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青春挽歌  作者:
5/12



丁度昼飯の準備でもしようかと藤村教諭と話し始めた時、入橋圭は白石雅を連れて用務員室に帰還した。

真菜月みするは、突如現れた麗人に絶句した。

唇をわなわなと震わせながら、入橋圭に駆け寄った。

「ちょっ……ちょちょちょ…。」

「みする、何言いたいかわかんなーい。」

本当はわかっているであろう入橋圭が、意地悪く真菜月みするの言葉をまってにやにやしている。

その隣で、麗人白石雅は少し驚いた顔をしてその様子を眺めていた。


「一夫多妻制だったの??」


真菜月みするのその言葉に、入橋圭と白石雅は爆笑した。

入橋圭と白石雅は、目をぱちくりさせる真菜月みするを前に、げらげらと笑い転げた。

こういう笑い方をすると、白石雅の男性が少し際立って見える。

真菜月みするはそれに気づき、思わず指を指して声を上げていた。


「え……まさか男の子???」


真菜月みするは、目の前に座る白石雅をまじまじと見つめていた。

こうして澄ました顔でいる白石雅は、どう見ても女性にしか見えない。

そしてどう見ても、自分より美しい容姿にしか見えなかった。


「こちら白石雅。

女装好きの男の子。

基本女の子好きなノン気だけど、俺の事だけ本気で好き。

料理裁縫、家事なら何でも出来る淑女の鏡。

だけど通り名「女郎蜘蛛」の「称号」を持つ糸の使い手でもある。

王子経験も2回ある男としてもかなり切れる奴だから。」


「そんなに褒められると困る」と恥じらう白石雅の姿は、初めて恋をして恥じらう乙女の姿そのものだった。

折角午前中の静かな時間で冷静さを取り戻しかけていた真菜月みするではあったが、この白石雅の出現にまたも平静をかき乱されていた。

色々突っ込み所はあったような気もしたが、真菜月みするはただただその説明を耳に流す事しか出来ないでいる。

「という訳だからさ。

みする雅にキスしてよ。」

「はいッ????」

それまでだらだらと耳の中を通り過ぎて行った入橋圭の言葉が、突如脳髄に突き刺さる。

入橋圭はただ面白そうにへらへらしている。

白石雅は変わらず澄ました顔をして、真菜月みするを見つめている。

藤村教諭は自由恋愛を推奨すべく、一人おさんどんに移ろうと席を立とうとしていた。


「藤村先生、この問題よくわかりません!」


真菜月みするははしとばかりに歩き出した藤村教諭の「ずぼん」の裾を掴み、助けを求めていた。

藤村教諭は真菜月みするを物乞いでも見下すように一瞥すると、とりあえずその場で足を止めて説明を始めてくれた。

放つ空気の緊張感はとても重苦しいものではあったが、この世界でとりあえず一番常識人として見える藤村教諭に、真菜月みするは頼らざる負えなかったのである。


「昨夜少し説明したと思うが、「騎士」とは「王子」以外に「姫」に認められた男児の事をいう。

「騎士」になる為には「騎士」の誓いを立てる必要がある。

これを「宣誓」という。

「王子」の「婚約」と異なり、「宣誓」はまず「姫」の許しがなければ成立しない。

姫の「祝福」を受け、「騎士」はそれに対し「宣誓」を行う。

これで主従関係は成立する。

平時、「姫」の許しなく「姫」に触れる事は出来ないが、「宣誓」を破棄する時のみそれは可能となり、「騎士」は自らの意思で行う事が出来る。

勿論これは「姫」からも行う事が出来る。

確認事項はあるかね、真菜月君。」

「…つまり「祝福」がキス。」

「正解だ、あとは真菜月君の好きにしたまえ。」

それだけ言うと、藤村教諭は軽く足をはらい真菜月みするの手をどけると、台所へと向かっていた。

真菜月みするがここに来て藤村教諭の事でわかった事は、神経質で自分の「ぺぇす」を乱される事が非常に不愉快だという事だった。

藤村教諭の「すけじゅぅる」は、もう昼のおさんどんの時間になっているのだろう。

それだけ言葉をかわすと、さっさと無言で台所に向かっていた。

これ以上話す事はないといわんばかりの有無を言わさぬ拒絶。

真菜月みするは正面の問題に向き合う事にした。


「あたしからするの?」

「そっ……みするからするの。」

「キスしないと駄目なの?」

「そっ……キスしないと駄目なの?」

「入橋くん、面白がってない?」

「そっ……俺面白がってんの。」

入橋圭はご満悦の顔だ。

それはどう見ても「せくしゃるはらすめんと」の陰謀にその身をゆだねている顔である。

乙女から初対面の男児に西洋よろしく接吻をするなど、純日本女学生の真菜月みするには大きく抵抗があった。

それを察した白石雅が、そっと助け船の言葉を投げかける。


「真菜月さん、「祝福」は手でも大丈夫だから。」

