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「うん、これは香月さんのエゴだね」

パンケーキをつつきながら、向かう相手は真っ直ぐに私を斬った。

「イレギュラーに呼び出されたから来てみたけれど、そういうことだったとは思わなかったよ」

最古の付き合いである沖田との打ち合わせは、年に三回行っている。

小学生でTD出版社主催の新人賞を受賞して以来、苦楽を共にした担当。TD社の編集者だ。年齢差は10と少し。兄弟のようでいて、出版業界の親みたいな位置にいる。

相手は東京にいるので、普段はメールと電話でのやりとりだ。春と夏と冬はこちらに出てきてもらい、適当な喫茶店やチェーン店で顔を合わせて打ち合わせをする。今でもこの時期なのは長期休暇に会っていた頃の名残だ。

高層階からビル群を見下ろすふりをして、私は沖田の目から少しでも逃れるようにした。

「はっきり言わせてもらうけど、お前が書かないことで何の得があるわけ。大多数の読者を捨てて、作品に失礼なことして、そんな人間が他の誰かを救えるとでも?」

「沖田さん」

「うん、フィクション・ノンフィクションに限らずそういう事例は0ではないだろうから、質問を変えるよ。相手はそれを手放しで喜んでくれるの?それは相手のためになるの?」

喜ばない、し。なっていない。

それ故こんな事態になっている。

一人でなにかをするには、もう手遅れなのかもしれない。

「香月さん、あなたは書くことを取ったらなにも残らない、なんて冗談でもいえない人だよ。作家にならなかったら、きっと大概の仕事に就けただろうし、そのうちのなにかは大成したよ」

買い被りすぎ。

顔に出たのか、沖田は笑いながらパンケーキにはちみつをかける。

「キャラクター小説と、sfと、児童小説を同時に執筆できるのが、誰にでもできるなんて思っちゃだめだよ。それは無自覚に人を傷つける」

顔をあげると、笑っていない瞳とぶつかった。

「その人のことを大事に思うなら離れろ」

言い返そうとして、なにもできなかった。

「ヤマアラシのジレンマだ。お前が近づけば近づくほど、きっと相手は傷つくよ。お前にそのつもりがなくても、純粋な厚意でも」

「私は」

「水瀬さん」

久しぶりに呼ばれた私の名前に、私自身が戸惑った。

「水瀬さん、あるいは香月さんのことでこじれてるなら、一人で考えるしかないんだよ。水瀬さんは香月さんでいることも、水瀬さん自身でいることも、責める必要はない。それは覚えておいて」

ならどうして。

どうして稲垣を傷つけたのだろう。



それから7年。私は職業作家として物語を書き続けている。稲垣とは没交渉になってしまったけれど、それらしいSNSを見かけたから、生きていることは知っている。

 今も作品を読んでくれているかはわからないけれど。生きる糧になっていたら、嬉しいと思う。

 ただ、会いたいとも思う。

 本を通してみてもらうだけじゃなくて、自分の言葉で、向かい合いたい。



「『届かない手紙をあなたへ今日もまた』……うん、往復書簡型の小説か。一週間で書いてくるとは思わなかったよ」

「どうでしょうか」

「香月さん」

「はい」

「原稿回してくれるのすっごく嬉しいんだけど、吟遊詩人シリーズの続編いつになる?」

「すみませーん、お会計ー」

「逃げんじゃねえぞ不定期連載とかできるの、お前のお化けみたいな販売部数故だからな他の出版でもおんなじようなことしてるよな!?」

「はははー」

「干されろ!」

「次の職何がいいと思います?」

「吟遊詩人シリーズを完結させてから転職しろ!」



 あなたが嫌というのなら。もちろん、本の中に隠れたままでいる。

 たぶん私はずっと書く。そして、未完成の話をつくったまま、死ぬ。

私が書く理由は、誰にも死んでほしくないからだ。待つことで生きてくれるなら、何作だって絶筆を作る。

完結主義者とは相容れない。未完成の話は、誰かが続きを書けばいい。




 :::::::::::::::::::::::

 読み終わってしまった。部屋は寒い。真冬に冷房をつけているのだから当たり前か。暗い部屋で明るい画面を見てしまったこともあり、目がさえている。私は冷房のスイッチを切って、上着を羽織った。

「…………私小説にも、ほどがある」

 部屋の電気をつけ、ノートパソコンを立ち上げる。

インターネットで調べることは決まっている。相模セナの作品リストだ。「未完の原稿」「異世界からの通行証」、どちらも発表されていない。

改題?もしくは珍しく単行本未収録の雑誌掲載作品?

そう考えて、相模セナ最大級のファンサイトを覗きにいく。

コンテンツ量に圧倒されつつチェックしても、やはり結果は同じだった。

ーー私はプロ作家の原稿をみてしまったことになる。これは大問題ではないか?

 最初で最後の2人でのサークル参加以来、私は佐井くんと連絡をとっていない。向こうからは連絡がきた。私が返事を出しあぐねていても、きた。鎖国みたいなものだろうか。

『モノクロが書籍になったから、見本を送る』と新刊本を送ってくれたり、『本が好きだから、司書の資格を大学でとろうと思う。羽瀬川さんのほうが適任だろうけど』という近況報告だったり。

 しだいにそれもなくなって、年賀状でのやりとりだけになってしまったけれど、頼りは欠かさず送ってくれた。

 4年間で、国語の教員免許を中高ともとったこと。司書教諭もあわせてとったこと。

 実習先での話。

 頑張っているんだなあと思いながら、私と佐井くんの距離は、どんどん離れていく。

 ちくりと、胸が痛かったことを覚えている。


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