第23話 芸術の秋
食欲、読書、スポーツ、芸術。秋を形容する言葉は多々あれど、我が愛すべき「伊吹学園」では、芸術の秋を全面的に推奨していて、今日はその芸術の秋を体現する日、つまりは「伊吹学園 大写生大会」の日だった。
この日は授業は全てなしにして、生徒達は各々好きな場所で一日かけて絵を仕上げる。
絵の内容は何でもよく、生徒は仕上げた絵を必ず提出しなければいけないけど、逆に提出し終えてしまえば、後は帰ろうが、部活をしようが自由という、割と生徒にも人気が高いイベントだ。
ちなみに、提出された絵は選考され、最優秀賞に選ばれた生徒には金一封(食堂のタダ券ひと月分)が贈与されるらしい。
前日に部長から教えられた「伊吹学園大写生大会」のいろはを頭の中で復習しながら、僕はスケッチブック片手に校内を適当にさまよっていた。
このイベントにやる気のない生徒はさっさと適当に絵を仕上げて、既に遊んでいたり帰り始めている。
「早いよ。まだ開始三十分だぞ……」
誰に聞かせるでもないツッコミをした後、さて自分もさっさと描くかと辺りを見回していた時のことだった。
「おや? 文じゃないか……」
聞き覚えのある(というか僕を「文」と呼ぶ人物に僕は一人しか心当たりがない)声に、はたと立ち止まって周りを見回してみるけど、予想された姿が見当たらなかった。
「……? 気のせいか? 楓の声が聞こえた気がしたけど……」
首を傾げながら歩き出そうとした時、再び楓の声が聞こえてきた。
「ここだよ」
何となく頭上から聞こえた気がして上を仰ぎ見てみると、割と大きな木の枝に器用に座っている楓の姿があった。
普通、そんなことをしたらスカートの中が見えてしまいそうなものだけど、楓は体操着に着替えていたので問題はないだろう。
そんなことを思っていると、楓が座っていた枝から軽い調子で飛び降りて、ふわりと音もなく着地する。
忍者もかくやという身のこなしに呆れつつ、楓が座っていた枝を見ると、そこには絵の具やらスケッチブックやらが、絶妙なバランスで置かれていた。
「何でまたあんなところで描いてるんだよ?」
「普通の絵だとつまらないじゃないか。人と違うものを目指してこそ芸術という物だ」
僕の問いに、何を当たり前なことをとばかりに答えた楓が言葉を発する。
「なんなら文も一緒に……」
「断る!」
「……まだ全部言ってないんだが……」
「聞かなくても分かる。どうせ、一緒に上で描かないかとか言うつもりだったんだろ?」
「ふむ、慧眼じゃないか。その通りだ」
「だから断るといったんだよ」
「そうか……。残念だが仕方ないな……」
楓は肩をすくめると、するすると座っていた枝のところまで戻っていった。
「じゃあな」
楓に軽くひらひらと手を振って僕はその場を後にした。
そして再び彷徨うことしばし。
今度は空と六花に遭遇した。
空は樹にもたれかかりながら、校舎の方を向いて描いていて、六花は目の前の花壇を一生懸命睨み付けていた。
「二人ともここにいたのか」
僕がそう声を掛けると、二人がスケッチブックから顔を上げた。
「ん? ああ、文隆か……」
「やっほー、文君」
空は軽く手を上げ、六花は絵の具の付いた筆をぶんぶん振り回していた。
六花さん、とりあえず筆を振り回すのは止めてください。
ああ、ほら!
綺麗な白色の花が、絵の具で真っ赤になってるじゃないですか!
しかも花びらからぼたぼたたれて、どこか猟奇的ですよ!
とりあえず、空と協力して六花を大人しくさせた後、二人の描いているものを見せてもらった。
空は、シンプルに秋の空と学校の校舎を、そして六花は花に囲まれた井戸を書いていた。
………………ん?
もう一度六花の絵を覗き込んでみる。色とりどりのかわいらしい花に囲まれた、くすんだ色の井戸が描かれている。しかもよくみれば、井戸から人の手のようなものがでている。
「……って、六花さん!? その井戸から何か出てますよ!? というか、どこにそんな井戸があったんですか!?」
ついつい敬語で訊いてしまった僕に、六花は少しはなれた何もない空間を指差す。
「え? ほら、あそこに井戸あるじゃない。私、前から不思議だったんだよね。何であんなところに井戸があるのか……」
まさかの本物だった!
