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青春挽歌  作者:
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真菜月みすると芳乃姫は、談笑しながら前を行く。

やはり同性同士の青春乙女といったところであろうか、会話はことの他華やぎを見せている。

その後ろに控えるのは傘持ちの渡や脩平で、その様はしかと目視できないが、その声の朗らかさからその空気に同調して同様に華やいでいる事が容易にわかる。


そして少し離れた後方より、入橋圭、蒲池大々、並びに多喜勇治はとぼとぼと後を追っていた。

ちなみに多喜勇治はまだ真菜月みするへの宣誓を済ませていない状態で付き従っている。

宣誓と同時に義務教育は修了してしまう。

「自国で落ち着いてからされた方がよろしいでしょう。」という芳乃姫の助言を採用した為である。




「もう行ったか?」

「のようですねぇ、それなりに満足していただけたようで…。」

軽くおどけて手を上げる入橋圭、どうにもその軽薄な動作に蒲池大々はいらいらとしてきてしまう。

故に蒲池大々の詰問の声は責めるような色を含んでいた。


「なんで桟敷を狙った。わざとだろ?」

「……死国同盟の話が出てたから。」

「あ……ごめん、圭。

おいらつい……。」

多喜勇治がぼそりと謝罪を告げる。

「……なっ、死国って。

てかお前、なんで聞こえる??」

「ん?それはほら「猫」ですから。」

入橋圭はそう言って耳をつんつん指差しにやにやする。

「聞いてたのか?お前。」

多喜勇治がわずかに驚く。

蒲池大々はぐっと大声をこらえて、入橋圭に詰め寄った。

「ッ……お前。

決闘で称号使わねぇって決めなかったかい?」

「ん?耳ならいいかなぁって…。

力が強くなる訳じゃないですし…。」

「だからって―――」

「俺はべロニカの前で隙は見せたくない。」

入橋圭が静かに呟く。

べロニカの名前に蒲池大々はびくりと身体を固くして、あたりを警戒する獣のように周囲を窺った。

「いないからってあまり下手な事言うんじゃねぇ。」

「わかってる。」

そう言ってくすくす笑う入橋圭は、どこか楽しんでいるようにも見える。

蒲池大々はけっと呟くと入橋圭の腕にちらりと瞳を移した。

「悪かったな。

俺の耳は普通だから全然気付かなかった。

お前の動きが一瞬鈍って好機くらいにしか思ってなかった。」

「ん?いいですよ。

真剣勝負に意識飛ばしてる俺が悪いんですから。

でもおかげで、桟敷への刃物飛ばしも手負ゆえの暴挙に演出する事が出来たと思うし。

それで話も止められた訳ですし…。」

「あ、いや、圭。

あの話なんだけど実は芳乃姫がもう止めてたんだ。」

「え?本当。

うわ、手の傷に頭いっててそこ聞いてなかったかも…。」

「中途半端だな、お前…。

それで俺の芳乃に飛ばすってなんだよ。

怪我させてたら本気で決闘入るとこだったぜ。」

「いやぁ、それは本当にすみません。

かなり久しぶりだったから、力の掛け方とかさっぱりんなっちゃってて。

でも芳乃さんなら絶対防いでくれるだろうと思ってたし。

でしょ?」

入橋圭が意味ありげな視線を蒲池大々にちらりと向ける。

蒲池大々はそれに対し、決まり悪そうな顔をして入橋圭から顔を反らした。


すでに一行は正面玄関より校内へと足を踏み入れていた。

真菜月みするや入橋圭の住まう用務員室とは反対の廊下を突き進む。

一階廊下の行き止まり、そこに保健室は存在していた。

すでにその廊下からは、ほのかな消毒の香りが鼻の奥をつんと刺激する。


芳乃姫は保健室の扉の前に立つと、こんこんと手の甲で「のっく」をした。

中から物音は聞こえない。

芳乃姫はさらに一息息を吸うと、柔らかな声を高らかに響かせて来訪の意を告げていた。


「福箱芳乃です。

私の王子、蒲池大々と真菜月みするさんの王子、入橋圭さんの怪我を診ていただきたいのです。」


まるで無人のように音がしない。

真菜月みするが本当に人がいるのかしらと疑い始めた時、扉はがらりと音を立てて開いていた。


そこには一人の成人女性が立っていた。

少し「うえぃぶ」のかかった肩までの髪を後ろで束ね、きりりと強い眉と少し鋭い瞳が印象的な気の強そうな女性である。

