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第10話 熱暴走

 七月に入り、日差しがだいぶ熱くなってきたある日のこと。

 私――五十嵐瑞枝が学校への通学路を歩いているときのことだった。


「あ~……、ぶちょ~。おはよ~ござ~ます……」


 いささか気の抜けた声ではあるが、声をかけてきたのは間違いなく、文芸部の後輩の西村文隆君だろう。


「ああ、おはよ……」


 挨拶を返そうと文隆君を振り返った私は、思わず言葉を途切れさせてしまった。


 何せ、文隆君の顔が真っ赤を通り越して、真っ青になりつつあったからだ。

 おそらく体調不良なのだろう。それでも学校に来る当たり、生真面目な彼らしいと言えば彼らしいのだが……。

 とにかく、今日は家に帰すべきだろうと思い直した私が若干の呆れを込めて注意しようとした。


「君は……、顔が真っ赤じゃないか。体調でも悪いのだろう?」

「そうですかぁ……、顔が赤いのはぶちょーが可愛いからじゃないですかね」

「っ!?」


 今彼は何と言った?

 私が、かかか、かかかかか可愛いだと!?


 思わぬセリフに、こっちが真っ赤になっていると、彼はけらけらと笑い出した。


「あははは~。ぶちょ~が真っ赤になった」


 そのまま彼は、ふらふらと頼りない足取りで先に行ってしまい、後には、顔を真っ赤にして照れる私だけが残された。


「ういーっす」


 俺――季高空が適当に挨拶をしながら教室に入ると、既に来ていた幼馴染で友人の九条楓が軽く手を上げて挨拶を返してきた。


「やあ、おはよう、空」

「おっはよー! 空君! 楓ちゃん!」


 勢いよく後ろから背中を叩いてきたのは粟飯原六花。

 中学時代からの知り合いで、俺の友達でもある。


「おう、おはよう……。あれ? そう言えば文隆は?」


 もう一人の友達、西村文隆の声が聞こえなかった俺がそう訊くと、楓が黙って指をさした。

 不思議に思いながら、六花と一緒にそっちを見ると、文隆は虚ろな目で外をぼうっと眺めていた。


「「……?」」


 六花と一緒に首を傾げると、楓が困ったように肩をすくめた。


「今朝からずっとあの調子でね。私が声を掛けても反応しないんだよ……」

「文君……」


 六花が少し心配そうな顔をした後、俯いて何かをぶつぶつつぶやいた。


「……虚ろな目、外の景色、反応…………はっ! まさか!」


 何か分かったのだろうか、突然六花がくわっと目を開いた。


「何か分かった?」


 楓が訊くと、六花はわなわなと震えて、こう口にした。


「文君! まさか恋煩い!?」

「「……………」」


 訊いた俺たちが馬鹿だった。

 俺と楓は、わなわなと震え続ける六花を放置して、文隆に声を掛けてみた。


「よっ!」

「…………」

「反応がない……、ただの屍のようだ……」


 ……楓さん? 今回の場合、それはちょっと洒落にならないですから。

 文隆の顔色が明らかに悪いし、どことなく呼吸も荒い。


 もしかしてと思って、俺が文隆の額に手を当てようとした瞬間だった。

 にゅっと文隆の後ろから手が伸びたかと思うと、そのまま後ろから、頭を抱きしめるようにしながら誰かが手を当てた。


 俺たちがその手の持ち主に目を向けると、そいつは文隆と同じ文芸部員で、俺たちのクラスメイト、里井直重だった。


「おや、熱があるようだね……。駄目じゃないか。こんな状態で学校に来ちゃ……」


 やっていることはアレだが、奴の言っていることは至極まともだ。

 だから、俺たちも里井に倣って、文隆に帰るように言おうとした瞬間だった。


 いきなり、文隆が里井の手を掴むと自分の方に引き寄せた。

 バランスを崩して、文隆にもたれかかるように倒れそうになる里井。まさか、このままベーコンレタスな展開になるのかと思いきや、文隆の身体がふっと里井の下に潜り込んだ。


「…………?」


 突然の事態について行けない里井の下に潜り込んだ文隆は、そのまま勢いよく里井の鳩尾に肘を叩きつけた。


 ――ズンッ!


 鈍い音が聞こえ、里井が苦悶に顔を歪める。

 しかし、文隆は止まらず、流れるように次々と攻撃を叩き込んでいく。

 掌底でかち上げ、拳で抉り、肘で突き、膝で突きあげ、脚で叩き落とす。


 まるで、ジ○ッキー・チ○ンや、ジェ○ト・○ーが映画の中で見せるような中国拳法だ。

 床に叩き伏せられた里井が、衝撃のあまり、ぴくぴくと痙攣していた。


「里井!?」


 慌てて里井を抱き起すと、里井は文隆に向かって震えながらサムズアップを見せる。


「いつの間に、泥酔拳なんて覚えたんだい……? 見……事……だっ……た……」


 そのまま気を失ってしまった。


「あ、あれ、酔拳だったんだ……」


 六花の場違いな感想が聞こえた気がしたが、それを無視して、文隆に詰め寄ろうとした瞬間、文隆がふらふらと頼りない足取りで、教室を出ていってしまった。


「あ! おい! 文隆!」


 慌てて呼び止めようとしたけど、時すでに遅し。文隆はそのまま廊下へ出ていってしまった。


「ちっ! 六花! 追うぞ! 今のあいつは何をしでかすか分からない! 楓はこいつを保健室へ連れて行ってくれ!」

「分かった!」


 そして俺と六花は、文隆を追って廊下へと出ていった。

 つか、文隆のやつ、何であんなに足が速いんだよ! あんなふらふらしてるし、走ってるわけでもないのに……!