「怖い怖い怖い! 六花さん! あなた、見てはいけない物が見えてますよ!?」
横で何気なく話を聞いていた空の顔も青ざめていた。
「ろろ、六花!? 今すぐこの場を離れるぞ!」
「俺も賛成だ! 今すぐここを離れよう!」
僕と空は逃げる用意をしながら、六花をぐいぐい引っ張る。
「え? 何で? 私まだ書いてる途中……」
「いいから! 今すぐここを離れなさい!」
「えぇ~」
ぶーぶー文句を言いながらも僕らについて離れた六花は、今度は校舎の中から書いてみるといって、校舎の中へ消えていった。
その姿を目で追いながら、僕は空と話す。
「まさか六花が『視える』とはね……」
「ああ、意外だった……。しかも、本人がそれを自覚してないから性質が悪い」
「そうだね……とりあえず、今度生徒会長に頼んで、あの場所のお祓いをしてもらおう」
「よろしく頼む」
そう言って空は僕に背を向けると、ふらふらとどこかへ去っていった。
さて、僕もいい加減に絵を各場所を決めなくては……。
その場で、さてどこがいいかと悩んでいた僕は、ふとある場所が思い浮かんで、早速そこへ向かうことにした。
◆◇◆
がらりと部室のドアを開けると、そこにはすでに本を読みながらコーヒーを飲む部長と、のんびりとスケッチブックに何かを描いている里井がいた。
「あれ? 部長も里井も……ここにいたんですか……」
とりあえず自分の席に座りながらそう訊ねると、部長はコーヒーを口に含みながら苦笑した。
「私はここが落ち着くからここで絵を描こうと思ってな。そしたら、直重君が来て……」
「僕が来たというわけですか……」
どうやら考えることは同じらしいと思いながらスケッチブックを開いて、適当に部室の中の様子を描いていく。
「そういえば部長はもう描いたんですか?」
スケッチブックに筆を走らせながらそう訊いてみると、
「こういう面倒ごとはさっさと済ませるに限るからな。昨日の夜にすでに済ませておいたのだ。あとは朝一で提出して、ここでのんびりというわけだ」
まさかのフライングだった!
「え? でもどうやって描いたんですか?」
僕がそう聞くと、部長はにやりとしながら懐からデジカメを取り出した。
「これで取って、後はそれを描き写しただけだ」
「ああ、なるほど……。僕も来年はそうしようかな……」
僕が部長の手腕に感心していると、里井が「できた」と言って筆をおく。
「じゃじゃ~ん!」
頼んでもないのにスケッチブックをひっくり返し、僕達のほうへ向けた。
そこに描かれていたのは、なんだか形容しがたい、もやもやしたようななんだか良く分からないものだった。
人の顔らしきものも見えるけど、一体これが何を表現しているのか、僕にはさっぱり理解できない。
「……………………………」
そこに描かれていた物が予想外すぎて、僕は思わず絶句している間に、部長がしたり顔で頷く。
「ほほう。ここの部室の様子を抽象画風に仕上げたのか……。私も文隆君もいるな。だが、ここには君がいないじゃないか」
部長は理解していた!
というか、抽象画!?
二の句が告げない僕を放置して二人は話を続ける。
「僕は観測者の立場ですからね。ここにはあえて描かなかったんですよ」
「なるほど。中々上手くできているじゃないか」
「ありがとうございます」
「ちょっ!? えっ? これを理解できないのは僕だけ!? 僕にはただ色がのたくっているようにしか見えないけど!?」
混乱する僕に、部長と里井が心外そうな顔を向ける。
「文隆君。何を言ってるんだ? 私と君がここにいるじゃないか」
「えぇっ!? それが僕らですか!? 美術館によくある、良く分からないオブジェの塊じゃなくて!?」
「ほら西村君。これがいつものコーヒーメーカーで、周りが全部本だよ」
どうやら、本当に理解できていないのは僕だけらしく、里井と部長は抽象画についてあれこれ議論
を始めた。
うん、まったく話についていけない。
僕は肩をすくめると、さっさと自分の絵を仕上げることにした。
そして二時間くらいかけて、ようやく絵を仕上げた僕はさっさと絵を提出すると、部長や里井と一緒に部室を後にした。
◆◇◆
それから数日後。
生徒会長が花壇の前で巫女装束を纏ってお祓いをしている光景が見られ、全校生徒の話題をさらった。
六花曰く、その日以降、謎の井戸を見かけなくなったらしい。
そしてさらにそれから数日後。
写生大会の結果が発表され、里井の抽象画が金賞に輝いていた。
そのニュースを聞いた僕のコメント。
「嘘だ!!」
~~おまけ~~
文隆「ところで生徒会長? なんで会長が巫女の格好をしてお祓いしていたんですか?」
会長「そんなもの、やってみたかったからに決まってるじゃないですか!」
文隆「ある意味納得! でもよくお祓いできましたね」
会長「あら? 私は聞きかじった知識を適当に試しただけですよ? そもそも私は幽霊なんて信じていませんし、見たこともありませんから……」
文隆「まさかの偶然だった!? それでもちゃんとお祓いできるとは……会長は謎すぎる!!」
会長「うふふふふふ(黒笑)」