さらりとした白の「わいしゃつ」とひざ下までの「べぇじゅ」色の「すかぁと」に身を包み、のりの効いていかにも清潔そうな白衣を着用している女医である。


「入りな。」


目の前の成人女性は、顎先で中を示してそれだけ言うと、そのまま中へと引き返して行ってしまった。

驚きを見せる真菜月みするに芳乃姫はそっと告げる。

「保健の鍋内先生です。

こちらで学内の生徒の怪我や病気の治療を行っております。」

「保健の…・・先生。」

素直に「いたんだ」という言葉が真菜月みするの頭をよぎる。

「うん、でも治療には結構徳を使うから、あんまり厄介になれないからね。」

真菜月みする達に追いついた入橋圭が後ろから注釈を入れる。

そして入橋圭は芳乃姫にぴっと敬礼をしてお礼を言った。


「お世話になります、芳乃さん。」

「そんなに固くならないで下さい。

今日は無礼講だと言ったでしょう?圭さん。」

芳乃姫はくすくす笑う。

その笑いを遮るように奥から随分と「きゃらめるぼいす」な乙女の声が響いてきた。


「あ~~~あっちくなるからあっちぃよォ!早く閉めてぇ~!

ハムちゃんと姫ちゃんの脳みそ、超デリケなんだから!」


(え、嘘、何?……このアニメ声。)


声の主を求めて首を伸ばした真菜月みするに対し、入橋圭がそっとその背中に手を触れて小さく心の中に警告をした。


「気をつけろ、みする。刺激するなよ。」


(………?

圭くん、怯えてる?)

煙草の紫煙のように、入橋圭の心の不安が真菜月みするの心をかすめる。

しかし好奇の瞳がその姿を追ってしまっていた。


保健室の中は中々広かった。

「かぁてん」の数を見るに四つは寝台が置かれている。

しかしそこは保健室と言われなければ保健室にはとても見えなかった。

何といっても血痕が激しい。

まるで近代「あぁと」のように、寝台を囲む「かぁてん」は、血痕で彩られている。

一歩中へ足を踏み入れる。

見れば床は全て「たいる」貼りが施されていた。

そのまま洗い流しをする為であろうか、排水溝も幾つか設けられている。

たいるは塵一つなく洗い清められている。

真昼にもかかわらず白々とした光りを放つ蛍光灯に照らされて、まぶしい位に光を反射している。

しかし、どうにも見せかけの清潔さにしか見えてこないから不思議である。


扉の近くの机には、先程の鍋内先生が回転椅子に腰かけて、こちらを刺し殺すような瞳で見つめていた。

藤村教諭もそうであるが、この学園の教師軍は、何故か異様な程殺意を剥き出しにしている。


(でも、性格は結構真面目で良い人だったりするんだよね。)


それでもまだ見知ったばかりの鍋内教諭は、かなり怖い。

真菜月みするは視線を鍋内教諭からその後ろに並ぶ銀色の薬棚へと移していた。

病院などで見かけそうな医療器具が整然と綺麗に並んでいる。

しかしそれも一つ目の棚までであった。

その次の棚にはどう見ても中世の拷問器具にしか見えないものが乱立している。

暗罪凌子のように拷問に造詣の深くない真菜月みするにその用途等はよくわからないが、ごてごてと鎖の付いた奇怪な道具や、獰猛な獣の牙や爪を思わせる禍々しい刃物達は、心の奥の恐怖心をざくざくと刺激した。


(え?……え?……え??)


真菜月みするの視線がその先の壁に設えられた、水滴を表面に浮かべる大きな鉄の引き出し群に目が行った時、一番奥の寝台の「かぁてん」がさっと開かれた。


「ヒッ……むぅ!!」

思わず怪鳥化しかけた真菜月みするの口元をすんでの所で入橋圭が食い止めた。

しかし驚くのも無理はない。

真菜月みするでなくても大抵の人間は、彼女の姿を見たら息を飲むか悲鳴をあげるかはたまた気絶するかの行動を起こしていたに違いない。


そこに一人の裸足の青春乙女が立っていた。

後ろで「ぽにぃ」にまとめた髪はおさげを編みこみそこからぽたぽたと赤い滴を垂らしている。

動揺に滴を垂らす顔の判別は難しい、とりあえず眼鏡を着用している事だけはこの状態でも把握できる。

二の腕までたくし上げた白衣というには鮮やかなその衣の下には「寿」と記入された体操着を着用していた。

頭の先から足の指先まで血濡れの乙女、それが保健室に君臨する姫、寿嵐その人であった。


「こんにちは嵐さん。」


「ありよっすぃ!

