赤が似合う人
こんな噂がある
――赤が似合う人を探して彷徨う幽霊がいるのだと。
これは、美しい少女を愛した男の、長い長い追憶の物語
※オリジナル和風伝奇
※流血表現あり
初投稿作品でございます故、不足な部分や至らない点が多くあるかもしれません。ご了承のほどよろしくお願いします。
桜や海に代表されるように、美しいものには必ずと言っていいほど怖い噂が付きまとうものです。きっとこの夜景にも、いつの日か恐ろしい噂が生まれるのでしょうね。おや、驚かせてしまいましたね。コレは失敬。いやぁでも良いものでしょう、深く青い海と富士の山を見渡すこの景色。貴方は観光ですか?ここ、穴場なのですよ。鎌倉は初めてのようで…いえいえ、僕は怪しいものではございません。この景色と鎌倉を愛するだけの孤独な男でございます。ところで宿のチェックインまではまだ時間があるようですね。なに、この辺りに長いことおりますからそのようなことまでわかってしまうのですよ。時間があるのならば少しばかり僕の話を聞いてくださいな。覚えておかなくても良いですからね、この景色のつまみにでもしてくださいな。
僕には昔、血の繋がらない妹のようなものが居ましてね、その子が美しいやら可愛いやらでたまらなかったのですよ。先ほども言いましたが、美しいものには怖い噂というのがつきものですから、きっと彼女もその類であったのでしょう。ええ、彼女は美しかったのです。この僕が言うのですから間違いありません。え、僕が誰だって?そんなこと、今はどうでも良いではありませんか。ここであったが何かの縁、ちょいとばかり僕の話を聞いてくださいな。僕の美しい………妹の話を。
いや、何度も言いますが、彼女はとても美しかったのです。年はまだ若すぎるくらいでしたがね、すでに成長が恐ろしいほどに完成された美しさを持つ少女だったのです。
するどい目はこちらの心の中までも見透かしているようで、それでいて黒く大きい瞳から目を離せない。二重も良かったのでしょうが、それ以上に妙な説得力のある瞳をしていました。もうそれはそれは虜になってしまうほどに。彼女が美しかったのは何も目だけではないのですよ?例えば眉のひとつ取ってみても、彼女は美しいのです。あまり横幅のない眉だったのですが、それがまた切れ長な目と合うのです。麻呂眉に近い彼女の薄い眉は、日本を象徴するような美人でありました。大和撫子と言うには少々ミステリアスすぎるのですが、それがまたたまらないのです。
彼女は性格も大人しかったので、ミステリアスな顔がよく似合ったのでしょう。無口でお淑やかでありましたから、への字に結ばれた小さな口もまた人形のようでとても良かった。鼻の筋も素晴らしいほどに整っていて、それでいて小さい鼻でしたから全体的にバランスが取れていたのです。シャープな顎と、年相応の頬がまた彼女の小さいパーツを引き立てていました。少女らしさを残しつつ、すでに完成された美しさを持つ彼女を最初に見つけたのはこの僕なのですよ?これは僕の人生で最も誇れることです。
彼女はね、売りに出されていたんですよ。信じられますか?一際美しい彼女は、最初信じられないほどに見窄らしい格好をして髪の艶もない状態で安く売られていたのですよ。僕はこの時神様を疑いました、こんな仕打ちがあるものかと。その上、彼女は東北で売られてそれからずっと売れ残っていたというのです。こんなに信じられない話もありません。僕が住む鎌倉まで、彼女の本質を見抜く者は誰1人として現れなかったと言うのです。この国はとうとうここまで堕落したのかと驚いてしまいました。確かに見なりこそ汚らしいですが、売り物として顔は綺麗にふかれていたのですよ?すぐに買い取りましたとも、だって彼女はすでに美しかったから。我が物にしなければ気が済まないほどに。
当時彼女の歳は7つでした。僕は18ですから、実に10以上も歳が離れていたのです。まぁ、当時としては何もおかしなことはございませんでしたがね、最近じゃあ人売りもなくなったどころか、10以上離れてるとなると兄妹でも珍しいとかなんとか。まぁそんなことはどうでもいいのです、僕が言いたいのは7つにしてすでに完成された美しさを纏っていたその異様さです。流石に夫婦にするというのは無理がありすぎますからね、僕は彼女を妹にしたのです。我ながら良い案だと思いますよ。