「おはようございます! 山田さん!」

「おう」

「ざまっす! 山田さん!」

「おう」


 さっきから、気合の入った格好の連中とすれ違うたびに、気合を入れて挨拶される俺の名は山田。この学校のあぶれ者たちを取りまとめる、昔風に言うなら番長だ。

 そんな俺は、一般生徒や教師からは恐れられている。何せ、不良たちのトップなんだからな。


 今日も俺が廊下を歩けば、皆が横にそれて俺を恐ろしいものを見るような……いや、実際に怯えた眼で見てくる。

 それが俺を余計に苛立たせてるとも知らずに……。

 そうやって、俺が不機嫌に廊下を歩いていると、一人の男子生徒がふらふらと歩いてくるのが見えた。


 どうせあいつも俺を避けて……、そう思った矢先。

 そいつは俺と真正面からぶつかりやがった。


「ってぇなぁ、おい!」


 そいつの肩を掴んで引き留め、その場で謝らせようとした瞬間、そいつは俺の手を取り、そのまま肘を叩き込んできやがった。


「ぐぅっ!?」


 俺を恐れるどころか、ケンカを吹っかけてきやがった奴は珍しい。

 自分の中で何かが滾った俺は、にやりと笑うと、そいつに思いっきり殴りかかった。


「おらぁっ!」


 渾身の気合を込めた拳を、しかし、そいつはふらりと躱す。


「やるじゃねぇか……、だったら、これでどうだ!」


 俺はボクシングみたいに構えると、素早く拳を打ち出していく。


「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらぁっ!!」


 だけど、奴は無言でのらりくらりと拳を躱していく。

 決して速い動きではないのに、まったく当たる気配がない。


「はぁ……、はぁ……」


 さすがに息が切れて、俺が拳を止めた途端、奴がゆらりと俺に近づいてきたと思った瞬間、


「……っ!?」


 胸に凄まじい衝撃を感じて、俺は気が付けば吹っ飛んでいた。


 何が起こった?

 痛む胸を押さえながらゆっくりと起き上がると、奴の姿はどこにもなかった。


 後から走ってきた二人組に奴のことを訊くと、奴は「西村文隆」というらしい……。

 慌てて、その西村を追いかけていく二人組の背中を、俺は見送った。


 今日もかったるい……。

 私――沙条怜奈が、だるい気分になりながら廊下を歩いていると、前からふらふらと一人の男子生徒が歩いてきた。


「あれは……文芸部の? おい、西村!」


 その人物に心当たりがあった私が、声を掛けようとした瞬間……、いきなり西村が私に殴りかかってきた。


 紙一重でそれを避けた私が、西村をよく見てみると、どうやら熱に浮かされているらしく、虚ろな目をしている。


「ちっ……!」


 舌打ちをしてから、私は西村の肩と腹に手を当てて、足払いをしながら思いっきり両腕を回転させた。

 どさりと音を立てて床に倒れ込んだ西村の首筋に、すかさず私は手刀を叩き込む。

「ぐぅっ!?」


 短い悲鳴を上げて、西村はそのまま意識を失った。

 後の処理を、追いかけてきた二人の生徒に任せて、私はため息をつきながらその場を立ち去った。




◆◇◆




 身体が熱くて痛くて、僕はゆっくりと目を覚ました。どうやらいつの間にか眠っていたらしく、僕は見慣れた自分の部屋の天井を見ながら、ほうっと息を吐いた。


 部屋の中は暗く、枕元に置いた携帯で時間を見てみると、既に夜の九時を回っていた。

 ……何だか学校でいろいろとあった気がしたけど、気のせいだよね?


 何となく不安になりながらぼうっとしていると、突然携帯電話が電話の着信を告げた。


「わっ!」


 びっくりしながら相手を見てみると、相手は僕の友人の空だった。


「もしもし?」

『もしもし? 文隆? 大丈夫か?』

「大丈夫って何が?」

『何がって、お前、今日学校で変な行動してただろ? だから心配になって……』

「え? 学校で変な行動?」


 嫌な予感がしつつ、恐る恐るその「変な行動」について訊いてみる。


『何だ? 覚えてないのか? お前、何か里井とか、番長の山田をぶっとばしてたし、白衣の先生に襲い掛かって、返り討ちになってたぞ?』

「……………マジで?」

『マジで……』

「嘘だ!」

『嘘じゃない』

「……………嘘だと言ってくれ……………」

『すまん。嘘じゃないんだ…………。それじゃ、また明日学校で………』


 ――ぷつっ! つー、つー


 無機質な電子音を耳しながら、僕は頭を抱え込んだ。


「嘘だ~~~~~~~~~~~~っ!!」


 今日あったことをおぼろげに思い出した。

 顔を赤くした先輩、痙攣する里井、番長とのケンカ、そして先生……。

 明日、学校で何が待っているかと思うと行きたくなくなった。

~~おまけ~~


文隆「あ、部長! おはようございます」

部長「むっ!? あ……ああ文隆君おはよう……」

文隆「……どうしたんです? 顔を逸らして……?」

部長「どどどどうもしないぞ? 私は至って普通だむしろ君のほうがおかしいんじゃないか? わわわ私をかかかっかわ……」

文隆「ああ、そういえば部長。昨日は僕、熱に浮かされていたようで……。何か迷惑かけていませんか?」

部長「…………私の青春を返せ~~~~~!!」

文隆「部長!? 部長~~~~~!!!」

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