第11話 夏がやってくる
梅雨が明け、セミが騒ぎ始めるこの時期、僕たち学生を苦しめるあれが、またやってきた……。
そう、期末試験だ。
じーじーとうるさいセミに殺意を覚えつつ、空調の整った部室で勉強をする。
今回は、前回みたいな妨害が入らないように、部長と里井にはくぎを刺してあるので、安心だ。
時々、コーヒーを飲みながら、黙々とテスト勉強をしていると、同じように勉強していた部長がぽつりと呟いた。
「……つまらん」
一瞬だけ手を止めた僕は、それを無視するように勉強を再開させる。
「……………つまらん」
もう一度部長が同じことを言うけど、僕はそれを無視する。
すると、部長は矛先を僕から里井に変えた。
「直重君……、君もつまらないと思わないか?」
話を振られた里井は、手を止めてしばし考え込んだ後(多分、状況が面白くなるように考えているのだろう)、部長に同意した。
「そうですね。僕も退屈です」
この野郎……、お前、絶対に面白くなるように考えただろう。
僕が里井を睨み付けると、里井はにやりと笑いやがった。
そんな僕と里井のやり取りを知ってか知らずか、部長はわざとらしくため息をついた。
「はぁ……。そうだよなぁ……ちら。人間、勉強ばかりしてたら疲れるし、退屈になるよなぁ……ちら……」
わざわざ「ちら」と口に出しながら僕を見るのが腹立たしい。
すると、里井も援護射撃を開始する。
「僕もそろそろ勉強に飽きてきたし、そろそろ休憩しようかなぁとおもうんだけどなぁ……」
二人揃ってぶーぶーと文句を言ってくる。
「「ぶーぶー」」
……訂正。
実際にぶーぶー言っていた。
こうなると、僕が折れるまで彼らはやめないことを学習していた僕は、ため息をつくと、ノートをぱたりと閉じた。
「ああもう! 分かりましたよ! その代り、後で勉強教えてもらいますからね!」
「問題ない」
「それで、一体何をするつもりなんですか?」
「そうだな……今回は……これだ!」
マンガなら「ばばーん」と効果音が付きそうなほど勢いよく出したそれは、一組のトランプだった。
「今回はトランプでの三本勝負だ。勝負内容は、それぞれの競技の勝者が決める」
勝負の内容次第では、自分の有利な状況に持っていけるというわけだ。
僕が得心していると、部長が不敵な笑みを浮かべる。
「どうやら文隆君もやる気になったようだな。いいだろう、私も全力でお相手いたそう!」
部長がどこぞのやられキャラのようなセリフを吐いて、文芸部員による仁義なき戦いが始まった。
最初はポーカー。
部長がいかさまできないように、僕と里井も一緒にカードをシャッフルしたのにも関わらず、部長が手札を全部捨てて、新たに引きなおして出来上がった役がロイヤルストレートフラッシュという恐るべきものだったのに驚愕し、次のゲームのババ抜きでは里井のポーカーフェイスにしてやられ、最後のブラックジャックでは、僕がブラフで部長と里井を下させることに成功した。
ここまでの戦績は全員が一勝二敗のイーブン。このまま勝者が決まらないのは癪だと考えた部長が、最後の勝負に持ち出してきたゲームが、インディアンポーカー。
各自がランダムに配られた自分のカードを見ずに額に当て、他の人のカードを見て、自分のカードが勝っているかどうかを判断し、最後まで残った人が勝者という、中々にコアなゲームだった。
部長の強運、僕のハッタリ、里井のポーカーフェイスと腹黒さ。全員が腹の探り合いをしながら、一進一退の言葉の攻防の勝者は、里井だった。
「勝者は直重君か……。では、直重君には、我々二人に対する命令権をそれぞれ一つずつ進呈しよう……」
少し悔しそうに言う部長に里井はにっこり笑うと、すぐにその命令権を行使した。
「では、テスト期間中はここに集まって、勉強しながら時々遊ぶってことで」
意外な里井の命令に、僕と部長は顔を見合わせた後、参ったとばかりに肩をすくめた。
こうしてテスト期間中の一週間。
僕らは毎日のように部室に集まっては、勉強したり、部長や里井のボケにツッコんだりしながら過ごしていった。
そして、やってきた期末テスト。
部室で勉強をしたおかげか、今回は特に悩んだり躓いたりすることもなく、余裕を持って対処できた。
それからしばらくして。
全てのテストが帰ってきたので、いつもの四人に里井を加えて、テスト結果を見せ合いをすることになった。
個人的には今回の結果は上々なものだ。
だけど、やっぱり上には上がいた。
「今回のテストは割と楽だったな」
空が余裕そうな笑みを浮かべる。
「まぁ、それなりかな……」
六花が控えめに言う。
「こんなものだろう」
楓が飄々とする。
「今回は簡単だったね」
里井が僕に同意を求める。
「ちくしょう! お前ら全員敵だ!」
僕の結果が一番悪かった!