しかしながら僕は当時あまり自由にできない身でありました。今でいう…上司に当たるのですかね、その方の許可がなければ子供1人迎えることもできません。しかもその理由が美しいからだなんて、あまりにも馬鹿げていますから僕は頭を悩ませましたよ。そしてとうとう彼女も僕と同じ職についてもらうことにしたのです。有望だとか言えば、簡単に仲間に入れることができましたから。実際、彼女がいれば僕の仕事効率は上がりましたので、嘘なんて一つもついていないのですよ。しかし予想外であったのは、彼女の身体能力は並外れていたということです。売られる前にどんな生活をしていたのか当時は想像もつきませんでしたがね、のちに調べてもらったら家の人に雑な扱いを受けていたそうです。東北の山の中にある屋敷に暮らしていたのだそうですが、その家主に追い出されてしまいほぼ山で暮らしていたようなものだったそうで。そりゃあ身体能力も良くなります。野生動物に育てられたと言っても過言ではないのですから。
その分苦労したことも多いのです。人間の生活というものがまるでなっていないので、これは売れ残るのも当然だと感じてしまいました。字の読み描きは当時できる人の方が少なかったので良いのですが、人の食事の仕方も服の着方も家の使い方もわからないというのです。幸い人の言葉を喋れずとも理解することはできたので、教えることはできました。それに彼女優秀だったので、一年もすればほとんど普通の人間と変わらない生活を送ることができました。発音だけはどうも苦手で、結局最後まで舌が回りませんでしたけどそこも愛嬌というものです。いえむしろ、物心がつく頃まで山で動物のように暮らしていたのですから、こんなに早く人間性を取り戻せたのはやはり彼女が神に愛された子であったからでしょう。ええ、彼女は神に愛されていましたとも。
まぁ、なんとも吸収の早い子でしたからすぐに仕事するに申し分ないくらい成長しました。1年勉強期間でしたから…彼女が8つの時ですね、正式に僕と同じ職を任されたんですよ。え?なんの仕事か気になりますか?………今では信じられないかもしれませんがね、僕は隠密部隊を率いる身だったんですよ。彼女はその隠密部隊の一員となったんです。隠密って言ってもやることといえば情報を盗むとか、敵の妨害とかそのくらいです。忙しい時はまぁ、闇討なんかも頼まれましたがごくごく稀にです。彼女はこの仕事と相性が良くてですね、気配なく忍び寄るとかも得意だったんですよ?しかし何よりも美しいのは夜の月に照らされた姿です。1、2年も経てば荒れ果てていた髪も美しく艶やかになりますからね。長い髪を靡かせて月の下を駆ける彼女は、まるで女神のようでした。そしてその彼女の髪を手入れして結い上げているのが僕のこの手だと思うとたまらなく満たされたのです。
僕も仕事人間ではありませんし、隠密部隊なんてそうそう出番はございませんから普段は上司の働く屋敷の掃除なんかをしてました。大きなお屋敷で落ち葉を集めるくらいの仕事ばかりでしたよ。1人の時はただ苦痛な時間だったのですがね、彼女と時間を共にするようになってからはその雑用の時間がとても良いものになりました。彼女は世間というものを何も知りませんでしたから、何をしても新鮮なのです。箒を持ってこれはなんだと首を傾げたり、落ち葉を拾って集めては僕に見せてきたり、洗練された美しい顔とこの行動のあどけなさがたまらなく良いのです。ひとつ思い出話でもしましょう。あれはある秋の日です、お庭の落ち葉を箒で集めていると、彼女は赤く染まった紅葉を不思議そうに見ていました。
「紅葉も綺麗に染まったね。」
と声をかけると、彼女は首をこてんと傾げて言うのです。
「き、れい?」
彼女は綺麗と言う概念を知らないのです。こんなにも美しい彼女は、綺麗と言う言葉を知らないなんて…なんて無垢な子なのだろうと感動すら覚えてしまいました。
「綺麗…そうだねぇ美しいものの事だよ。清純で汚れのない、心地がよいと言えばよいのかな。心動かされるものや景色のことだよ。」
「きれい…うつくし………。」
そういう彼女の目には、少しばかり輝きが出たように感じました。その日からでしょうか、晴れた秋の日はいつも一等綺麗に染まった紅葉の葉を僕にくれるようになったのです。
