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第7話 中間試験

 六月も中盤に差し掛かろうとするころ、誰もが必ず通る苦行が、またやってきた。


 僕達高校一年生は、この間やっと受験勉強から開放されたと思っていたのに、またすぐにこの苦行の道を歩かなければならないなんて、まったく理不尽にも程がある。

 しかも、その間は部活動も禁止で、授業中に教師の口からは「ここは重要だからな、ちゃんと覚えて置けよ」なんて言葉が連発される。


 そりゃ、教師の側からしたら楽だろうさ。

 問題を作るだけで、後は終わるまでのんびりできるし、ただ○×ををつけるだけだし。だけどぼくたち学生は……。


「君は一人で何をぶつぶつといってるんだ?」


 部室で部長が呆れるように言ってきたので、僕は思考を中断して部長に向き直る。


「いえ。ただ世の中の理不尽さに嘆いていただけです」

「大げさだ。たかが中間テストくらいで……」

「そりゃ、部長はいいですよ? 成績優秀だし……。でも僕は違うんです。少なくとも僕にとっては、この時間というのが苦行なんです」

「文隆君。それは心外だな。私だってこの成績を維持するために、必死で努力しているのだ。それに、変わり者でない限りは勉強とは苦行だよ」


 そう言って部長が両手を上に上げて体を伸ばす。

 ぺきぽきと小気味いい音が聞こえてしまったのは秘密だ。


 誤魔化す意味も含めて里井のほうに視線を向けると、やつはいつもの自分の席に座って我関せずとばかりに黙々と勉強をしていた。

 仕方ないとばかりに、僕も自分の手元に視線を戻し、勉強を始める。


 今は中間試験一週間前、もうすぐ、試験がやってくる。

 本来、この時期というのは部活動は禁止なのに、なぜ僕らが部室にいるのか。

 それは、昨日のことだった。


「時に文隆君、直重君。君たちは中間試験の勉強は進んでいるのか?」


 帰り際に、部長が僕達に聞いてきた。


「僕は問題ないですね……。今回の範囲なら、余裕です」


 里井が余裕とばかりに笑う。

 ……ちっ、成績優秀なお前はいいよな。


「ふむ、頼もしいことだな。文隆君は?」


 里井に内心で皮肉っていた僕に、部長が水を向けてきたので、僕は慌てる。


「ぼ、僕? ……ま、まぁまぁですかね……」


 視線が泳ぐ、焦り、動揺が顔に出るのが分かる。

 そして、それに部長が気付かないわけがない。


「そうか。あまり勉強は捗っていないか……。それは困ったな……」


 僕の勉強が進まないのが、どうして部長が困ることになるのだろう。

 僕が不思議に思っていると、部長はそれを察して答えてくれた。


「いや、なに。試験で赤点を取ってしまうと、再試験で合格するまで部活動は禁止なのだよ」

「うぇっ!? マジですか!?」

「マジだ」

「本気と書いて?」

「マジと読む」

「ケーキに乗ってるあの?」

「それはマジパンのことかな? 砂糖とアーモンドを挽いて練り合わせたお菓子だな」

「江戸時代に長崎に敷設された外国人居住区」

「それは出島だな」

「じー…………………………………」

「なにをまじまじと見ているんだ?」

「原価と売値の差額は?」

「それはマージンだな……って、なんだ。意外に勉強も捗っているようではないか」

「うぅ……。自分でもできるだけがんばってるんですけど、わからないところも多くて……」


 僕ががっくりと肩を落とすと、部長は少しだけ何かを考えた後に、ぽんと手を打った。


「そういうことなら、明日から放課後からしばらくは、部室で私が勉強を見てやろう」

「え? でもいいんですか? 試験期間中は部活は禁止じゃ……」

「問題ないさ。私たちは部活をするのではない。部室で勉強するだけなのだからな」


 僕と里井はお互いに顔を見合わせた後に、部長にぺこりと頭を下げた。


「「よろしくお願いします」」


 ……とこういうわけで、僕たちは試験期間中に部室で勉強しているわけだ。


 僕が昨日のことを回想していると、部長のほうから何かが飛んできて、僕の頭に軽く当たった。

 拾い上げてみると、どうやら消しゴムをちぎったものらしい。


「何をぼうっとしてるんだ? 君は……」

「すいません……」


 素直に謝って勉強を再開させた僕の頭に、今度は正面から何かが飛んできた。

 拾い上げてみると、先ほどと同じような消しゴムをちぎったものだ。


 僕はそれを持って、正面に座る里井を見る。

 ……が、里井は何事もなかったかのように勉強を続けていた。

 なるほど……。いいだろう、お前が望むのならば、そのケンカ買ってやる!