ごきげん??

ふぁ~ん?

ちみがみするちゃん?

あんま可愛くないね。」

血濡れの眼鏡を、薄汚れた白衣の袖で大雑把に拭うと、保健室の姫君こと嵐ちゃんは、人を色眼鏡でしか見る事の出来ないような瞳で真菜月みするを凝視した。


(無理……!)


真菜月みするは、目の前の生臭い香りを放つ乙女、嵐ちゃんに対して一瞬にして完全無欠なまでの拒否感を抱いてしまっていた。


「愛想笑いも何にもなぁ~いッ!

ほんとくぁ~いくなぁ~いッ!

あやっ?何々、もしや人見知りなのかな?

だったらごめんね、ふわぁ~ほんとほんとごめんごめんね。」

ぷっくりと頬を膨らませて不機嫌を漂わせていた嵐ちゃんは突如、大層申し訳ないようなしおらしさを漂わせ、胸の前で両手を握りしめ、真菜月みするにずずいと近寄った。

全くつかめない嵐ちゃんの話しぶりと気分の転調は、まさに嵐のごとしである。

真菜月みするは、何の反応も示す事も出来なかった。


「そうそう!

みするとっても人見知りなんだ。

ごめんね、嵐ちゃん。」

と、入橋圭がさっと助言をしたおかげで、とりあえず嵐ちゃんを納得させる事が出来たようだ。

「そうなんだぁ。

うふん、そっかそっかぁ。

人見知りは可愛いなぁ。

いいないいなぁ。

みするちゃん可愛いなぁ。」

と何かとても嬉しそうに微笑んでいる。

その間にもぽたぽたと体中から、鮮血を滴り落としている。

全く気にしている様子は見られない。

それにしても、嵐ちゃんは何故こんなに血濡れなのであろうか?

そこにいる誰もが、その事に対し少なからず疑問は抱いていた。

しかし誰もその事について触れる勇気のある者はいなかった。


「奈津美ちゃん、このハムちゃん姫ちゃんが診るの?」

血まみれに満面の笑みを浮かべた嵐ちゃんは、鍋内教諭の方を向いてハムちゃんこと、入橋圭と蒲池大々を指差し質問する。

入橋圭と蒲池大々はびくりと肩を震わせた。

足を組んで頬づえをついてこちらを睨みつけていた奈津美ちゃんこと、鍋内教諭はぼそりと呟く。

「いや、私が診よう。

姫ちゃんはずぶ濡れだろう?」

「あ~そっかぁ。」と残念そうにする嵐ちゃんとは対照的に、入橋圭と蒲池大々はほっと胸を撫で下ろしていた。

誰しも血濡れの乙女より、折り目正しい白衣の女医の診察を受ける方が良いに決まっている。

「それと区切りが良いなら、きちんと着替えてきな。

2人共大した傷じゃない。

たぶん姫ちゃんやダリンと話をするのが目的だろ?なぁ?」

酷薄そうな顔をして、淡々と女性にしては低めの声で話す鍋内教諭が「ちゃん」付け言葉を口にするのは何やら不思議な光景である。


「はい、その通りです。」

と語る芳乃姫はこれまで保健室に来てから見聞きした不可思議がまるで堪えていないという風情で、涼やかにしているからさすがである。

「あ、しかしなぁ~」と鍋内教諭が、少し渋い顔を作った所で、扉の近くの鍋内教諭の机とは反対側に位置する扉がばたりと開かれていた。


「ん……?何、みなさん。」

そこには一人の青春男児が立っていた。

どうやら真菜月みする達の来訪にはこれまで気づいていなかったらしい。

目の少し上まで前髪のある「まっしゅるぅむ」な髪型に、ほっそりと長身の青白い顔をした男児である。

その男児は「わいしゃつ」、黒ずぼんの典型的な学生服の上に半袖の清潔な白衣をまとっていた。

右肩から左腰にかけて何やら大きな黒鞄を抱えている。

何となくこれから外出しそうな装いである。


「ダリン、こちら新しく姫になった真菜月みするさん。

挨拶だって。」

鍋内教諭にダリンと呼ばれたきのこの男児は、おどおどとしている真菜月みするをついっと見つめた。

本当に認識して見ているのだろうかと疑いたくなるほど、淡泊な視線である。

ぺたぺたと「すりっぱ」を鳴らして、その男児は、真菜月みするに近づいた。

「俺、一草(いちくさ)清志(きよし)