「これ、きれい?」
と尋ねる彼女の表情は、いつもと変わらないように見えて少しばかり笑顔のようにも見えました。美しく大人びた完成された美の中に見える、人としての不完全さというか幼さというものがとてもかわいらしいのです。もしかしたら人の心理を心得た狐なのかもしれないと思ったことは数知れません。しかしそれでも良かったのです。騙されてたとしても、この美しくあどけない少女は僕の手の中にあるのですから。
そういえば、この一件から彼女は赤にこだわるようになりました。美しいものや綺麗なものはそれ以降もその都度教えていたのですが、ファーストインパクトというものですかね、赤を大層気に入ったようです。紅葉や秋の山々はもちろんのこと、赤い服だとか赤い花だとかに興味を持ち始めたのです。情緒の成長ですかね、とても感動しました。特に気にしていたのは椿でしたね。白銀の世界の中で輝く赤い椿を見つめる彼女、とても絵になる光景でした。
「この花は、散ることがないのですね。」
「あぁ、だけどその様子が首が落ちるように見えると嫌う人も多いんだよ。」
「………そうですか。最後まで美しい姿を見せたいという花の誠意だと思うのですが。」
こんな会話をしたのは彼女が12の時でした。この頃にはだいぶ情緒というものが育っていたので、下手な歌人よりも風流なことを言う子に育っていました。しかし拙い発音はそのままなので、美しい容姿とのギャップはまだ保たれていたのです。この頃には顔に残る幼さが消えたのですが、彼女は不完全の美学というものの権化となりました。椿をそっと撫でる彼女はそれはそれは美しくあり、椿のような結末を辿ろうとは誰も思わなかったでしょう。
12にもなると僕の同僚というのもそろそろ僕と彼女への理解が進んでゆきました。周りには妹とは紹介せずに、ただ同居人とだけ伝えていたので結婚するとでも思われていたのでしょう。そうでなくても縁談などというものと縁のない僕ですから、そこまで支障はございませんでした。自分で言うのもなんですが、僕自身周りから美男子という評価を受けることが何度かありました。事情をなにも知らぬ女性から、文をもらうこともありました。しかし僕はそんな評価は馬鹿げていると思いますがね。だってこんなにも美しく完成された彼女を前にして、僕のことを美しいなどと言う人がいるなど信じられません。このことに関して僕と言う人間の性格を熟知した同僚達は、こぞって黙っていれば嫁のひとつも貰えるというのに、と頭を抱えておりました。
そんな同僚達に彼女は懐くことなどほとんどなかったのですが、唯一心を許したのは僕の親友でもあった萩くんです。萩くんは彼女を少し高いカステラで釣ったのです。萩くんはどうやら甘いものが好きだという彼女に高級な菓子を与えて顔を覚えさせました。萩くんはそんな姑息な手を使う腹黒な男でありましたが、決して彼女に手を出しません。それはおそらく、僕が彼女を宝石のように扱っていることを知っていたことと、萩くん自身出世にしか目がないことが関係していたのでしょう。同僚の中で結局最後まで結婚しなかったのは僕と萩くんだけでした。彼女はというと、僕と萩くん以外の人間の顔をしっかり認識していないようなので、こちらとしても都合は良かったのです。彼女に汚れた男を見てほしくはありませんでしたから。萩くんはその後もちょくちょく我が家へやってきては、彼女に甘味を与えました。彼女はすっかり萩くんのことを甘味屋とでも思っていたことでしょう。
僕らの生活はこのように、ずっと平和なものであったのです。
現代もかなり平和な世になりましたね。ご存知ですか?平和というのは比較される平和ではない日常があるからこと平和と呼べるのです。僕と彼女の生活を振り返って平和であったと言えるのは、その後に平和ではない事が訪れたからなのです。