 僕は消しゴムのカケラを手のひらに乗せると、ゆっくりと里井に狙いを定めた。


 「(ターゲット、インサイト。喰らえっ!)」


 内心で馬鹿なことを叫びつつ、里井に向かって消しゴムのカケラをはじく。

 勢いよく飛んでいったカケラは、吸い込まれるように里井の額に命中……する直前で、里井が持っていたシャーペンでカケラを打ち返してきた。


 ピッチャーライナーのごとく飛んできたカケラは、吸い込まれるように、何故か僕の鼻の中へダイブした。


 ――すぽっ!


 そんな音が聞こえたようだった。


 その瞬間、僕は鼻の中にすさまじい異物感を感じて悶え苦しみ、それを見た里井が大爆笑した。

 その光景を見ていたのだろう、部長も可笑しそうにお腹を押さえながら、必死で笑いをかみ殺していた。


 しばらくして、笑いが収まったところで部長があきれるように言う。


「まったく、君たちは何をしてるんだ。小学生じゃあるまいし……。勉強はどうした?」

「余裕です」


 いち早く里井が答え、部長が僕を見る。


「そ、そこそこ?」

「なぜ疑問符なんだ……」

「うぅ……、部長……助けてください……」


 僕が泣きつくと、部長は仕方なさそうにため息をついたあと、席を立ち上がって僕の後ろへ回り込んだ。


 ふわりと、部長からいい香りが漂ってきて、一瞬ドキッとする。

 そんな僕の様子に気付かない部長は、そのまま身を乗り出して、僕の手元を覗き込んだ。


「ふむ。この問題か……。これはな、解くのにコツがあるんだ。いいか? まずは右脳でしっかりと問題をイメージする。できるだけしっかりとだ。すると左脳が自動的に答えを導き出してくれる……。すなわち、この問題の答えは、「x-3」だ!」


 くわっと目を見開いて部長が回答する。


「そんな馬鹿な……」


 あまりに変な方法だったので、疑いながらとりあえず問題の答えを確認する……。


「せ、正解……だと!?」


 まさかの正解だった!


「ふふふ。どうだ? 私の実力を見たか!」


 自信たっぷりに胸を張る部長に悔しくなって、僕は別の問題を指差した。


「じゃ、じゃあ次はこれです!」

「この問題か……ふむ。……むむむ……。これは一見、因数分解の公式を使うみたいだが、実はフェイントで、実際は微分積分の公式を使う! そして、導き出された答えにxを代入して、フェルマーの最終定理を使う! さらにyを演算して、xが6aと導きだされたところで、いったん0に戻し、最終的に答えはBだ!」


 何か壮大な紆余曲折があった気がしたけど、見事正解だった。


「何でそんなめちゃくちゃな理論で問題が解けるんですか!?」

「坊やだからさ!」


 胸を張ってどうどうといわれた。


「いやいや! 坊やじゃないですよねぇ!?」

「部長だからさ!」

「ああ! なんだかすごく納得できる!」

「ガチ○ピンだからさ!」

「アレはスポーツ万能なだけです!」

「それは違うぞ、文隆君。彼がスポーツ万能なのではない。中の人が……」

「子供の夢を壊さないで!」

「子供……君はもうそんな年齢じゃないだろう?」

「……うぐぅ……」

「……男がやっても気持ち悪いだけだな……」

「すいません……」

「それで……一体何の話だったかな? ……ああ、そうか、こいつの勉強方法だったな」

「急に話がまともになった!」

「文隆君。ツッコミばかりしてないで、ちゃんと勉強したまえ」

「誰のせいだ~~~~~~っ!」


 ただでさえ、勉強で疲れているのに、ツッコミで更なる追い討ちを喰らった僕はぐったりと机に身を伏せる。

 部長はそんな僕の肩を軽くたたいた。


「どうだ、文隆君? 少しは息抜きになったかな?」

「……息抜き?」

「うむ。人間、張り詰めてばかりでは集中力も続かなくなるからな。どこかで気を抜かなければいけないんだ」

「部長……それじゃあ、わざわざ僕のために……?」

「うむ。君があまりにも張り詰めていたように見えたのでな……」

「っ!? ありがとうございます!」


 結構まともな理由でボケてくれていた部長に、僕が思わず感動する。

 部長は満足げに笑って自分の席に戻ると、僕に向かって親指を立てた。


「そういうことだ。これからもツッコミをがんばってくれたまえ!」


 感動が台無しだった!


「僕の感動を返してください!」

~~おまけ~~


部長「時に文隆君……」

文隆「何ですか、部長?」

部長「結局、中間試験の結果はどうだったんだ?」

文隆「ああ、何だかんだで赤点は回避しました。これも部長のおかげ……じゃないな……」

部長「なん……だと!? 私がアレだけ手取り足取り教えてあげたというのに!?」

文隆「僕が部長から教わったのはひたすらにツッコミだけですから! 残念!!」

部長「……古い!!」

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