寿嵐の王子、よろしくね。」

音程の全く変化しない単調な話し方で自己紹介すると、一草清志はすっと右手を差し出していた。

どうやら握手をしたいらしい。

とりあえず真菜月みするはその手を取って握手した。

一草清志は対して握りもせず、それで真菜月みするへの挨拶を良しとすると、とりあえず芳乃姫を筆頭に、そこにいる皆に対して「こんにちは」「ひさしぶり」等の当たり障りのない挨拶をした。


「じゃ、俺出かけるから。

ゆっくりしてって。」

それだけ言うと、もう皆への興味は失せたようにぺたぺたと扉まで歩き手を掛けていた。

と、そこでぴたと動きを止める。

どうしたのだろうと皆が見つめていると、一草清志は嵐ちゃんの方へと顔を向けた。


「姫、来て。」


一草清志が淡泊に嵐ちゃんを呼ぶ。

嵐ちゃんはまるで子犬のようにはしゃぎながら一草清志に近づいた。

一草清志がすっと身をかがめる。

慣れた様子で血濡れの嵐ちゃんの唇に己の唇を少し重ねると、唇にわずか付いた血痕をぺろりと舐めてそのまま無言で保健室の外へと出て行った。


「早く帰ってきてね~、ダリン。」

嵐ちゃんはきゃっきゃっとすでに閉じられた扉に向かって手を振っていた。

嵐ちゃんが手を振るたびに血痕があちこちに飛び散っている。


(何……このカップル……。)

真菜月みするがあまりの温度差と狂気に、呆気に取られているとくるりと嵐ちゃんが振り向いて真菜月みするに向かってにっこりとほほ笑んでいた。


「いいでしょォ?」

「……うん。」

嵐ちゃんはそれだけの肯定で満足したらしい。

「えへへぇ~~。いいよねぇ、いいないいなぁ。」と頭と頬に手を添えて身体をよじって照れると、「じゃ、綺麗にするね!」と言って今一草清志が出てきた扉に向かい、たったと入っていってしまっていた。


嵐ちゃんの去った保健室は、まさに嵐の後の静けさに包まれて静寂そのものとなっていた。

入橋圭と蒲池大々がげんなりとした表情を見せいてる。

多喜勇治はというと、何やら青白い顔をして床に飛び散る血痕を凝視していた。

傘持ちの渡と脩平はというと、お互い手を合わせて「ひひぃ~。」と奇声を上げている。


(色々痛いなぁ……。)

