プロローグ
プロローグ
ちゅぱちゅぱ……ちゅう……ちゅぱ……。
顎の下辺りから、獣が餌を舐めまわすような音が聞こえて来る。
周囲は暗がりに覆われているため、はっきりと視認することは出来ない。けれど、簡易的な壁に区切られた後ろの席では、ほぼ同じ光景が展開されているはずだった。
その更に後ろの席も、前の席もまた、同じはずだった。そんな席がおよそ五個から六個並び、隣には同じ列がもう一つ連なっていた。
ちゅぱ……ちゅう……ちゅちゅ……。
それにしても、激しい音の連続だった。大して面白い物でない事は嫌というほど知っていた。だが、あたしは少しばかりの好奇心にそそのかされた。ほぼ地面と平行に保っていた視線を、わずかに下に向ける。
眼下に広がっていたのは、予想通りの光景だった。つまり──
ちゅぱ……ちゅう……ちゅぱ、ちゅ……。
おおよそ三十路ほどであろう、かなり肥満体形な眼鏡の男が、さらけ出されたあたしの乳房にしゃぶりつき、乳首をむさぼるように舐めている様子だった。
あたしは上半身は裸、下半身も下着の上に短めの腰巻を巻いているだけだ。その状態で、長椅子に座った男に対面する形で跨り、適度に腰を動かしつつ、乳房を自由にさせているのである。
男は着衣のままで、剥き出しのバストに夢中になっているわけだ。当然、股間の息子さんは元気溌剌ボク大人だもん状態だが、断じて挿入などさせてはいない。
その光景の感想を、端的に一言で現わすなら──うむ、実にキモ醜い。
「あんっ」
あたしは短く、しかし確実に客の耳に届くよう音量を調整しつつ、喘ぎ声を上げる。客によっては声量に文句をつける奴もいるので、結構神経を使う所作である。
暗がりの中では余り意味がないかもしれないが、顔を性的興奮にしかめ、適度に頬を染めることも忘れない。こうした細かい芸が指名を呼ぶのだ。
念のために断っておくが、別にあたしは興奮しているわけでも、感じているわけでもない。もちろん一ミリリットルたりとも濡れちゃいない。あくまでこれは演技であり、客の興奮を煽るための常套手段だ。
そう、ここは店なのだ。サービスをチュウと上半身へのタッチに限定している代わりに、比較的料金も安く、敷居も低いめな、街の名物風俗店。その名も──『乳揉み酒場・A Queen Of the Night』である。