第3話 嵐が来たりて
里井が文芸部に入って一週間。僕は、こいつを文芸部に勧誘したことを、ちょっと後悔し始めていた。
普段から部長のボケにツッコミをするという使命が僕にはあるというのに(僕も時々ボケて、部長にツッコませているという事実は都合よく忘れることにする)、ここにきて里井もボケ始めたのだ。
例えば、ある日のこと。
「文隆君、今回は中々いい出来ではあるんだが、もうちょっと表現の仕方に留意するといい」
「はぁ……」
「そうだな。例えばここの擬音表現だが、こう直接的に擬音を使ってしまうと、安っぽい文章に見えてしまうだろう? こういう時は擬音を使わずに、間接的に表現するんだ」
「なるほど。それじゃあ、ここの場合は、「どかん!」じゃなくて……、「まるで目の前で落雷があったような轟音が……」みたいな感じでしょうか?」
「それでいい。呑み込みが早いな。さすが我が「軽音部員」だ!」
「いつの間に軽音部!?」
「む? いかん、間違えた。「吹奏楽部」だったな!」
「おいコラ部長! 自分の部活の名前くらい間違えるな!」
と、ここで成り行きを見守っていた里井が、にこやかな笑顔で近づいてきた。
「やだなぁ、部長。僕は「軽音部」や「吹奏楽部」に入った覚えはないですよ」
「そうだそうだ。言ってやれ、里井」
「僕が入ったのは「世界を大いに盛り上げるための涼………」
「言わせねぇよ!? そんなギリギリの発言、言わせませんよ!?」
「ただの人には興味ありま……」
「部長もノらないで!? 何でそんな冒険するの!?」
「「坊やだからさ!」」
「ユニゾン!? いつの間に打ち合わせたんですか!?」
「いいわね、最初からフル稼働、最大戦速で行くわよ?」
「分かってる。六二秒でケリをつける!」
「そういうユニゾンじゃねぇよ!?」
「「ゆにぞん・いん?」」
「どこの魔法少女と融合騎!? というか、いい加減にしてください!」
次々にボケをかぶせてくるので、いい加減僕の体力が限界だった。
部長にしても里井にしても、二人とも頭がいいからか、妙に息がぴったりなのがまた最悪だ。
僕はぐったりと机に突っ伏しながら、すっかり冷めたコーヒーを啜り、心の底から呟いた。
「もう……ゴールしてもいいよね?」
「「ダメ!」」
二人声をそろえて、すごくいい笑顔だ。
仲のよろしいことで、コンチクショウ!
とまあ、大体こんな感じだ。
部長だけでも対応が大変だったのに、里井まで乗ってくるのだから、僕の負担も押して図るべしだろう。
そんなわけで、そろそろ里井を入部させたことを後悔し始めながら、僕は今日も今日とて部室へ向かう。
ちなみに里井は、先生に何かの呼び出しを受けていた。
……ざまあみろ。
内心でクラスメイト兼部活仲間の不幸を祈りながら部室前についた僕は、部室からかぐわしい匂いが漂ってきていることに気付き、鼻をひくつかせる。
どうやら部長がすでに来ているらしいと判断して、いつものように扉を開ける。
「うい~っす」
適当に挨拶して中に入った僕が目にしたのは、スカートタイプのスーツの上から白衣を着た見知らぬ女性だった。
黒いまっすぐな髪をそのままに、細めの縁なしメガネの奥から鋭い視線を投げかける。端的に言えば、美人だ。美人なんだけど、どこか部長と同じ雰囲気で、残念な美人のような気がしてならない。
と、僕が見知らぬ女性を観察していると、
「誰だ?」
女性にしてはやや低い声で訊ねられて、慌てて我に返る。
「あ、いや、その……、僕は文芸部の新入部員で、西村文隆です……けど……」
「ふーん……」
僕の自己紹介を聞いた女性は、興味が無くなったと言わんばかりに、コーヒーを飲みながら、小説を読み始めた。
「え? えぇっ? ちょ、ちょっと!?」
そのまま優雅なコーヒーブレイクに突入しようとした女性に、僕は慌てて待ったをかける。女性は、口元まで持っていったカップを戻しながら、面倒臭そうに僕を睨みあげた。
「何だ、一体?」
その視線から受ける圧力は凄まじく、僕の身体が見えない壁に押されているかのごとく後ずさる。
……実際は、僕が怖がって後ずさったのだけどね。
とにもかくにも、その視線のせいで二の句を告げない僕が口をパクパクさせていると。
「何をやってるんだ? 君は……」
救いの女神が僕の背後に降臨した。
部長は僕の後ろから首を伸ばして部屋を覗き込むと、謎の女性に向かってこう言った。
「何だ……、来てたんですか。先生……」
「何だとはずいぶんだな。五十嵐……」
部長に先生と呼ばれた女性は、可笑しそうにくつくつと笑う。
……うん、学校にいる時点で、生徒か先生しかいないのは分かってましたけどね!