冷房の利いた室内は涼しいはずなのに気付けばじっとり額に汗を浮かべている。

真菜月みするは、手の甲でそれをぐいっとふき取っていた。

真菜月みする達の後ろでぎしりと椅子が音を立てる。


「ほら、診てやるからここに座んな。

どっちから診る?」


鍋内教諭が入橋圭と蒲池大々に視線を投げかけた。


鍋内教諭の仕事はその見た目どおりきちんとしたものであった。

今やしっかりと折り目正しく入橋圭の腕に巻かれた包帯の下の傷は、おそらく跡も残らない程綺麗に縫いつけてある。

「糸は姫ちゃんのお手製だから抜糸はいらない。

勝手に皮膚の一部になって消える。」

汚れた綿や器具を流しで片づけながら、鍋内教諭が淡々と語る。

蒲池大々のわずかな斬り傷も「こんなの唾付けとけば治るよ、馬鹿が。」と散々悪態をつかれたがとりあえず「よぉどちんき」を丁寧に塗ってもらっていた。


「一草さんはどなたか往診をされているのですか?」

鍋内教諭に用意された「ぱいぷ」椅子に腰かけた芳乃姫が扉に視線を向けて小首をかしげる。

鍋内教諭はそんな芳乃姫をじろりと見つめる。

「患者に対する秘匿義務は徹底してるんでね、芳乃姫。」

「そうでしたか、申し訳ございません。」

鍋内教諭の殺意の瞳をやんわりと微笑んで芳乃姫は流していた。


「そういえばこの国って、騎士がいないんですねぇ……?」

真菜月みするは回りをきょろきょろする。

「あぁ、それは―――」

「ここにはダリンと奈津美ちゃんしかいないのよ!」

ばんっと音を鳴らして嵐ちゃんが扉を開ける。

男児陣の間に、うわもう来ちゃったよといった感が漂っている。

しかし嵐ちゃんは他人の空気を読むような事はしない乙女である。

出来ないのではない、出来るけどしない乙女なのである。

この辺が達が悪い。

しかし嵐ちゃんは気にしない。

ここは自分の国である。

ここでは自分の気持ちを最優先していい事を知っている。

だから嵐ちゃんは、ふふんとご機嫌な足取りで皆の前へと近づいてきた。


先程の血痕は何処へやら、嵐ちゃんは清楚な白と焦茶色の「せぇらぁ」に身を包み、頭のちょうど横辺りから左右対称に垂らしたおさげを揺らしていた。

少し太めの眉と睫毛の多い瞳、小さな鼻とつんとした唇。

こうして見るとそれなりに可愛らしく見えるが、やはりその目は人を疑うような目付きであまり好感が持てるものではない。


「そこ姫ちゃんトコッ!」


嵐ちゃんが可愛らしい「あにめ」声で叱責する。

そう指差された渡と脩平は「ひッ!」と小さな声を上げると、すぐさま診察台の長椅子から飛びのき、地べたに体育座りをしていた。


「そこは汚いよ、まだあるからこれ使いな。」

と鍋内教諭が「ぱいぷ」椅子を2人の男児に提供する。

その間に嵐ちゃんは胸元から淡い桃色の「すかぁふ」を取りだすと、ふわりと診察台の上に敷き、その上にぽんと座って足をぶらぶらし始めた。


「えっとなんだっけかな?

うん、姫ちゃんの国の話してたんだ。

可愛い可愛いみするちゃん、もっと知りたいかなぁ、姫ちゃんの事??」

「えッ……??!!

あ……・・あー。」

突如名指しされた真菜月みするは硬直した。

「あ、聞きたいって思ってるから。嵐ちゃん。」

入橋圭が真菜月みするの肩に手を置いてすかさず「ふぉろぉ」を挟む。

「そっかそっか聞きたいかぁ~。

可愛いなぁみするちゃん。」

と嵐ちゃんの機嫌はさらに良くなっていく。


(どうしよう……こんなに気に入られても困るんだけど…。)

と何も話せず嵐ちゃん言う所の「人見知り」乙女と化した真菜月みするは、一人はらはらと思案していた。

(いや、嵐ちゃんには思いっきり気に入られてた方が良い…。)

入橋圭がそっと真菜月みするの肩から手を離す瞬間に心に伝える。

確かに反対に嵐ちゃんに思いっきり嫌われたらという事を考えると、どうにも命が無いような気がしてならない。

真菜月みするはとりあえず精一杯の愛想笑いをひくひく嵐ちゃんに浮かべこくこくと首を縦に振っていた。


「ふぁ?!

あは~笑った笑った!

笑ったんだよね、みするちゃん。

えへへぇ、もう友達だね~。」

「ッ………!」

真菜月みするの背筋に確かに戦慄が走り抜けた。

嵐ちゃんは自分の腰掛けていた診察台を少しずれるとぽんぽんと空いている場所を叩いている。

「………?」

「ぽんぽん!」

「……・?」

「だからポンポンッ!」

嵐ちゃんがばんばんと診察台を叩いている。

嵐ちゃんの挙動に熟知している鍋内教諭がぼそりと呟いていた。

「隣りに座れってさ。」

「ぇ……えッ??あたし??」

「そっ!あたしちゃん!」

嵐ちゃんはにこにこと真菜月みするを指差している。

真菜月みするは思わず回りときょろきょろ見て打開策はないか探りを入れたが、回りのどの者の表情にもそれは見いだせるものではなかった。

皆一様に諦めの表情を浮かべている。

真菜月みするは断頭台に上がる気持ちで、かちこちと嵐ちゃんの隣りに腰かけた。

途端に嵐ちゃんが腕をからめてくる。


「ッ……!」

思わずいつものように怪鳥化しそうになった真菜月みするではあったが、寸出の所でそれを回避した。

ふんわりと金木犀のように優しく甘い香りが真菜月みするの鼻をかすめたからだ。

それは嵐ちゃんから漂う香りであった。


(あ、良い匂い…。)


血生臭い印象しかない意外にも優しい嵐ちゃんの香りに、自然と真菜月みするの心がほころぶ。

嵐ちゃんは「んふー、友達だぁ。」と猫のようにその腕にじゃれついていた。

「じゃ友達なみするちゃんには教えちゃう!

