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第22話 The Birthday War

「どうしてだ……」


 僕と向かい合った状態の部長が伏せていた顔をゆっくりと上げながら、僕に叫ぶ。


「どうして……なぜこうなってしまったんだ!! 答えてくれ文隆君!」


 僕も、荒くなった呼吸を整えながら、痛む体に鞭打って必死に顔を上げて部長をまっすぐに見て叫び返す。


「僕にも分からないですよ! どうしてこうなったのか!」

「それでは、彼らは何のために倒れている!?」


 部長の問いかけにはっとしながらゆっくりと周りを見回すと、まさに死屍累々と言った様子で倒れている里井、美月さん、黒野さん、向井さん(何故か荒縄でぐるぐるに巻かれて恍惚の表情を浮かべながら倒れている)、そして空、六花、楓。

 彼らは一様に服はあちこちが破け、体中が傷だらけになっていた。


「どうして……」


 部長の悲しげな声を聞きながら、僕はどうしてこうなったのか、記憶を探ってみた。




◆◇◆




「そういえば部長……前々から訊こうと思ってたんですけど……」


 僕は部長から与えられた課題、つまり短編小説を書きながら何気なく訊いてみた。


「何だ? 急に……」

「ああ、いや……、部長の誕生日っていつなんですか?」

「また唐突な話題だな……」

「ああ、いや。ちょうど今誕生日がお題の小説を書いてるので……」

「そういえばそうだったな……。ふむ……誕生日か……。ちょうど今週の土曜日だな……」

「へぇ~、そうなんですか……おめでとうございます」

「では僕からも。おめでとうございます」

「うむ、二人ともありがとう……といっても、まだ誕生日を迎えているわけではないけどな……」


 快活に笑いながら、それでもお礼を言う部長の顔は嬉しそうだった。


「そういう文隆君はどうなんだ?」


 ふと部長が聞き返してくる。


「ああ、僕はもう過ぎました。四月ですから……」

「そうか……、それは……。おめでた?」

「おめでた~」


 部長も里井も過ぎてしまった僕の誕生日を過去形で祝ってくれているのだろうけど……、なんだかへんな言い方だった。

 まあいっか……。


「でも、そうか。部長の誕生日が近いなら、何かお祝いしたほうがいいですか?」


 里井が「あれ!? 僕には聞いてくれないの!?」と喚いていたけど無視する。

 お前の誕生日には興味ない。


「気持ちは嬉しいが、特に必要ないさ。今年は一人でゆっくり……」

「あら、それはダメですよ」


 突然、部室のドアががらりとあけられ、生徒会長の美月さんが後ろに黒野さんと向井さんを引き連れて入ってきた。


「今年もちゃんとお祝いしますよ」


 ずずいっと部長に顔を寄せる美月さん。

 どうでもいいけどこの人たち、しょっちゅう部室(ここ)に顔を出すけど暇なのかな……。

 なんてことを考えていると、部長と話していた美月さんが僕を振り返った。


「文隆さん? 何か言いました?」

「イイエナンデモアリマセン」


 会長にやたら威圧感のある笑顔を向けられてビビった僕は慌てて口を閉じた。

 その時、黒野さんが気にするなとばかりにポンと肩を叩いてくれる。

 うぅ……、その優しさが身に沁みます。


 そうこうしているうちに美月さんと部長の話はどんどん進み、いつの間にか僕ら文芸部員や、僕と里井のクラスメイト兼僕の友人三人組も部長の誕生日会に参加することになっていた。