内心で負け惜しみを言う僕を無視して、部長と先生は話を続ける。
「先生が部室に顔を出すなんて珍しいですね」
「ま、これでも一応、顧問だからな。たまには顔を出すくらいはするさ」
そう言って先生が胸ポケットから煙草を取り出すと、おもむろに煙草を口に咥えた。
「先生……。ここは禁煙です」
部長が低い声で注意すると、先生は煙草を指に挟んでひらひらと振る。
「問題ない。これは電子煙草だからな」
「……もういいです」
部長は呆れるようにため息をつくと、すたすたといつもの自分の席に座ってしまった。
「……………………いやいやいやいやいやいや!? ちょっと! ちょっとちょっと!」
「何かな? 文隆君。一昔前の売れない某双子芸人、達○と和○みたいなことをして………?」
「タ○チ違いですよ!? そっちのタッ○じゃねぇですよ!? ……ってそうじゃなくて!」
放っておくと話がどんどんずれていきそうだったので、僕は強引に話を元に戻して、先生にびしりと指を突きつける。
「部長! この先生は一体誰なんですか!?」
「その先生は、我が文芸部顧問、沙条怜奈先生だ」
「文芸部顧問!?」
僕にとっては、思わず声が裏返るほどの衝撃だった。だけど、部長は訝しげに僕を見る。
「何を驚いている? 部活なんだから顧問がいても可笑しくないだろう? とはいっても、沙条先生はあまりここには顔を出さないんだけどね。それよりもだ……文隆君」
「……? 何です、部長?」
急に真面目な口調になった部長に、ことりと首を傾げる僕の疑問に答えたのは部長ではなく、先生のほうだった。
「君は人を指差すのは失礼だと習わなかったのか?」
そういいながら、先生に突きつけたままだった僕の指を、先生は思いっきり曲げてはいけない、というよりも、本来曲がらない方向へと曲げた。
「いだだだだだだだだだっ!! ごごごごごごごめんなさい!!」
あまりの痛さに、悲鳴を上げながら必死に謝る僕を、冷たい視線で見た先生は、最後に軽く僕の頭を叩いて手を放してくれた。
ほっとしながら、痛む指をさする僕に背を向けて、先生はドアのほうへと歩み寄る。
「さて、あたしはそろそろ仕事に戻らないとな。いい加減、あのはげ校長がうるさくてかなわん……」
そう言って先生はひらひらと手を振って立ち去っていった。
僕が唖然としながら見送っていると、入れ違いに里井が部室に入ってきた。
「遅れました……って、どうしたんだい?」
ぼうっとしたままの僕に、里井が首を傾げ、僕はポツリとつぶやいた。
「あ、嵐が去っていった……」
「………………?」
里井は何のことか理解できず、やがて肩をすくめて自分の席に座った。
~~おまけ~~
文隆「ところで部長……」
部長「どうした、文隆君?」
文隆「いまどきの子たちは魔法少女といえば「な○は」より「ま○マギ」なんじゃ?」
部長「何を言う!? 最近は劇場版でリメイクもされて新エピソードも公開されてるじゃないか! どこがいけないんだ!?」
文隆「いや、いけないわけじゃないんですが……」
部長「あのアニメはオープニングもエンディングも声優が担当してるし! 何より金色の死神の一途さに私はもう……!」
文隆「ああ、部長は水樹○々さんのファンなんですね」