第21話 修学旅行 居残り組編
「おはよー、文君」
「おはよう」
「やあ」
「ああ、おはよう」
昇降口でちょうど空、六花、楓の3人に会って朝の挨拶を交わすと、そのまま連れ立って教室へ向かう。
その途中、二階が静まり返っていることに気付いて足を止める。
「どうかしたのか?」
空の問いかけに、僕は黙って二階――普段は二年生がいるフロア――を指さした。
それで、僕の言いたいことを理解したのだろう、空も納得したように頷いた。
「そう言えば、二年生は修学旅行中だったな」
楓が会話に交じる。
「今年はどこに行くんだっけ?」
最後に六花もひょっこりと覗き込みながら訊いてきた。
「今年はイギリスって言ってたな。部長がいろいろ見て回りたいって言ってた。後、部長だけ何日か延長して、向こうでサイン会をやるって言ってたな……」
「へぇ~、そうなんだ……」
六花が返事をしながらいきなり屈伸運動を始めた。
「「「……?」」」
僕らがよく分からずに見ていると……。
「楓ちゃん、ちょっとこれ持ってて」
と自分のカバンを押し付けたあと、いきなり誰もいない廊下をダッシュし始めた。
しかも……。
「うわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
何故か雄叫び付きだ。
状況が呑み込めず唖然としている僕らとは逆に、廊下の端まで行ってから戻ってきた六花は満足そうな顔だった。
「ふい~。満足満足」
満面の笑みを浮かべる六花に対して、僕らは驚愕する。
「「「っ!? 六花が壊れた!?」」」
途端、僕らは慌ただしく行動を開始する。
まずは僕が六花の額に手を当てる。
「六花! お前熱があるんじゃないのか!?」
「ないよ!?」
次に、空が六花の肩を優しく叩く。
「お前、実は相当疲れてるだろう?」
「そうでもないよ! ふたりともどうしたの!?」
六花が困惑したような顔で楓を見ると、楓は今にも泣きだしそうな顔をして、すぐに目を背けた。
「っ! すまない……。現実から目を背けたらだめだな……。大丈夫、私はいつでも六花の味方だ……」
「何で私、可愛そうな子みたいに扱われてるの!?」
「っ!? 自覚症状がない……だと!? 空……、これは……」
「文隆もか……。……俺も同じ考えだ……」
「私も二人と同じ意見だ……」
「何!? 何なの!?」
混乱する六花を見て、僕らは同時にごくりと喉を鳴らす。
「「「つまり……、この六花は偽物!」」」
「本物だよ~~~~~~~~!」
六花の怒鳴り声が静かな廊下に響いた。
◆◇◆
一限が終わって休憩時間になった途端、僕、空、楓の三人はダッシュで購買部で大量のお菓子を購入すると、自分の席で腕組みをしている小さな食欲魔神に須らく献上した。
「まったくもう! ……もぐもぐ……、皆して酷いよ! ……あむっ!」
六花がぷりぷり怒りながら、僕らが買ってきたお菓子を次から次へと口へ放り込んでいく。
小さな体に次々と消えていくお菓子を見るのは正に圧巻の一言だけど、そんなことを口にして再び六花に拗ねられでもしたらめんど……げふんげふん、さすがに困るので、誰もそんなことは口にしない。
ともあれ、わずか十分足らずで机に積み上げられた大量のお菓子を全て食べつくした六花は、満足そうに息をついてから小さく欠伸をする。
「ふわぁ……むにゃむにゃ……」
眠そうに目をこすった六花はそのまま机に突っ伏して眠ってしまった。
食べてすぐ眠ってしまうとは本当に子供のようだとは思うけど、微笑ましいからよしとしよう。
そんな六花を見ていた空が突然、「「次の授業が始まったら起きる」にジュースを一本」と言ってきた。
僕と楓は一瞬だけきょとんとした後、にやりと笑う。
「それじゃ、私は「三限が始まる前に起きる」にジュースを一本」
あ、取られた。
僕もそれにしようとしたのに……。
ならば。
「なら、僕は「授業の途中で先生に起こされる」にジュースを一本」
「じゃあ、僕は「三限が始まっても起きない」に賭けようかな」
「おおぅ!?」
いきなり後ろから声が聞こえてビビった僕に、声を掛けた張本人である里井が軽くウィンクをしてくる。
えぇい! そんなものを僕にしてくるな気持ち悪い!
