第2話 僕のクラスにはイケメンがいる
「…………つまりこの世界四大文明の中でも最古といわれるエジプト文明は…………」
黒板にいろいろと書き連ねながら、先生がああだこうだと説明しているのを聞き流しながら、僕は自分の席(日当たりのいい窓際の、一番後ろという最高のポジション)から、ぐるりとクラスメイト達を見回す。
どうどうと居眠りをしたり、まじめにノートを取ったり、友達と話していたり、皆が思い思いに授業時間をすごしている中で、僕は密かにため息をつきながら、内心でぼやく。
「(どうしてこうなった…………)」
◆◇◆
事の起こりは数日前の文芸部の部室だった。
その日、僕は特に部長から宿題を出されたわけでもなく、実に平和な放課後を過ごしていた。
適当に淹れたコーヒーを飲みながら、本棚に雑多に詰め込まれた小説を適当に流し読む。うん、我ながらに実に優雅な放課後だと思う。
ちなみに部長はというと、部長会議とやらに出席しているため、遅れてくるらしい。
ぱらぱらとページをめくりながら、コーヒーを口に含んでのんびりとしていると、部長が会議から戻ってきた。
「遅くなった。すまないな」
一言謝りながら、コーヒーサーバーから自分専用のカップにコーヒーをなみなみと注ぐと、手近な小説を手元に引き寄せて、パラパラと本をめくり始めた。
どうやら、今日は部長も仕事せずに、のんびりするつもりのようだ。
ちらりと横目で観察した後、読書に戻る僕。
そうして少し静かな時間が過ぎた後、部長が思い出したようにポツリとつぶやいた。
「あ、そうだ。今月中にあと一人部員が入らなかったら、廃部だから」
「へぇ、そうなんですか…………………………………………ん?」
今、部長から衝撃的な事実を聞かされたような気がしたけど、気のせいだよな? で、でも念のためにもう一回……。
「あの……部長?」
「何かな?」
普段どおりの部長の態度に、気のせいだと思いつつ、聞き返す。
「あの……、もう一度言ってもらえますか?」
「む? 君も変な趣味があるんだな。仕方ない、もう一度だけだぞ? 何かな?」
「そこじゃねぇよ!」
変な趣味云々から、嫌な予感がしていたけど、案の定、部長がボケてきたので、条件反射的にツッコむ僕。
「なんとなくやるだろうとは思ってましたけど、今聞きたいのはそこじゃないですよ!?」
「む? ならどこだというのだ? 私はてっきり君が声に興奮を覚える、ちょっと変わった趣味なのかと……」
「そんな趣味ねぇですよ!? 僕はいたって普通! ノーマルです!」
「そういうやつに限って、裏ではアブノーマルな性癖があったりするんだよな」
「あ、そういえば、そういうやつ多いですね。といっても、僕は本当に……じゃなくて!」
話がどんどんずれていっている気がしたので、強引に修正する。
「部長が、さっきさらりと言ったことですよ!」
「さらりと……? ああ、『今月中に部員をあと一人集めないと廃部する』というやつか? それが何か?」
「分かってんなら最初から言ってくださいよ! ってそうじゃなくて! 何でそんな重大なことをさらりと言うんですか!?」
「む? もっと重大ニュースを伝えるように言ったほうがよかったか?」
部長はそういうと、読んでいた本にしおりを挟んでぱたりと閉じると、すたすたと部屋から出て行った。
突然のことに唖然とする僕をよそに部屋から出た部長は、一度扉を締めたあと、
――ズバン!