「僕があんなに苦労して勉強してやっとこれなのに……」
自信喪失して落ち込む僕の肩を、六花が優しく叩いた。
「まぁまぁ、次はもっと頑張ればいいよ」
全員がうんうんと頷くのをみて、僕は低い声でぼそっとつぶやく。
「その余裕が……」
「文君……」
少し哀しげな顔になる六花。
それを見て、ふと思い立つ。
よし、ここは六花には悪いけど、彼女で癒されよう。
「恨めしや~」
だらりと手を下げて、俯きながらできるだけ低い声で言う。
「うらめしやって……、幽霊じゃないんだから……」
「とりっぷおあとりーと?」
「何でいきなりハロウィン!? というか、トリップじゃなくて、トリックだよ!?」
「お前たちのやっていることは全部すべてまるっとごりっとお見通しだ!」
「トリック違い!?」
「サッカーで、同一人物がゴールを三連続で決める……」
「それはハットトリック!」
「お酒の熱燗を入れる……」
「それはとっくり!」
「日がとっくりと暮れた……」
「とっぷり!? ていうか、さっきからダジャレになってる! ちょっと何でみんな止めてくれないの!?」
六花を除く全員が温かい目で僕らを見ていて怒る六花の肩を僕は叩いた。
「六花……、それはな……。坊やだからさ!」
「私は坊やじゃないよ!?」
「ガールだからさ!」
「うん! そうなんだけどね! なんか違うよね!」
「もう、ガールしていいよね……?」
「それはゴール! っていうか、さっきから文君のボケが雑になってるよ!?」
「……うん、正直すまんかった……。ちょっとやりすぎた。反省してる……」
「え、あ、うん、分かってくれればいいんだけど……」
「次からはちゃんとボケるね!」
「もうやめて~~~~~~~っ!」
六花の悲鳴が上がったところで、僕はボケを止める。
うん、存分に癒された……。
ただ、正直やりすぎたと思わなくもない。
だから、良心の呵責も手伝って、僕はすんすん泣く六花の頭を撫でながら、素直に謝った。
「悪い六花。少しやりすぎた。反省してる……」
「うぅ……、文君がボケた……。文君はツッコミなのに……」
「そっち!?」
「文君がボケるなんて認めないんだからね!」
「ツンデレみたいに言われた!?」
「べ、別にあんたのツッコミが好きなわけじゃないんだからね!」
「本格的にツンデレ!?」
「文君はボケちゃだめなんだよ? くすくす。分かってるよね?」
「まさかのヤンデレ!?」
六花の眼からハイライトが消えていた!
と、突然、六花が僕を思いっきり殴る。
「ぐぼぉっ!」
悲鳴を上げながら倒れる僕に、六花は顔を赤くしながら言った。
「あ、い、今のは……は、恥ずかしかったから!」
段々遠のいていく意識の中で、空がしたり顔で言うのが聞こえた。
「まさか、新たなるデレ、ボコデレに開眼するとは……恐るべし六花……」
空の言葉に、里井、楓がうんうんうなずくのが見え、僕はツッコみながら意識を手放した。
「それよりも、僕を助けて……」
そして意識がブラックアウトした。
こんな感じで、ドタバタと日々を過ごしているうちに、学校が終業式を迎え、いよいよ待望の夏休みがやってくる。
~~おまけ~~
文隆「ねぇ、部長……」
部長「どうしたんだ、文隆君?」
文隆「僕……常々思ってたんですけど……、作者のボケって古くないですか?」
部長「文隆君……それは言わない約束だ……。何せ、作者は昭和生まれな上に、ボケのレパートリーもそれほど持ってないのだ……」
文隆「ああ、なるほど……。確かにいまどきの子に「トリ○ク」とか「A○R」とか通じないですよね……」
部長「ああ。しかも作者は意外と鍵っ子らしくてな……。ちょいちょいネタを混ぜてくるんだ……」
文隆「鍵っ子……まぁ、あのレーベルは僕も好きですけど……」
作者「あなたたち……、この後書きで作者をイジるのはやめてくれませんかねぇ!?」
部長&文隆「だが断る!!」