「ちょっ…雅!余計な事言うんじゃねぇよ!」

そう抗議した入橋圭の顔面に、真菜月みするは手近の座布団を投げつけていた。

「なんて手の早い姫だ」と入橋圭はぶーぶー文句を並べていたが、真菜月みするはそれを無視して白石雅に向き合った。

白石雅はわずかに頬笑みを浮かべながら、その右手を真菜月みするの前に差し出す。

舞を踊るかのような優雅な仕草に、真菜月みするは思わずみとれていた。

その姿は「みっしょん」系「すくぅる」に通う令嬢を思わせる。

真菜月みするは思わず「はい、お姉さま」と口走りそうになった口を軽く結んで、その手をそっと取っていた。


真菜月みするは衝撃を受けた。

白石雅の手は真菜月みするの手より白かった。

白石雅の指は真菜月みするの指より細く長かった。

白石雅の爪は真菜月みするの爪より形良く光沢を放っていた。


(女としてすごく悲しいんだけど…。)


真菜月みするは軽く消沈した。

とりあえずその彫刻のように美しい手を、真菜月みするは自分の唇に近づけていく。

が、その行為は途中でぴたりと静止した。

入橋圭が隣で、目を爛爛とさせてその様子を眺めている。

白石雅が涼しげな顔で、唇を近づけようとする真菜月みするの顔をじっと見つめている。

その瞬間真菜月みするは衆人環視の中、口付けを行う事に激しく抵抗を覚えていた。


「駄目!白石くんだけ来て!」


真菜月みするはそれだけいうと、白石雅の手を取ってそのまま用務員室の外へと出ていった。

入橋圭は「あ~ん、待って」と甘い声を出すや、その後を追おうとした。

しかし用務員室の扉の前まで来た時、入橋圭は歩みを止めていた。

入橋圭の視線が隣の壁へと移る。

そこには菜箸が垂直に刺さっていた。

その衝撃の激しさゆえか、びぃいんと耳に響く音を鳴らしながら、それはかすかに震えている。


「入橋、正しくない。」


藤村教諭の有無をいわさぬ説法に、入橋圭は「はい」と小さく答えて固まった。


用務員室前の廊下は静けさに満たされていた。

扉一つ隔てた用務員室の音さへすでにない。

藤村教諭の話だと、自分たち以外にも人がかなりここで生活をしているはずなのに、耳に入るのは風に吹かれる青葉と蝉の音ばかりである。

真菜月みするは瞬時に思った。


(こっちのがきまずかった…。)


人気のない廊下に青春男女が二人。

御丁寧に手までつないでしまっている。

真菜月みするはこの先、どういう手順で事を進めればいいものやらと困惑した。

何よりこれから口付けするという事を、お互い認知しているというのがどうしようもなく恥ずかしい。


(べっ…別に口じゃないんだし。

義務なんだし…。

いいのよしても!)

真菜月みするは訳の分からない言い訳を自分の中で呟くと、白石雅を見つめて宣言した。


「それじゃキスします。」

「はい、どうぞ。」


まるで執刀医のような応答に、白石雅は少し可笑しそうにほほ笑む。

笑顔がこぼれるとは、まさにこういう人間の表情を言うのであろう。


(本当に綺麗だなァ…。)


真菜月みするは、またそこで躊躇し固まっていた。

しかし時間をかければかける程、恥ずかしさが増す事を悟った真菜月みするは、そのままひと思いに、白石雅の手の甲に触れるか触れないかの口づけをして手を離していた。

白石雅の手の甲に小さな華が咲く。

姫からの「祝福」が正式に成立した証である。

たった1秒足らずのこの行いに、真菜月みするはどっと汗をかいてしまっていた。


「は、恥ずかしい~。」


真菜月みするは己の手を顔にあてようとした。

しかしその手は白石雅に優しく奪われ、そのまま白石雅は(ひざまず)くと、そっとその手に口付けをしていた。

あまりに流れる所作に、真菜月みするは恥ずかしい事も忘れて見惚れていた。

真菜月みするの指の上で、柔らかな白石雅の唇が動き言葉を紡ぐ。


「僕は貴女に誓います。」


指先に触れる白石雅の温かい吐息に、真菜月みするは心臓が引っくり返りそうになった。

あわあわと今にも泡を吹きそうな真菜月みするの前に、白石雅はすくりと立ち上がる。


(スカートはいた王子様だ。)


真菜月みするはあわや恋に落ちかけていた。

白石雅がぼんやりとしている真菜月みするに微笑みかける。


「真菜月さん、さっきまで掃除してた?」


いきなり発せられた白石雅の場違いな質問に、真菜月みするは首をかしげた。

白石雅が変わらぬ綺麗な笑顔のまま、真菜月みするに真実を告げていた。


「何だか手、雑巾臭かったから。」

「いやぁアアアア~~~!ごめんなさい~~~ッ!!」

真菜月みするは顔を完全に覆い隠して絶叫していた。


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