バンド
バンド……。
その言葉に、拓海は身を硬くした。
ずっと避けてきた話題を怜司は直球で拓海にぶつけてきた。
拓海の中で、結論は出ていた。
ただ、その結論を現実にする踏ん切りが着かず、言葉にする勇気もなかった。
その結論がバンド仲間である怜司を避けていた一要因でもあった。
拓海は大きく息を吐くと、怜司がいるであろう方向をじっと見据えた。
「俺、バンドを引退する。」
それ以外何も思いつかなかった。
今まで自分の全てをかけてきたバンドとの決別は身を裂くほどに苦しい。
ただ、こうなった今、バンドの一員としてやっていける自信はなかった。
目が見えないことで、バンドのメンバーに迷惑をかけるなんてしたくない。
いや、それ以上に今まで通りにできない自分にこれ以上失望したくなかった。
自分の全てをかけたバンドだからこそ、綺麗な思い出として終わらせたかったのかもしれない。
じっと前を見据えたまま、拓海は怜司の言葉を待った。
「バカやろう…。」
怜司の呟くような声が拓海の鼓膜に大きくこだました。
「怜司、すまない。俺は……。」
「却下だ。」
拓海が謝ろうと口を開いた側から、怜司は拓海の発言を打ち止めた。
「却下、却下!悲観的になって考えついたお前の考えなんて却下だ。俺らのボーカルはお前しかいないんだ。お前がいなくなれば、バンドは解散だ。そこんとこ、よく考えろ。」
「ボーカルならお前がやれよ。お前がボーカルやった曲も何曲かあるだろ?お前の低音がいいって評判になった。俺よりお前でやった方が人気が出るよ。だから……」
「それ、本気で言ってんのか?」
怜司の言葉はまるで拓海の内面を全て見定めているようで、拓海は図星を指されたように黙った。
怜司は小さくため息を吐くと座っていた椅子から立ち上がった。
「また来る。」
そう言うと拓海に背を向けた。
拓海は黙ったまま、見えない自分の足元に視線を漂わせる。
拓海の耳には、怜司の足音が段々と小さくなって聞こえた。
(早く、帰ってくれ。)
そう祈らずにはいられなかった。
その足音がピタリと止まる。
振り向くような衣擦れの音に拓海は身を硬くした。
「お前は、歌わずにはいられないよ。そんなやつだ。バンドなんてやめれない。今まで俺らが築いてきたものは、こんなことじゃなくならない。」
強く言い放たれた怜司の言葉は拓海の胸を貫いた。
しかし、返せる言葉が今の拓海にはなかった。
じゃっ、と言うと怜司は拓海に構わず部屋の外に出た。
がシャン、と意外に軽い音を立てて閉まった玄関ドアに背を預けると、顔をしかめた。
「バカやろう……。俺らの伝説は、こんなことじゃ終わらないだろ?」
その表情はまるで泣き出したいのを我慢する子どものようだった。
「バカやろ……。」
部屋の中では、悔恨の念にかられたように頭を垂れた拓海が絞り出すようにそう呟いていた。
「俺だってバンドやりてぇんだよ。でもバンドのこと考えたら、こうするのが一番なんだよ。分かれよ、バカやろう。」
拓海の頭の中では、怜司の言葉が幾重にもこだましていた。
『お前はバンドをやめれない。』
『お前は、歌わずにはいられないよ。』
「俺だって、歌いてぇよ……。」
涙まじりの呟きが痛々しく室内に消えていった。