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恋愛短編集

デタラメ・ラプソディー

作者: Moku

 何かが唇に触れた気がした。

 ゆっくり目を開けた先に見知らぬ顔があった。私も目を見開いたし、眼鏡の男も目を丸くしていた。混乱しすぎて声をあげるでもなく、ぽかんと見つめるだけだった私を置いて彼が後ろに後ずさり脱兎のごとく逃げ出した。

 ファーストキス奪われたんじゃと気づいたのはその数分後で、保健室でこのまま呆然としているわけにもいかず親友を喫茶店に召喚して経緯を話したら腹かかえて笑われている現状。ハートブレイクにもほどがある。


「爆睡して気づかなかった棗も信じられないけど、その眼鏡も随分ベタなことするね!笑えるわぁ」

「笑えない!笑えないよ!!こういうのは両片想いの知り合いが一歩踏み出すためのシチュエーションであって、見知らぬ誰かにやられてもこわいから!!誰なの!?あの眼鏡誰なの!?」

「……本当に心あたりないの?」


 カラカラとドリンクの氷をストローで回す楓を見ながら一生懸命思い出してみるが心当たりは本当にない。

 少なくとも一緒に授業を受けている枠組みにはいないと思う。すると、委員会もなく帰宅部な私では極端に関わりが薄くなる。道端の草だって余程印象的じゃないと意識下には入らない。つまりはそういうことだ。


「一回も出会ったことのない相手にキスなんかしないよね。相手とは何度も出会ってると見た。ならいつも通りの行動してればそのうち会えるんじゃない?あくまで勘だけど」

「ふむ」


 楓が勘と言い出した時は八割当たるのでそのうちあの眼鏡とは会えるんだろう。そう思っていた翌日の事だった。

 映画館に行く通り道の本屋でばったりと会う眼鏡。ちょっぴり早すぎやしないだろうかと固まって凝視する。向こうもぎこちない様子で目線をそらした。


「気の迷いだ、許せ」


 話しかける前に言い捨ててまたもや逃げられた。未会計の本を持っていたので追おうにも追えなかったのが悔しい。

 また次に出会ったのは休日の待ち合わせ前で「犬に噛まれたと思え」と言い捨てて前回同様逃げた。こっちも急いでいたのでまたもや追いかけられなかった。


「あの眼鏡誰なのよ!誰なのよ!?」


 まず、許せもなにも、あの眼鏡はどこの誰なの。それすらわからず許すもなにもない。

 忘れようにも犬に噛まれたとか人のファーストキス奪っといてそれはないだろ。人生で一度しかないのに。


「落ち着きなよ。せっかく雪たんと会える日なのにぶすくれてたら絶対笑われるよ」

「そうだよね!雪は元気?」

「部活が死ぬほど忙しいみたいだけど元気だよ。その眼鏡くんの話も一応しておいたけど爆笑してた。生で追加情報聴きたいって」

「雪までそんなこと言って!人の不幸をなんだと思ってるの?」

「え、ネタ」

「ひどすぎる」


 楓と直接話す大切な時間をあの眼鏡の所為で悶々としている。他校だから毎日話せるわけではないのに呼び出しに付き合ってくれる辺りクールビューティーでも優しい姉御である。同い年だけど。


「雪は今どこにいるって?」

「近くのファミレスに部活仲間と居るってさ。迎えに来いだってさ」

「命令口調!笑顔の暴君!」

「チクっておこう」

「やめて!大人しく迎えにいこう。今すぐいこう」


 楓と雪は私の心の友で私が神奈川から東京に引っ越すまで毎日つるんでいた悪友でもある。今日は雪が部活の試合だったのでこれから合流だ。仲良し三人組で遊ぶのだ。

 ファミレスに入ってキョロキョロと周囲を見回した私はある一角で動きを止めた。ぴきりと固まる見覚えのある眼鏡。


「魔がさしたんだ」


 そう言い放ち脱兎で逃げ出した眼鏡を慌てて追おうとすると楓に首根っこつかまれた。

 なんで止めるんだ。あの眼鏡なんだよと主張したい私に向かって、ついっと指をさした方に顔を向けると笑い転げる雪がいた。


「ひぃ、おかしっ……やっぱりこうなるんじゃないかって、話聞いた時から期待してた!」

「酷い!」


 雪と同じ席に座っていたということは確実に知り合いだ。知ってたなら教えてくれたらいいのにと嘆くと、心当たりはあったけど身体的特徴を聞いていなかったから此処に招いたという。

 そして逃げ出した彼と嘆く私を見て大変ご満悦な様子だ。


「あの眼鏡だれなの!」

「あの眼鏡はね、今日練習試合した棗の学校の剣道部部長だよ。学園演劇で白雪姫やった棗に一目惚れして、俺を応援に来てた棗をいつも見つめていた軽度のストーカーさんだよ」

「その言い方こわい!」


 試合になれば楓と一緒に応援しに行ったけど全く記憶にかすりもしないということは、優勝常連の雪にボコボコにされていたということだ。

 私が学園演劇をしたのは三年前まだ神奈川にいた頃だという事実もこわいが、今は同じ学校だというのに出会わなかったのは何の罠かと思う。


「極度の恥ずかしがり屋で逃げ回ってるくせに、寝ている姿を見てリアル白雪姫だと口付けちゃう本当に気持ち悪い野郎だけど、棗のことが好きなんだってさ」

「その紹介に悪意を感じる!」

「大丈夫、良いやつだよ」

「その言葉が凄く胡散臭いよ!」


 雪に突っ込みを入れていると諦めろとばかりに楓に肩をたたかれた。

 ビー・クール。冷静になるんだ私。今考えるべきはあの眼鏡ではなく遊びのことだ。三人でカラオケボックスに入ったところで作戦会議がはじまった。これはあの眼鏡を追い詰めるのが雪の遊びの一つですか。返事はハイかイエスですね。捕まえることに他意はない。


 翌日、立てた作戦通りの手順で逃げ出した眼鏡を追い詰めていく。こちらは三人の頭脳で組み立ててるんだ。抜かりはない。

 誤算だったのは追いかけっこ途中に眼鏡が壁にぶつかって気絶したことだ。捕まえたのに話をするには起きるの待つしかない。

 保健室のベッドに横たわる顔はまじまじとみると割りと好みで、ストーカーらしいが悪い気はしないどころか、ちょっとムラムラしてきた。


 私のファーストキスはこの眼鏡に奪われたわけだし、取り返してもいいよねと寝て居る間に唇を重ねる。

 ぴくりとまつげが揺れて開かれる瞳を見つめながら、私は至近距離で可愛らしくにこりと笑った。

 さあ、逃げるのはもうおしまいだ。



「私になにかいうことあるんじゃないの、王子様?」



主に愛の告白とかな!

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