「それじゃあ、今度の土曜日、お昼の十二時に瑞枝の家に集合ということで。では、私たちはこれで失礼します」


 最後に妙に説明口調で確認をして生徒会メンバーは去っていった。




◆◇◆




 そして、部長の誕生日パーティー当日。

 部長の家を知らない一年生組を引きつれて部長の家にお邪魔すると、既に生徒会メンバーは揃っていた。


「やぁ、よく来てくれた」

『誕生日おめでとうございます』


 玄関口で声をそろえてそう言うと、部長ははにかむように笑って、小さく「ありがとう」と言った。

 どうやら照れているようだ。

 そんな部長を珍しく思いつつ中にお邪魔すると、既にテーブルには所狭しと料理が並べられ、巨大なケーキ(見た目で、直径三十センチほどの大きさ)が中央に鎮座していた。


『おお~~~~~~』


 その料理の豪勢さとケーキの大きさと出来栄えに、僕たちは思わず感嘆の声を漏らしていた。

 とそこへ、キッチンから美月さんが料理を運びながら出てくる。

「ケーキは私の方で用意してきましたけど、料理はほとんど瑞枝が準備したんですよ。みなさんが来るからって張り切っていました」

「ちょっ!? 真子!? それは言わなくていいだろう!?」


 珍しく顔を赤くしながら慌てる部長を適当にあしらって料理を並べ終えた美月さんに、


「さあさあ、いつまでもそんなところに立ってないで。はやく座ってください」


 促されて、僕たちは適当に座る。

 そして部長も含め、全員が座ったところで、美月さんがジュースが満たされたグラスを片手に立ち上がる。


「皆さん、今日はようこそお集まりくださいました。本日は私の親友、五十嵐瑞枝のお誕生会です。皆さん、大いに盛り上がって楽しんでくださいね。それでは……」


 美月さんの目配せで、黒野さんと向井さんがカーテンを閉め、電気を消す。

 そして、どこからともなくマッチを取り出した美月さんが、ケーキに突き立てられた蝋燭に次々と火を付けて行く。

 それから間もなくして、部屋を満たす暗闇の中で、十七本の蝋燭の光だけがぼんやりと照らし出し、誰からともなく歌い出す。


『はっぴ~ば~すで~とぅ~ゆ~♪ はっぴ~ば~すで~とぅ~ゆ~♪』


 そして、歌い終わると部長が大きく息を吸い込んで蝋燭に吹き付けた。

 蝋燭は綺麗に消え、部屋が暗闇に包まれる中、誰かが電気を付けようと動く気配があった直後。


「……ぁん」


 …………ん? 今一瞬、どこか艶めかしい声が聞こえた気がしたけど……?


「……ぁ……、ちょ……、こらどこを……、ひゃん!」


 気のせいじゃなかった!

 この声は美月さん?

 一体この暗闇で何が行われているのだろうか?

 気になるけど、下手に動けないから大人しく待つしかない。

 そう思っていた矢先のことだった。


「いい加減にしなさいね」


 生徒会長の底冷えするような声が聞こえたかと思うと、直後に「ぎゃ~~~~~す!」という悲鳴(どこか嬌声のようにも聞こえた)が聞こえ、少ししてぱっと明かりがつき、目の前に広がっていた光景に、僕たちは思わず驚愕した。


