心配かけやがって
黙ったままの二人。
先にその沈黙を破ったのは、意外にも冷静な怜司だった。
「おい、拓海…。」
普段ならこらえ性のない拓海の方が先に折れる。
しかし、今日は違った。
「あのな…。」
「怜司、いいよ。」
拓海は怜司の言葉を遮ると、ぎこちない笑顔を声のするほうに向けた。
「色々、心配かけたな。その、なんだ?キレたり、避けたり、ガキみたいなことして、ホント悪かったよ。」
「拓海。」
驚く怜司が息を飲むのが分った。
「あ〜こんなの柄じゃねぇんだよな〜。」
拓海は頭を掻き毟るとソファーに身を沈めた。
やっと重荷を下した、そんな開放感がある。
「事故にあって、視力を失って、俺怖かっんだ。色々。」
「…。」
「全部なくなったように思えてさ。全部が憎らしく思えてきた。」
「拓海。」
「でも…。全部憎くても…失ったものが多くても…失いたくないものもあるんだな。最近…ん〜違うか。今、この瞬間までそれに気付かなかったけどね。ほら、馬鹿みたいに突っぱねてたから。」
拓海は自らを振り返り、恥ずかしげに笑った。
「思春期かよって話だ。」
怜司は笑わなかった。
どんな顔をしているのか、拓海は内心不安で仕方なかった。
けど、ここで感情を荒げ、何かしゃべれと喚くほうが全てを後退させる気がしたのだ。
じっと我慢して暗い感情を飲み込む。
それは自分で撒いた種だから。
拒否し続けた結果だから。
だから、どんな答えも全て受け入れなくてはいけない。
「毎日、じじぃみたいな生活してんだぜ。面白いもんもないし、やることは公園ぼおっと煙草ふかすぐらい。誰かに世話焼いてもらわないと生きていけないんだからな、ほんっと、なさけねえよ。」
「拓海。」
空気が微かに動いた。
怜司が近寄ってくるのが分る。
拓海の心臓は早鐘を打つ。
拓海の側に怜司が立つ。
拓海は見えない目で不安げに怜司を見上げた。
―ドクンッ。
バシッ!!!
怜司は勢いよく拓海の頭を叩いた。
「!」
「元気じゃねえかよ!!この野郎!!!」
「へっ?」
拓海はポカンと口を開け、訳が分からず怜司の言葉を待った。
「何、感傷的になってんだよ。らしくない。」
「な、何を。」
「電話口で死にかけた声だすから、心配してたのに。心配して損した。」
―言ってくれるね。
怜司の、気取らない優しさが胸に染みる。
「怪我人、殴ってんじゃねえよ。」
「黙れ。心配させた罰だ。」
「見舞いに来たんだから、心配しろよ。」
いつもの軽口をたたきながら、拓海は胸ポケットから煙草を出して、慎重に火をつける。
怜司もそれに合わせるように自らの煙草を取り出した。
「あん?見舞い?」
怜司はゆっくりと紫煙をはきながら、眉を寄せた。
「ば〜かっ。俺はお前に文句を言いに来たんだよ。」
「何を?」
拓海は怪訝な顔をした。
―思い当たる節がありすぎる。
「いい加減、バンドの活動しろよ。いつまで待たせるつもりだ。」
―バンド…。
拓海の心臓がビクリと凍りつく。
胸の奥が漣を立てる。
暗い瞼に雨が降る。
怜司は拓海の凍りついた表情をじっと見つめた。