姫ちゃんの国は騎士無いの!

ずっとここで暮すんだ。

だから奈津美ちゃんのお仕事とかモルちゃんで遊んでるのよ。」

「え、卒業しないって事?」

「あふ~、みするちゃんに質問されちゃってる~。

そだよ、姫ちゃん卒業しないの。

ダリンともそだねって決めたの。

だからずっとずっとお姫様~~。」

嵐ちゃんがとろんとした表情を浮かべて幸せそうに陶酔している。

真菜月みするは少し混乱した。

「いいんですか?

卒業しないと元の世界に戻れないって……。」

「あはぁ?

ホント可愛いなぁみするちゃん。」

嵐ちゃんがにやにやと真菜月みするのおさげを玩ぶ。

「いいんだぁ。

だって姫ちゃん帰る気ないもん!

ダリンとずっと一緒にいたいもん!

モルちゃんとずっと遊びたいもォ~ん!」

嵐ちゃんはきゃらきゃらと笑って言った。

真菜月みするは奥の血濡れの「かぁてん」に瞳を映す。

確かに嵐ちゃんにとってここでなければ出来ない事があるようだ。


「全く、義務教育から抜け出したくないとかいうねんねちゃんがいるとは思わなかったよ。

ま、幸い趣味が似てるから色々手伝ってもらって助かってるんだけどさ。」

鍋内教諭が仕事を趣味と評して嵐ちゃんを評価した。

「えへ~、奈津美ちゃん。

大好きぃ~~。」

ばちこんと「うぃんく」を決める嵐ちゃんに、鍋内教諭は「おう。」と親指を立てて見せている。

一見相対する2人に見えるが、かなり深い所で信頼関係が結ばれているらしい。

真菜月みするは「そうなんですかぁ。」とただただ感心した。


「じゃ、そろそろ帰るか、みする。

怪我の治療も挨拶もそれなりに済んだしさ。」

入橋圭がさっさと話を切り出す。

どうやらあまり長居はしたくないらしい。

わからないでもないがと真菜月みするも密かに思った。


「そうですね、あまり多人数で長居してはご迷惑になりますし…。」

と、芳乃姫もそれに賛同する。


「え~~、寂しいなぁ泣いちゃうなぁ。

もっともっと姫ちゃんと話そぉよぉ~~。

ぶ~~~っ。」

と、年不相応な駄々をこねて、嵐ちゃんが真菜月みするの腕に両手をからめたままその二の腕に頭をとんとんとぶつけていた。

甘い芳香が真菜月みするの鼻をくすぐる。


(匂いは良いんだけどなぁ~~……。)


(は~い、テステス。みするちゃん?

聞こえるかな?

あ、駄目驚かないッ!)


突如真菜月みするの頭の中を嵐ちゃんの声がこだまする。

真菜月みするの驚きは、嵐ちゃんの強い心の声に抑えつけられていた。

嵐ちゃんは見た目、真菜月みするの腕に頭をすりつけ名残を惜しんでいるようにしか見えない。

嵐ちゃんはそのまま真菜月みするの心に一気に情報を叩きこんでいた。


これ「心察」っていうの、姫ちゃんだけの力なの!

診察は違うよ!心見るから「心察」!誰でも見れちゃうの!

ん~、人見知りかなぁ、怖いのかなぁ、姫ちゃん怖くないない平気だよォ。

だからビューっんってしてあげる!

……んはぁ~~、でもみするちゃん姫ちゃんの事良い匂いって思ってるぅ~~。

じゃ好きになってくれるかな??

やっぱりかな?うれしいかな、ふふん。

みするちゃん良い子良い子、とっても良い子。

困った事があったらここに来てね!

姫ちゃん助けちゃうかも。

姫ちゃんすっごいからね、ホントだよ!

どんな病気も怪我も赤ちゃんもビューんって出来んの!