「あ~! 会長! いい! いいです!」


 硬骨な表情を浮かべながら、荒縄でぐるぐる巻きにされた向井さんが、床をびったんびったんのた打ち回り、美月さんが優雅にお茶を飲んでいた。


 あの暗闇の中で何が行われていたのか。

 本当は気になるけど、美月さんの全身から漂っている奇妙なオーラのために、聞くのが憚られた。


「ほら、皆さん。折角の瑞枝の手料理が覚めてしまいますから、早く食べましょう」


 何事もなかったかのように言う美月さんに促された僕たちは、とりあえず縛られてのた打ち回る向井さんを無視することにして、パーティーを再開させる。


 その後は和やかに進んだ。

 部長の料理は相変わらず美味しかったし、用意してきたプレゼント(万年筆)も喜ばれた。

 それに、里井がいっ○く堂の真似で披露した腹話術も大いにもりあがった。

 その間、ずっと向井さんはのた打ち回っていたけど……。


 そうして、粗方の料理を食べ終わり、いよいよ生徒会長自ら腕を振るったケーキの実食をすることになった。

 黒野さんが器用にケーキを人数分に切り分けていざ実食となった段階で、突然、美月さんがケーキを片手にゆらりと立ち上がった。


 全員が不思議な顔をして見守る中、美月さんはケーキを持った手を大きく振りかぶって、思いっきり部長の顔面目掛けて叩きつけた。


「もごっ!?」


 いきなりのことで対応できずに、思いっきりケーキをぶつけられる部長。

 部屋の中を沈黙が満たす中、美月さんがすっきりしたように微笑んだ。


「私、一度でいいからこういうことをやってみたかったの」


 生徒会長のぶっ飛んだ言葉に唖然とする中、ゆっくりと部長が顔からケーキを引きはがす。


「真子……。そうか、お前は私にケンカを売りたかったのだな? いいだろう。ならばそのケンカ……言い値で買ってやろうではないか!」


 そう宣言した部長が、一瞬でケーキを美月さんに叩きつけた。


「むがぁっ!?」


 悲鳴を上げながら顔中がケーキまみれになる生徒会長。

 何も言えなくなるその他大勢。


 そして、何も生まない、ただ物資と時間と精神を浪費するだけの、悲しい戦争が始まった。


 顔中ケーキまみれの美月さんが、次のケーキを手にして、思いっきり部長に投げつける。

 しかし部長は、それを余裕をもって回避。

 投げられたケーキは部長を大きく外して、別の目標に激突した。

 すなわち、生徒会副会長にして、生徒会唯一の常識人、黒野誠である。

 顔中をケーキまみれにした黒野さんはゆっくりとため息をついた後、自分の皿に乗っていたケーキを素手で引っ掴むと、最小限の動作で素早く会長目掛けて投げつけた。

 会長はそれを、のた打ち回っていた向井さんでガードして、自分の部下を睨み付ける。


「副会長。あなたは私の部下ですよ? 造反するつもりですか?」


 しかし、黒野さんは顔を拭きながら、こう答えた。


「哀しいけどこれ……、戦争なのよね……」

「ふっ、分かっているではないか……」


 部長が不敵に微笑み、黒野さんが言うところの「戦争」は激化の一途をたどった。


 初めは、美月さん、部長、黒野さんの三つ巴だった戦いは、すぐに被害者と復讐者を量産する。

 まずは、おろおろしていた六花が、次は六花を止めようとした僕、空、楓が、そして最後には無関係を装っていた里井が、すぐに泥沼状態の戦争に参戦した。


 部屋を縦横無尽にケーキやあらゆる料理が飛び交い、転がっている向井さんを盾にしてそれらを防ぎ、相手の裏をかき、隙を突き、罠に嵌め、戦術と戦略が入り乱れた戦いに、徐々にみんなが傷つき、倒れていった。最後に立っていたのは、僕と部長だけ。




◆◇◆




 そして、話しは冒頭に戻る。

 うめき声を上げながら倒れる仲間たち。

 部屋中が油とクリームといろんなものでべとべとに汚れている。

 そんな中で、僕と部長はさらに盛られたクリームを両手に向かい合っていた。


「文隆君……。もう、これで終わりにしよう」

「そうですね。僕たちは失いすぎたのかもしれません」

「では最後に……いざ……!」

「尋常に……!」

「「勝負!」」


 僕と部長は同時にダッシュをして瞬時にお互いの距離を詰めると、手にしていた武器を相手に叩きつけた。

 両者がお互いにクロスカウンターを決め、僕と部長は顔に大量のクリームを付けたままゆっくりと倒れる。


「……部長……」

「なんだ?」

「戦争って……醜い……もの……で……すね……………」

 それだけの言葉をどうにか絞り出して、僕の意識は途絶えた。


 翌日。

 我に返った全員で一日かけて部長の部屋の掃除をしながら、僕たちは大いに反省した。


『もう二度と戦争はしない』


 これが今回、僕たちが得た教訓だった。




※食べ物を粗末にしてはいけません。絶対に真似しないでください。

~~おまけ~~


部長「いやぁ……中々に波乱に満ちた誕生会だったな!」

文隆「まさか生徒会長のあの行動で泥沼の戦争になるとは……。恐るべし、天然会長……」

部長「おいおい文隆君。彼女を見誤らないほうがいいぞ? 彼女は天然ではない。アレは常に状況を面白い方向へ持っていくために計算しているのだ」

文隆「なるほど。つまりは部長や里井と同じ人間だということですね!」

部長「彼らと同列扱いは心外だよ!?」

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