第5話 仲間
今回は2話更新します!
梅雨の湿った空気が鬱陶しいこの季節、皆々様に置かれましてはいかがお過ごしでしょうか? こちらは平時には珍しく、とても平和に過ごさせていただいております。
なんて文章が頭に浮かぶくらい、今日は実に平和だった。
部長も、里井もボケることなく、のんびりコーヒーを片手に小説を読んだり、執筆したりしている。
……ああ、いつもこうならいいのに。
僕が心の底から平和な時間をかみしめていると、突然誰かが部室のドアをノックしてきた。
はて、誰だろう?
文芸部の顧問、沙条先生ならノックもせずにいきなり入ってくるだろうし、まさか、また六花が?
いやいや、あいつは前回来た時に、いろいろとトラウマを刻んだから、少なくともしばらくは来ないはず。
じゃあ、一体誰が……。
ああだこうだと考えていると、部長が普通に返事を返した。
「どうぞ……」
「……失礼します」
部長の声に導かれる様に扉を開けて入ってきたのは、後ろに男子生徒を二人引きつれた、一人の女子生徒だった。
薄く茶色かかったショートヘアにアクセントとして小さな髪飾りを付け、制服をきっちりと着こなしたその人は、部室の中を一瞥して、僕と里井を目にすると、ふっと微笑んだ。
「ちゃんと約束通り部員を集めたようですね、瑞枝?」
「ああ。君が期日を延ばしてくれたおかげだ。いつも世話を掛けるな」
「まぁ、いつのもことですよ。ふふふふ……」
部長を瑞枝と呼ぶその人は、口を押えてコロコロととても上品に笑う。
それがすごくお嬢様っぽく見えるけど、彼女の後ろで仁王立ちする二人の男子生徒は完璧なまでの無表情で、それがすごく威圧感を出している。
上品に笑う女子生徒と無言で周りを威圧する男子生徒二人……、シュールにもほどがある……。
そんな光景がしばし続いた後、女子生徒は僕と里井を見ながら、部長に訊ねた。
「瑞枝? あの二人を紹介してくれますか?」
「ああ、そう言えば、紹介がまだだったな……。西村文隆君と、里井直重君だ」
部長に紹介され、軽く頭を下げる僕と、優雅に立ち上がって、丁寧に一礼する里井。
すると、女子生徒は顔を綻ばせて僕の手を握ってきた。
「まぁまぁまぁまぁ!」
柔らかい手の感触に一瞬だけどきっとした僕だけど、直後、言いようのない悪寒に襲われ、そしてそれは現実のものとなる。
「私は美月真子と言います。一応、この学園の生徒会長をしてます。後ろの二人は、副会長の黒野誠さんと、書記の向井貴理斗さんです。よろしくお願いしますね……、……………ぶんこうさん?」
「誰ですか!?」
「あらあら、ごめんなさい。噛んでしまいました」
「いやいや!? 噛んだとかいうレベルじゃないですよねぇ!?」
「お名前を間違えるなんて、私ったら失礼をしました。ごめんなさいね……、ふ、ふ、ふ……ふぁっくしょん!……たかさん」
「続けた!? くしゃみで名前を呼べなかったのに続けた!?」
「どうかしましたか? ふぁっくしょんたかさん?」
「もはや名前じゃない!?」
「うーん、でも「ふぁっくしょんたか」さんなんて呼びづらいですね。そうですね……、「ファンクション・たかふみ・ザ・グレート・ヨシタカ」さんとお呼びしても?」
「間違ってる上にむしろ長くなった! もはや別人ですよ!? あと逆に呼びづらい!」
「あらあら、お気に召しませんでした? 仕方ありませんね……。それでは、「漆黒の翼をもつ堕天使、文隆」さんとお呼びしますね」
「そんな中二病みたいな二つ名やめてもらえませんか!?」
「真子。さすがにそれはやりすぎだろう」
今まで傍観していた部長が助け船を出してくれる。
「せめて「宵闇の眷属」にしておいてやれ」
「部長、あんたもか!!」
まさかの裏切りだった!
ショックに打ちひしがれる僕を無視して、生徒会長と部長の暴走は続く。
「宵闇の眷属とはまた変なものを持ち出しましたね?」
「む? 不満か? そうか……、直重君、君は何かないか?」
「そうですね……。それでは、「ルージュ西村」はどうですか?」
里井も参加した!?
僕が助けを求めるように、後ろに控えていた副会長の黒野さんと書記の向井さんを見ると、向井さんの姿が見当たらなかった。
不思議に思って見回してみると、いつの間にか生徒会長の横にいて、話しに参加していた……ってあんたもか!?
「あら、向井さん。何かいいアイデアでもあるんですか?」
「どうせなら、もっとはっちゃけてもいいと思いまして。いっそのこと、「始まりの宇宙、ビッグバン斎藤」とかどうですか?」
「お! さすが生徒会書記、向井先輩! いい感じですね!」
「分かるかい? 里井君!」
「ふむ、生徒会書記もなかなかやるじゃないか、真子」
「いえいえ。あなたの後輩こそ、中々ですよ、瑞枝」
何だか僕と副会長を放置して四人で意気投合していた。
それを見て唖然とする僕の肩を、副会長の黒野さんが優しく叩いてくれる。
「お前も苦労してるみたいだな……」
「それが分かる黒野さんももしかして……」
「ああ、ウチは会長と書記があんなだからな……。会計は我関せずでいるから、いつも俺が苦労させられる……」
「お互い頑張りましょう……」
「そうだな……。今度、一緒に飯でも食いに行くか。お前になら、普段の愚痴を聞いてもらえそうだ……」
「ぜひ……」
こっちはこっちで苦労人同士として意気投合し、何故か一緒に食事に行く約束までしてしまった。
それからしばらくして。
「あらあら、もうこんな時間ですね。今日は失礼させていただきます。瑞枝、コーヒーごちそうさまでした」
「ああ、生徒会頑張ってくれたまえ」
「文隆さんも直重さんもごきげんよう」
「ご、ごきげんよう……?」
「お疲れ様でした。生徒会長」
すっかりそれぞれで話し込んでいた生徒会メンバーが部室を去ったことで、再び静けさが戻る。
僕がコーヒーカップを片付け終えてため息をついた瞬間、完全下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響く。
「つ、つかれた……」
僕がぐったりと椅子に座り込んでいると、先に帰る準備を終えた部長と里井が扉の前に立って僕を見ていた。
「ほら、文隆君。早く帰るぞ?」
「おいていくよ?」
「うぅ……、すぐ行きます……」
そして僕らは並んで校舎を出て校門のところで別れる。
ちなみに部長と僕は帰る方向が同じで、里井は学校を挟んで反対側になる。
その後、部長と一緒に歩いてしばらくしたころ、僕の携帯がメールの着信を告げた。送信者は、生徒会副会長、黒野先輩。
『今日はお疲れ様。気を付けて帰ること』
簡潔な内容だったけど、いたわりの心が十分に伝わってきて、僕は微笑みながら返信した。
『先輩もお疲れ様でした』
「何だ? にやにやして……。気持ち悪いぞ?」
「酷っ!?」
「帰ってエロゲーでもやろうと考えていたのだろう?」
「違いますよ!? ただ、副会長からメールが来て、嬉しかっただけです」
「副会長から……? ほほぅ……?」
部長は何故かにやりと笑うと、右手の甲を左ほほに当ててのたまった。
「これなのか?」
「違います!」
追伸、黒野さんへ……。
僕の苦労はまだまだ終わらないようです……。