僕が睨み付けても、里井は肩をすくめるだけだった。
そんな僕らを無視して、空が宣言する。
「よし、それじゃあ賭けは成立だ。結果は六花次第だな。あ、分かってると思うけど、何かしらの手段で六花を起こすのは反則な」
僕らは全員頷いて、それぞれの席に戻った。
それから少しして、二限開始のチャイムが鳴り響く。僕がちらりと六花の方を見ると、六花は暢気に眠りこけていた。よしよし、これでまず空が敗けたと。僕がちらりと空の方を伺うと、空はがっくりと項垂れていた。
そして先生が教室に入ってきて、授業が始まる。
この間に先生が六花を起こせば僕の勝ち。
そう思いながら、ふと先生を見て僕は自分の失敗を悟った。
そう、教室に入ってきた先生はかなりのおじいちゃん先生で、授業中に生徒が寝ていようが何をしていようが、お構いなしに授業を進めることで有名な先生だったのだ。
そんなわけでこの先生が行う授業のテストの平均点が軒並み低かったりするのだが、それはまた別の話であり、今は関係ない。
先生、お願いだから六花を起こして!
そう願ってみるけど、先生はいつも通り平坦な声で授業を執り行っている。
ふと背後に視線を感じて顧みれば、楓と里井が揃ってにやりと笑っていた。
ま、まだだ!
まだ授業が終わるまで時間はある!
その間に先生が気まぐれを起こして……なんて思っていた時期が僕にもありました。
うん、大方の予想通り、結局先生はそのまま授業を終えて帰っていった。
これで僕の負けは確定し、空が僕の肩を同情するように叩いた。
……同情するなら金をくれ……。
さて、残すはこの休憩時間に起きるか、それとも最後まで起きないかの二択。
何となく里井が勝つのは癪なので、楓を応援することにしながら、六花をじっと見つめてみるけど、一向に起きる気配はない。
そして、とうとう三限が開始され……。
「起きなさい、粟飯原」
「……ふぁ?」
授業中に先生に起こされた。
これは里井の一人勝ちか……。
そう思いつつ里井の方を覗き見ると、にっこりとした笑みを返してきた。
その笑顔が腹立たしいが、負けたのなら仕方がない。
そんなわけで、僕と空、楓は賭けに敗け、里井にジュースを奢ることになってしまった。
まぁ、嫌がらせの意味も込めて、全員二リットルのペットボトルをプレゼントしてやったんだけどね!
その後も、あれだけ大量に犯しを食べた六花が、更に昼ごはんもたくさん食べて呆れたり、里井がジュースの処分に困ったりと、いつもとあまり変わり映えのしない時間を過ごしたその日の放課後。
部活に行くという空と楓と別れた僕と六花、里井の三人は、並んで校門まで歩いていた。
ちなみに我が文芸部は、部長不在の間は部活をしないということになっているらしい。
「文君や里井君と一緒に帰るなんて、何だか変な感じ……」
六花がぽつりと言い、僕や里井も同意するように頷く。
「ま、これから数日は一緒に帰るさ。どうせ、部活もないんだし」
「そうだね。少しの間だけど一緒に帰ろうね、粟飯原さん」
僕と里井の言葉に、ぱっと顔を輝かせた六花は数歩前に行ってからくるりと振り返る。
「じゃあ、早速これからミ○ドに……」
「行かない」
「ごめんね、粟飯原さん」
「え、えぇ!? 二人とも!? 今、完全に寄り道する流れだったよね!?」
まさか断れるとは思ってなかったのか、六花が困惑する。
「僕は二人とは家が反対方向だから……」
「え? あ、ああ、そうなんだ……。それじゃ仕方ないね……」
本当にすまなさそうに言う里井を見て、仕方なさそうに諦めた六花は、だけど僕だけは逃がさないとばかりに、僕のカバンをがっちりとつかむ。
「文君は一緒の方向だし、寄り道できるよね?」
「あ、いや、僕は……」
「できるよね?」
そんな満面の笑みで迫ってこないでほしいと思いつつ里井の方を見ると、奴は「じゃあ、また明日~」と言いながらいい笑顔を浮かべて去っていった。
この裏切り者め!