ん???

あれん?

みするちゃん圭ちゃん好き好きじゃないのかな??

…でもわかんないよ。

とにかく困ったら姫ちゃんに聞いてね!

徳いっぱい取っちゃうかもだけど、ちゃんと治るよ。

元気が一番!

そうでしょ?

じゃぁ―――


「ばいばいね、みするちゃん。」

嵐ちゃんは真菜月みするの顔を名残惜しそうに見つめてそれだけ呟いていた。



「嵐ちゃん、何言ってたの?」

嵐ちゃんの所からの帰り道、入橋圭が突如真菜月みするに質問した。

「っ…どうしてそれを…。」

「嵐ちゃんの力は有名だからね。

人の心を診る「心診」、別名心を殺すと書いて「心殺」。」

「ぇ……心を殺す???」

「そ…・精神攻撃。嵐ちゃんに嫌われるとかなり怖いぜ。

中から破壊される。」

「……幾らなんでも、まさか…。」

「みするさん、嵐さんの事今も怖いですか?」

突如芳乃姫が真菜月みするに質問する。

真菜月みするは考えてみた。


嵐ちゃんが怖いか、否か…??

血まみれの嵐ちゃん。

飛び散る血、変な欠片、あの生臭い匂い。

怖い、それは怖い。

でも嵐ちゃんは……・??


????


「……血は、怖いけど、嵐ちゃんは怖くないです。」

驚きながらも事実をぼそりと口にする真菜月みするに芳乃姫がこくりと頷いた。

「それが「心察」です。

嵐さんの称号は「Godhand」、「神の手」と仰います。

嵐さんは卒業を希望しない少し特殊な姫君ですので、その手ごと「称号」に変えられてかなり強い力を与えられているそうです。

嵐さんはみするさんの事を好きになりました。

先程みするさんは嵐さんに「恐怖心」を治癒されたんです。」

「つまり心消されたって事。」

「えッ……!」

心を消された、何とも衝撃的な芳乃姫と入橋圭の言葉に真菜月みするは驚愕した。

真菜月みするは心が消える事は怖いと思った。

しかしどうしてもそれを行う嵐ちゃんに対する恐怖心が芽生えてこなかった。

ただただ不思議な気持ちにしかなれないでいた。


「でもそれはそれで幸せな事だよ、みする。

ダリンはダリンだけって嵐ちゃん絶対俺ら男児になびかないもん。

ねぇ?大さん。」

「おォ。

おかげで毎回不気味で不気味で仕様がないぜ。

あれは人間というより化け物の域に入ってるからなぁ。」

「それは失礼ですよ、大さん。」

と、芳乃姫が軽くたしなめる。

どうやら芳乃姫も嵐ちゃんの事が怖くはないらしい。

それが嵐ちゃんの治療によるものか、もともとの精神性によるものかは不明であるが……。


「それでは私達はこれで…。

本日はお越しくださいまして本当に有難うございました。」

芳乃姫がぺこりと頭を下げる。

気づけばそこは、もう用務員室の前、すなわち真菜月みするの国の前であった。

「いや、芳乃姫。

結局勇とか引き渡してもらったんだし、こっちの方こそお礼を言いたい所ですよ。」

入橋圭が芳乃姫にすかさずお礼を言う。

芳乃姫は緩く首を左右に振る。

「全てが善意ではありません、そのように感謝しないでください、圭さん。」

「そうだぜ?圭。

とりあえずこれで一つ貸しだからな。」

「芳乃姫にですけどね、大さん。」

という入橋圭を蒲池大々が「あ!こいつ~。」とどつく。

「げっ…まじで痛いからやめて下さい。」と逃げる入橋圭と2人の無邪気に戯れる様は、中の良い友達同士のようである。


「また遊びに来てくださいね!」「あ!今度は雅さんと一緒に来て下さると嬉しいなぁ。」と口々に言いたい事を傘持ちの渡と脩平が気軽に真菜月みするに話しかける。

真菜月みするはそれにうんうんきっとねと返事を返した。

芳乃姫とも両手を握りあって別れを惜しむ。

蒲池大々はというと「落ち着いたら呼べよ。」と入橋圭をばんばん叩いて豪快に笑った。


「それでは皆さん、ごきげんよう…。」


そう最後に芳乃姫は挨拶をして自分の国へと帰って行った。


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