃいけないんグア。』
「そ、その呪文って?」
『えか、おめえに教えてやるグア、決して人に教えちゃいけんグア。よく覚えングア。』
『パグパグオヤツクレクレン タクサン シワシワノビールッパ』
って唱え、食べ物を放り投げるんだ』
試しにやってみると、
「あれ?パグ神さーん。あーそうか呪文を唱えたから居なくなったのか?」
ボロ屋の軒先に看板を出すと、一時経つか経たないかで最初の客が来た。
主人が重病であるという客の後についていくと、病人の足元には案の定パグ神がパグ座りしている。
「ほんとだ!」
「え?嘘で呼ぶわけないでしょう!」
「あっいや、ここの本見てるんだということで、えへへ」
「はあ」
「ところで診察料ですが」
「治して貰えるなら」
「じゃあ治療しますんで、ちょっと席を外してもらえますか」
家の者が部屋から出ていくのを見送り
『パグパグオヤツクレクレン タクサン シワシワノビールッパ』ポイッと食べ物を放る。
パグ神がスクッと立ち上がり、パグ走りで食べ物に飛び去ると、苦しそうに唸っていた病人がふっと眼を開け起き上がった。
以降、この方は名医だ・治った人が言うからたちまち評判になった。私どもも、手前どもも、と頼まれていくと、大抵足元にパグ神が座っている。
裏路地安普請の家から表通りの立派な邸宅を構える。食いたい物も食う。着たい物も着る。外遊びも増える。家の方へは帰らない。
さてそうなると小じわの寄った嫁さんなんざ面白くなく、やきもちを焼いてギャンギャン喚く。
「嫁なんていらないから、ああ、子どももつけて金をやるから出ていけ」
所持品を全て金に換え、旅行だ温泉だあっちこっちと贅沢三昧で歩きましたが、金は使えば無くなるもの。
すっかり金がなくなって地元へ帰ってきた。
俺が来たら門前市をなすだろうという体で待ち構えたがどうしたことか、まるっきり患者がこない。
たまたま頼まれていってみると、パグ神が足元以外に座っていて、呪文が効かない。
どこかいい話がないかと待ちぼうけていると、大企業の会長さんという近隣で指折りの金持ちから依頼が来た。
これならば、と転がる勢い込んで行ってみると相変わらず枕元の方にパグ神がどんと座ってよだれ垂らしている。
「せっかくだが助からない、諦めて」
「先生、そこをなんとか……」
「なんとかっても、寿命がないものは」
「先生のお力で!まことにかようなの申し上げては失礼でございますが、五千万までお礼します。なんとか。」
「五千万ったって、寿命がないものはどうしょうもない」
「では、たとえば二月三月でもよろしいので寿命を延ばしていただけたら1億までお礼を致します」
「い、1億!?なんとかして、寿命を延ばしたい!」
男はない頭をめぐらせるとひらめいた。
「病人が寝ている四隅に美味しそうな食べ物を置いて、膝をポンと叩いたら皿をスッと上げてくれ。匂いと量がポイントだ。1度やり損なったら駄目だ、いいかい」
夜が更けると、パグ神のヨダレがダラダラしだし、病人が苦しむ。そのうちに夜明けになってくる。パグ神だって疲れたと見えて、イビキを始める。
ここだなと思い目配せをする。ポンと膝を叩く!
『パグパグオヤツクレクレン タクサン シワシワノビールッパ』サッと。
パグ神が驚き飛上がりパグ走りで去っていくと、病人はたちまち元気になった。
さっそくお礼を懐にしまい、酒なぞ呑んで食わえ楊枝で出てきたが
「いやいや我ながらいい知恵だった。
パグ神の奴、ワーッと驚いて。ククッ」
『莫迦野郎グア』
「うわっ」
いつの間にか、始めに会ったパグ神がいた。
『なんであんな事をしたグア。まさかおめえ俺を忘れたんグア。あんなことをされたんで俺はご飯の量を減らされたグア』
「え?飯の量って。か、金ならこっちにあるからさァ…」
『まあしちまったことは仕方ねえグア。
こっちへ。ここを降りるンガ。大丈夫ビクビクしねえで早く来いグア。』
パグ神は男を暗闇へと引きずり込む。
『ここを見ろ』
「うわ!これは、いっぱい蝋燭が点いてる場所ですね」
『これは、みな人の寿命だ』
「えぇ!人生はよく蝋燭のようだなんて話は聞いたことがありますが。長いのや短いのやいろんなのがあるな~あっ、ここに長くて威勢のいいのがありますね」
『それはおめえの子供の寿命だ』
「おお!あいつは長生きなんだなあ。うん。このとなり、半分くらいの長さで、火柱揚げて燃えてるヤツは?」
『それが元嫁の寿命だ』
「ああー納得。それっぽい。その横のは? 短くてチョロチョロっと今にも消えそうなのがありますよね。これって、まさか」
『そうだ、おめえの寿命だグア。消えそうだグア。消えたら途端に命はないグア。もうじき、クククッ。お前のほんとの寿命はこっちにあるよく燃えている蝋燭なんだグア。
お前は金に目がくらんで、寿命をとっ換えたんだグア。ククッ、気の毒にもうじきククッ』
「命が助かるならなんでもする!」
男はパグ神に取り縋る。
『しょうがねえグア。消えかかったの蝋燭と本来のを繋げるんだグア。上手く繋げれば、助かるかもしれんグア。』
男は恐る恐る蝋燭を手に取る。
『早くしないと消えるグア。何を震えてるグア。震えると消えるグア。けえれば命がないグア。早くしないと消えるグア。くくっ、あっ、消えちまうグア。くくっ』
「待ってくれ、手が震えちまう」
『早くせんグア。ほらほっブベシュッッ』
「あ!」