里井に一抹の殺意を覚えつつ、どうやって六花から逃げようかと考えたけど、六花の有無を言わさない迫力に押し負けて、結局寄り道に付き合うことになってしまった。
まぁ、たまにはいいか。
◆◇◆
そんな穏やかな日々を過ごして数日後。
二年生たちの修学旅行が終わり、校内にまた騒がしさが戻ってきて数日後。
昼休みに部長からメールで、今日から部活再開だという連絡を受けていた僕と里井が部室で舞っていると……。
「はろーえぶりばでー」
ドアをがらりと開けた部長が、何故か英語であいさつをしてきた。
「そして、早速お待ちかねのお土産タイムだ!」
そう言いながらカバンをどんと机の上に置いた部長は、ごそごそと漁って箱を一つ取り出すと、里井に手渡した。
「直重君にはこれだ。定番だが、スコーンを買ってきた」
「ありがとうございます」
里井が恭しく受け取ると、部長は再びカバンを漁り、何かを取り出した。
「そして、文隆君。君にはこれだ」
そう言って手渡してきたのは小さな箱だった。
はて、キーホルダーか何かかなと思っていると、部長が何かを期待するような目をしながら「開けてみたまえ」と促してきた。
とりあえず包装紙を外して箱を開けてみると水が満たされた小さなビンが入っていた。
「これは……何ですか?」
嫌な予感がしつつ、ビンを取り上げながら訊いてみると、部長はにやりと笑いながら胸を張った。
「聞いて驚くなよ? それはな……なんと! ネス湖の水だ!! どうだ? 驚いたろう?」
「な、何だって~~~~~~~っ!」
すごくいらない物だった!
部長の期待とは別の意味で驚く僕を無視して、更にカバンを漁った部長は、次々とお土産を取り出していく。
「こっちのチョコレートは六花君にあげよう。これは……、沙条先生でいいか。こっちは家族だな」
「ちょ、ちょっと待ってください部長!」
お土産を整理する部長に慌てて呼びかける。
「何だ?」
「いや、何だじゃなくて……。どうしてお土産がネス湖の水なんですか?」
「イギリスらしいだろう?」
「確かに! いやそうじゃなくて! いくらなんでもこれは……」
「いやぁ、これを見つけた時は正直私も驚いたよ。まさかロンドンの免税店でこんなものにお目にかかれるとは思ってもみなかったからな!」
「しかも、現地で買ったものじゃなかった!?」
「文隆君は普通のより、こういうのが好きなんだろうと思って、半ば反射的に買ってしまったよ」
「いらない気づかいだった!」
まさかこう来るとは思ってもみなかった。
いや、うん、まあ部長らしいんですけどね!
この日以降、部室にはネス湖の水が入ったビンが置かれることになった。
まぁ、一週間くらいで存在を忘れて、年末大掃除の時にはゴミとして捨てられることになるのだけど。
ちなみに、里井が貰ったスコーンのお土産は、その日のうちに文芸部員と先生、ちょうどお土産を取りに来た友人三人組と一緒に食べつくした。
~~おまけ~~
部長「なに!? 六花君がそんな愛らしい姿を見せていたのか!? くぅ!? なんたる失態!!」
文隆「まぁ、でも部長は修学旅行を楽しんだからいいじゃないですか」
部長「それとこれとは別なのだよ、文隆君! と言うわけで今から六花君を餌付けしてくる!!」
文隆「猛獣に餌を与えないでください!」