彼女が12を超えたあたりから、僕ら隠密の仕事は増えました。なんとまぁ哀れな話ですが、上司は弟君を殺したと言い出しましてね。雇われの身の中でも下っ端であった隠密は、異議があっても逆らうことなんてできなかったのです。やれあそこの情報をだのやれあいつを人質にだのと連日のように指示が出たものですから、こちらも人手不足というやつでした。僕とて上司に忠誠を誓った身でございましたから、できる限りのことはしたのです。えぇ、だから彼女と過ごせる時間は以前より少なくなっておりました。僕は部隊を率いる身とはいえ人員派遣くらいしかしておらず、実際現場に行くのは部隊の隊員達でした。彼女も例外ではありません。公私混同しないという事を心掛けていましたし、彼女もそれを認めていたのですからなんの問題もございません。それに、会えなくとも彼女の息吹を感じることは容易かったのですよ。彼女は現場に向かう道中で美しい花があればそれを取って、家の見える場所に生けてくれていました。健気で可愛らしいでしょう。
当時は徒歩移動でしたから、ひとつの依頼に少なくとも1ヶ月は必要としましてね。しかもこれが京都とか東北までともなればもっと長かったのです。何ヶ月も彼女がいないなんて、普段なら耐えられないのですが忙しすぎてそれを嘆く暇もなかったのですから、相当な労働量だったと思いますよ。そんな中でも数ヶ月に一度訪れる2人の時間はとても愛おしいものでした。美しい彼女が家に居るといないでは彩りが全く違うのです。彼女自身、色白で烏の濡れ羽色とも形容すべき美しき黒髪なものですから、鮮やかさはございません。しかしながら彼女にはよく赤が似合ったので、僕は赤い着物ばかり与えてしまっていました。彼女も先の紅葉の件で赤は大層気に入っているようでしたから、決して強要したわけではない事をご理解いただきたい。
しかし、赤という色はとても罪深い。美しくもなれば妬ましくもなる、人を悲しませる色でもある。彼女に似合うのは美しい赤だけだというのに、現実はそう上手くいかないのです。いつしか彼女は傷を付けるようになりました。これは誰が悪いとか弱いとかそういう話ではございません。ただ、戦況が悪化しているだけの話です。彼女に血の生臭さは似合わない、当時は本当にそう思えてならなかっだのです。僕は、彼女が赤黒く頬を染めて帰ってきたら毎回決まって湿らせた布で彼女の頬を拭ってやりました。目を瞑り早くとでも言いたげな表情で僕を待つ彼女は、その子供らしい動機とは裏腹に実に艶かしくありました。まだ12やそこらの少女です。男であれど、元服には早すぎる歳の少女がこうも僕を誘惑するのです。彼女にはそんな意図はなかったでしょうし、僕も彼女にそんな事を教えた記憶はございません。教えるつもりもありません。純潔こそが彼女の美しさを助長させる最も有力なものでしたから。まぁ、こんな忙しい日々は2年ほど続きました。あっという間に彼女は14歳の少女になっていたのです。
ある………ある朝のことでした。上司から、東北にある屋敷に火をつけてこいという命令が入りました。そしてこれに向かうのは、彼女でした。彼女を見送ってから気がついたのですが、彼女は東北の生まれです。悪い胸騒ぎがしましたので少し調べさせたら、その向った屋敷というのが彼女のことを酷く扱った奴らの屋敷でした。上司が殺したいという弟君様を、その屋敷で一晩匿う可能性があるという情報が入ったのです。僕は酷く後悔しました、このことを知っていたら僕は彼女を東北に向かわせなかった。案の定、彼女から来た任務完了の報告手紙には「予想外の怪我をしたから遅くなる」と書かれていました。何があったかは想像がつきませんが、何かしらのトラブルが起こるのは想像に難くないです。それに、彼女がこんなことを書くのは初めてでした。
しかし心配な話ばかりではありません。この任務があったのと同じ頃に、僕の出世の話が出ました。本格的に待遇が良くなるのは彼女が帰ってきたらにしよう、帰ってきたら、2人のための良い屋敷を用意して重臣として重宝したい。上司からそのような話があったのは、彼女からあと1ヶ月で帰るという手紙が来たのと同じ日でした。上司ももう僕と彼女についてをよく理解してくれていましたし、僕の仕事効率は、彼女が隣にいた方が良いということを重々承知してくださっていました。僕という人間が、美しい彼女にしか目がなくて、嫁を取る気もないという事を理解した上での出世話です。彼女との生活がより良いものになるのです。彼女が帰ってきたら、1番に報告して一緒に彼女の傷を癒そう、そう考えていました。
………そんな顔をしないでください。今考えるとあまりにもできすぎた話というか、とても丁寧に建てられたフラグです。ええ、もちろん良い結果にはなりませんでした。