ものすごい勢いで扉を再び開け、
「た、たたた大変だ! 今月中に部員をあと一人確保しないとこの部は廃部だ!!」
くわっと目を見開いて、そう言ってきた。息を切らせて、今まさに到着したばかりという演技までしているあたり、無駄に細かい。
「こんな感じのほうがよかったか?」
「ああ、そういう感じなら伝わりやすいですね…………………ってそうじゃなくて!」
「ふむ、ならこういうのもいいかもしれないな」
そう言って部長は自分の席に座ると、適当なプリントを手元に置いた。
「……………………?」
部長の行動を見守っていると、部長はプリントを手にもって、軽く咳払いをした後、落ち着いた声を出した。
「緊急ニュースです。たった今入った情報によりますと、「私立伊吹学園 文芸部」に廃部の危機が迫っているようです。どうやら今月中に部員を集めないと廃部のようです。以上、緊急ニュースでした
続いての話題はこちら……。先日、旭山動物園で生まれたばかりの白熊の赤ちゃんです。可愛いですよね。もこもこした毛とか、つぶらな瞳とか。私もぜひ見に行きたいです」
「緊急ニュース扱い軽っ!! 動物の赤ちゃんに話題裂きすぎ! って、だからそうじゃなくて!」
「何だというのだ? 君はさっきからわがままだな」
「そういう問題じゃないですよねぇ!? 今そこを問題にしてないですよねぇ!?」
部長のボケに律儀にツッコミをいれて疲れた僕は、肩で息をしながら机に突っ伏した。そのままだらだらした姿勢を維持しながら、静かに部長に訊く。
「というか、部長は何でそんなに落ち着いてるんですか? 廃部するかもしれないっていうのに……」
「まぁ、慌てたところでどうしようもないものだからな」
「でも廃部は嫌ですよ……。部長に拉致同然に連れてこられた文芸部ですけど……。意外に居心地いいんですから……」
「……そうか。君はそう思ってくれていたんだな……。ならばこの件は君に一任しよう」
「…………はっ?」
部長の突然の提案に、僕は間抜けな顔を晒す。
「君がこの文芸部を大切に思ってくれているのは良く分かったからな。ならば、新しい部員の確保も君のほうが適任だろう?」
にやりと笑う部長を見て、僕は謀られたことをようやく悟った。
◆◇◆
こうして、翌日から早速新入部員探しが始まったわけなんだけど……、入学式が終わってからすでに二週間以上が経過して、部活に入ると決めていた一年生は、すでに希望の部活に入っているわけで。
逆に、今どこの部活にも所属していないのは、帰宅部の連中だけということになる。
すでに部活に所属している一年生は論外として、帰宅部の連中もやる気がないから部活に入らなかったわけで。そうなると当然、文芸部に入ってくれそうな人はいないのは自明の理というやつだ。
さてどうしようかと困った僕は、お昼ご飯を食べながら、一緒にテーブルを囲う友達に聞いてみた。
「なぁ、誰か部活に入ってなくて、入ってくれそうなやついないかな?」
「さすがにそんなやついないだろ……」
と友人A。
「大体、この時期に部活に入ろうとするやつは、よっぽどの変わり者だろ」
と友人B。
「ですよねぇ~」
弁当を片付けてダレる僕に、友人Cが朗報をもたらした。
「あ、でもあの人ならもしかしたら……」
そう言って友人Cが指差したのはイケメンだった。
そう、僕のクラスにはイケメンがいる。
どこぞのライトノベルのタイトルみたいだが、実際にそいつはイケメンなのだ。
出席番号十二番、里井直重。
クラス……、いや、もしかしたら学年でも最高峰の爽やかなイケメンで、クラスの女子どころか、すれ違う女子達にもキャーキャーと騒がれるほどだ。
ただ、彼は自分のイケメンを鼻にかけるでもなく、どこか人と距離を置いているように感じる。
そんな彼を見て、友人Bが嫌そうに顔をゆがめる。
「アイツはダメだろ。男の敵だし」
「いや、それは別に関係ないんだけど……」
軽くツッコミを入れた後、僕はそいつに声を掛けることに決めた。
帰りのホームルームが始まる直前、僕は部長に少しだけ部活に遅れるとメールを送り、ホームルームが終わった直後に帰ろうとする標的を慌てて呼び止めた。
「ちょっと待った!」
「…………?」
訝しげに振り返るイケメン。
こうしてみると、やっぱり格好いいと思う。女子たちが騒ぐのも頷ける話だ……ってそうじゃなくて!
「何の用だい?」
そのイケメンに訊かれて、あわてて僕は答える。
「あ、あのさ、そ、その……、も、もしよかったら文芸部に入ってくれないかな……って思ったんだけど……。あ、嫌だったらもちろん断ってくれていいんだ。ただ、文芸部は今月中にあと一人入らないと、廃部するって言われて……」
「文芸部……?」
里井は少しだけ何かを考えるようにしていたけど、すぐに返事をくれた。
「別に入ってもいいよ」
「へっ?」
「だから、別に入ってもいいって……」
「え? マジ?」
「マジ」
「Really?」
「何で英語? Yes」
「ドンと来い?」
「……超常現象?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
何かが通じ合った僕達は、がしっと手を握る。
「じゃあ、明日から早速」
「了解」
こうして次の日から、文芸部に新しく部員が入り、無事に文芸部の廃部は免れた。
まぁ、僕はこの里井を入部させたことを後で後悔する事になるんだけど……。
~~おまけ~~
部長「ところで文隆君……」
文隆「何ですか、部長?」
部長「凄く今更だが、流石に「ドンと○い超常現象」はネタ的に古いんじゃないか?」
文隆「あ~……言われてみれば………………って何で知ってるんですか!?」
部長「ふふふふふふ……」