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Rainy Blue 〜雨模様〜

 それは雨に似ている―。

 私の胸をときめかせて、心を揺らす。



 “音”、それは私と無縁のものだった。

 私の世界は常に無音で、切り取られた風景の世界。

 そんな私には、音が楽しいなんて書く『音楽』など想像もつかなかった。


 光のように日常に溢れている音。

 繭に包まれた私の元には届かない奇跡。


 『天使の歌声』

 そう書かれたコンサートのポスターに私の心は惹かれた。

 音は、音楽はなんて素晴らしいものなのかしら。

 天上の世界にも匹敵する歌はどんなものなのかしら……。


 一度でいい。音楽を感じてみたい。

 音楽で感動して涙してみたい。


 それが私の密かな夢。



 雨の日、外に出てみる。

 ポツポツと雨粒が私の頬を叩く。

 肌を打つ雨はまるでリズムを叩くように降り注ぐ。



 雨が好き―。

 雨は私の目に、肌に、音を教えてくれる。



 雨の日は決まって、窓際で音を感じる。

 雨がアスファルトを打つ感覚が地面を通して私に伝わってくる。

 ベランダに置いた植木の葉を雫が伝い、揺れる。

 その全てが無音の音楽。


 それで私はほんの少し幸せになれるの。


 だから―。


 それはとても雨に似ていると思った。

 壁から響く振動。

 始めは何か分からなかった。


 それが音楽を奏でているのだと気付いたのはしばらくしてから。


 偶然、彼がマンションの住民に怒られている姿を見た時。

 住民の口が動く。


「マイヨ、マイヨ、ギターガウルサインダヨ!」


 この時初めて自分の隣人の姿を見た。

 明るい茶髪を逆立てた髪型の、細身の青年。

 意思の強そうな瞳がとても印象的で、彼を見た瞬間、心がドキリと揺れた。


 ギター…。

 あぁ、あの振動は『音楽』だったんだ。

 答えを知り、怒られてふてくされている彼に強い興味を覚えた。


 あの人、『音楽』を奏でるんだ。


 それから毎夜、私は壁にもたれかかって、彼の『音楽』を感じた。

 痺れるような振動が壁伝いに私の心に響く。

 目をつぶって想像してみる。

 壁を通じて、響く彼の『音楽』。


 私の変わらない日常に一つ、幸せな変化が生まれた。


 マンションのベランダでタバコを吸う彼。

 ベランダの柵を叩く振動が私のベランダの柵に伝わる。

 公園のベンチで楽しそうに笑い、歌う彼。

 動く彼の口から空気を伝って私の心に歌が染みる。


 初めて…歌で心を震わせ、感動した。



 こんな感動があったなんて―。

 聞こえなくても胸に届く歌。

 まさに天上の奇跡――。

 私にとって彼は天使のようだった。



 でも―。

 彼は私を知らない。


 私は彼にとって、歩道脇の街路樹みたいなもの。


 気付かず、通りすがるだけの他人。


 それでもいい。

 彼は私に知らない世界をくれるから。


 だから―。

 壁越しに、ほんの少し幸せに幸せになるくらい許してくれるよね?




 窓の向こうはどんよりと重い―。

 今にも雨が降りだしそう。


 冬の冷たい雨が…。


 私はそっとカーテンを閉じ、薄暗い空を隠した。

 そして壁越しの音に背を預け、ほんの少し切ない幸せを噛みしめる。



 それは雨に似ていて…。

 切ない音がする。


 雨が降りそうで…。

 

 

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