彼女が帰ってくるのを、僕は山の頂上で待っていました。鎌倉を囲む山の上、鎌倉へ入るための細い道で彼女を待っていたのです。嬉しい報告をするというよりは、一刻も早く美しい彼女を取り戻さなければならない、彼女の傷を癒さなければならない。そんな使命感でした。やがて見えてきた彼女の姿に、僕は驚愕しました。あの美しかった髪は焦げ、尼よりも短くなっていました。顔どころか全身に火傷も作っていて、彼女の美しい白い肌は赤く浸食されていました。しかし、それでも良かったのです。彼女が美しいかどうかは、どうやらもう関係がなかったのです。僕は彼女の外見的な美しさではなく、彼女自身を愛していたのです。そう気がつくのがもっと早ければ、もっと早くに気がついていればどんなに良かったか。
顔を上げた彼女は一目散に僕の方へ走ってきました。僕はそれが嬉しくて、心配でもあって、でも自分の足で駆けてくる彼女を尊重して、その場で手を広げて待っていました。しかし、彼女は僕の横を通り過ぎました。その瞬間、僕の真後ろで何か、生ぬるい液体が弾けました。
振り返るとそこには、ちょうど心臓のあたりを刀で刺された彼女が、僕を庇う体制で立っていました。血が、流れ出る血が地面と彼女と、そして僕を赤く染めました。彼女の正面に立っていたのは萩くんです。あとから知った話ですが、萩くんは僕の出世に嫉妬して僕を殺そうとしたそうです。何とも愚かな男ですが、僕にはもう何の関係もありませんでした。それより、そんなことより彼女の心臓から血が流れ出ていることの方が問題なのです。刀が刺さったまま僕の方へ倒れ込んだ彼女を受け止めて、必死に流れる血を止めようとしました。彼女の肌を流れる血が、たとえ彼女のものであっても憎くて憎くてたまりませんでした。この血は、彼女の中を流れることが使命であるはずなのに、外を流れていては彼女が息絶えてしまう。そんなことあってはならないんです。しかし彼女は、僕の手の中で冷たくなっていきました。最後に彼女は言うのです、
「にいさま、ごぶじて…どうか、ごぶじで………」
と。弱々しく言いながら、震える手を上げて僕の頬に伸ばすのです。そして僕の涙を拭う前に、力尽きて落ちました。声を出して泣き叫ぶこともできませんでした。ただ、これが悪夢であれと願うことしかできなかったのです。ただ一つ、鮮血の赤に染まった、冷たく真っ白な彼女も美しくありました。
その後どのくらい彼女を抱えていたのかは分かりません。たまたまここを通りかかった人が、どうやら僕が彼女を殺したと勘違いして、そのまま僕は死罪になりました。萩くんは早々に逃げたようですし、僕ももう彼女がいないこの世に興味なんてなかったのです。何も抵抗することなく、僕はその判決を受け入れました。実にあっさりとしていました。
しかしながら僕はまだここ、鎌倉にいるのです。何の因果かわかりませんがまだ鎌倉の地で足を踏み締めているのです。であれば、きっとどこかに彼女もいるのでしょう。いえ、いるはずなのです。椿のように、美しいまま血に落ちることなど、彼女にあってはならないのです。ほれにほら、たとえ肉体は違えど魂はまたここに転生するはずなのです。僕が愛したのは、彼女の外見だけではなく彼女の魂そのものであったのですから。僕がここ、鎌倉に亡霊のように居続ければきっと彼女はまた、鎌倉に訪れるはずなのです。知っていますか?鎌倉では、ある噂が流れていると言う事を。昔々にこの地で死んだ幽霊が、その恋人を探すために彷徨っていると言うのです。その幽霊は、赤を身につける人や、赤が似合う人を襲うことが多いそうです。きっとこれは、あの赤を気にしていた彼女の幽霊だと僕は思うのですが…どうでしょう?見かけましたか?
まぁ、見かけていてもいなくても良いのです。彼女が僕を探して彷徨うのであれば、僕もまた彼女を探し続けます。だから僕はこうしてたびたび鎌倉にいる人に声をかけていました。何年も、何十年も、何百年も時を超え、永遠に彼女を探しているのです。あの、赤が似合う彼女と、もう一度平和な暮らしをするために。
………ところで、貴方赤が似合いますね。
ここまで読んでくださりありがとうございます。先に提示した通り、こちらは初投稿作品となっております。今後もたまに投稿したいと考えている故、至らぬ点ございましたら指摘のほどよろしくお願いします。




